096: 性懲りもなく来たあの貴族①
洞窟を出て森を歩いている私たちは、洞窟ダンジョンから町まで半分というところまで来ていた。
(うーん。誰も来ないなぁ)
私は『探索』スキルで少しあたりを確認するも、応援が一人も来そうにないことに不思議に思う。
ルイくん以外の孤児院パーティーに町へ戻ってもらったから、すぐ来るはずなのに……。
まさか孤児院側は「弱い魔物しかいない超初級ダンジョンにAランクとCランクの人たちが入ったのだから、帰ってくるのをただ待とう」と思ったとか……? いや、まさか。
あ、私たちがダンジョンを出るのが早すぎたということもあるか。
ダンジョン内の魔物に一切邪魔されていないし、走って中に入ったからそれほど時間が経ってない。
とりあえず、皆と周りを警戒しつつ森を抜けていこう。
「シャーロットって、こんないい剣持ってたんだね」
ルイくんは私が貸した剣を、目の高さに上げながらまじまじと見て言った。彼にも剣を持たせたままにしている。
それは、「周りに襲いかかってくる魔物がいないから剣を返して」とは言えないからだ。
皆『探索』スキルを持ってないし、私は『探索』スキル持ちであることを秘密にしているので、コトちゃんに「なぜ魔物がいないのがわかるっすか、『探索』スキルも持ってるっすか!?」などと騒がれたら大変だ。
「ず~っと前に買った剣だよ。ルイくんくらい……いや、もう少し若い頃かな」
「えっ、ということは、以前は剣を使っていたってことっすか? そして、あるときから魔法を極め始めたってことっすか!」
興奮ぎみのコトちゃんには悪いけど、そんなかっこいい経歴はない。
「ううん。最初っから剣は使えなかったよ。いつか使えるんじゃないかなぁって思って買ったんだ」
「……ええと、それって――かわいいスカート見つけて、でもサイズ合わなくて、いつか痩せて穿こう! と買っちゃうやつっすか」
コトちゃん……若いうちからそんな経験があるのだろうか。
いや、この感じは違うな。……彼女のお母さんとか、身内の方の話だろうか。言いえて妙だ。
「なぜ今になって練習し始めたんですか」
自身も剣を使うシグナちゃんが聞いてきたので、少し考えてからこう答える。
「うーん……、やっぱり学園生の――シグナちゃんたちのがんばりを見たからじゃないかな。その年頃の私はどういうことをしたかったかな、もっと小さい頃は? ……なんて考えてね。きっと他の冒険者の人たちも、似たようなことを思っている人がいると思うなぁ」
私が「力」上げをがんばろうかなと思い立ったのも、元はと言えば彼女たち三人の様子を数日間見て、新鮮な気持ちを覚えたからだ。
一緒にごはんを食べたときに「こういうことをやりたい」と目をきらきらさせていたり、「将来はどんなふうになりたい」と前向きであったり、ギルドで他の生徒さんたちと「こういうのをすることができた」「こんな方法もある」と語り合っていたりと楽しそうだった。
活気のある彼女たちに感化されたのだ。
「そういうもんですか……あれ? あそこにおるのギルドマスターさんちゃう?」
魔物にも人にも会わず、森を抜けて城壁沿いを歩いていると、ワーシィちゃんがひときわ背の高い人物を見つけた。
ここは城門から少し離れた静かな場所で、――ギルマスは誰かと二人でひそひそ話していた。
「よう。……何かあったのか」
ギルマスが私たちに声をかけつつ、マーサちゃんが私の障壁内にいるのを見て不審がる。
話をしていた人はギルマスに軽く挨拶をして、すぐここから離れていった。
「実は――」
私はその様子をちらりと目で追って、ギルマスの質問に簡潔に説明する。
マーサちゃんは昨晩、怖くて寝ることができなかったのだろう。洞窟を出てからうつらうつらとしてきたので、収納魔法から敷布団を出して底に敷き、タオルを丸めて簡易枕を作ってあげるとすぐ寝てしまったのだ。
(それでも障壁の中は固いから寝づらいはず。早く帰って心地よく寝かせてあげなきゃ)
ちなみに、ダンジョン入り口に落ちていたボタンはすでに返している。帰ったら自分で縫うそうだ。
まだ小さいのに、自分で何でもできてすごいなぁ。
「――ということなんで、通報して、とっちめてやります」
私は捕まえる気満々で説明した。
「通報はともかくよ。とっちめるのはお前の仕事じゃないからな。首を突っ込みすぎるなよ。――ほれ。早く孤児院に戻れ。心配してるだろうからな」
「……はーい」
何だか釘を刺された気がするけど、まぁいいや。
ギルマスが私たちを急かしたのは、彼のもとにまた人がやってきたからだ。
だから私たちはギルマスと別れて城門へ向かう。それでも私は一定距離離れてから、ちらりと振り返った。
やはりさっきと同じように、こそこそと――真剣に話している。
誰にも聞かせられない話なのだろう。
(たぶん、昨日のあのことで情報を集めているんじゃないかな……)
そう予測したけど、今は皆で帰ることを優先した。
「そういえばシャーロットさん。ギルドマスターさんのスキルがどうとか言ってましたけど、どういうことっすか?」
城壁沿いを歩きながら、コトちゃんにギルマスの『珍しいスキル』について聞かれたので首をひねる。
「あれ、知らない? スタンピードで戦うとき……あ、そっか、前回のマルデバードは空から来て、町中の戦闘だったもんね。そうだなぁ……、コトちゃんたちが帰る前にあと一度くらいスタンピードがあるだろうから、そのときわかるよ。――腰抜かさないようにね」
ギルマスの珍しいスキルとは、見てすぐわかるものだ。どうせなら実際に見て驚いてもらおう。
「――通ってよし」
城門前で並び、商人の馬車の検査のあと、私たちの順番が来た。
アーリズの町は日常的に使う門が二つあって、ここはテーブル山ダンジョンから反対側――主に近隣の町や村へ行き来するときに使う門だ。近隣と言っても、他の町や村の人たちが言う『近隣』とは違い、それなりに遠くにある。
なぜならこの町は、スタンピードが起きたときに、他の町に被害が及ばないよう足止めする場所だから、遠くに『近隣』の町があるのだ。
さて私たちは身分証――冒険者の登録カードを出して身分を証明したけど、マーサちゃんは着の身着のままさらわれたので、身分を表す物は持ってない。
事情を説明しようとしたけど、それは必要なかった。門番の人はすでに状況を知っていたからだ。
「無事でよかったな。……ところでだ」門番の人は、とある人物がやってきたことを教えてくれた。「騎士団から通達があったあの……えーと、モブーだかブモーだか言う貴族の息子、――性懲りもなくまた来たぜ」
「え、なっ、あのデブが!?」
先日迷惑をこうむったルイくんがすぐ反応する。
親切に教えてくれた門番の人は「孤児院と揉めたんだろ。気ぃつけろよ」と言ったのち、次に並んでいた人に向き合った。
私はあのときのことを思い出して隣の彼女たち三人を見ると、案の定、三人とも目がすわっていた……。
そういうことならと足早に孤児院を目指すと、前方から五人の子供たちが走ってくる。
「ルイ~! 大変だよ! あ、マーサ!」
孤児院パーティーの子たちだ。
彼らがマーサちゃんの無事(最初は障壁の中に寝ているものだから心配していたけど)を確認後、何が大変なのか早口で説明してくれた。
ルイくんは赤い目をさらに赤くし、『キラキラ・ストロゥベル・リボン』も憤慨する。
私はマーサちゃんの入っている障壁を再度きっちり確認し、どこから攻撃されても大丈夫なようにして、皆と孤児院へ走って向かった。
孤児院には、人だかりの中心に「これが目に入らんか! この孤児院はワタシが好きにさせてもらうと言っておる! ふぁーっはっはっは!」と高笑いしているあの丸い人物がいた。




