095: 超初級ダンジョン⑥ ~記憶にございません~
「……え~と、な(なななな何んんのことかな~?????)」
――いや、いやいやいや。
そんなに慌ててはだめだ!
こうなったらさっきのコトちゃんみたく、走って逃げる! ……ようなことをしたら余計おかしいし……、これは、あれだ、そうだっ、『演技』スキルを使うのだ!!
「…………何のことだろ? 私、何かコトちゃんに言ったっけ?」
私は軽く微笑みながら質問した。コトちゃんは驚いている。
「ええ!? 覚えてないっすか?」
「ええ? 全然わからないよ?」
全く記憶にない……。
「ボクに『閃き』ってスキルがあるよって言ってくれたっす!」
「…………っう~ん、いつのことだろう?」
私はやっぱり走って逃げようと思ったけど、踏みとどまって余裕のある表情を心がけた。
「マルデバードを倒した夜っすよ」
「マ、マルデバードを倒した夜……。ほ、……ほ~ん」
え!? つい最近ではないか! ……あ、つい最近なのは当たり前だけど……。
しかし、それなら覚えているはずだ。……だけど、思い出せない。
あれこれ考えていると、気づいたらマーサちゃんを入れた障壁をぐるぐる回り、マーサちゃんに「左のかべ、消えてるよー」と言われてすぐ障壁を直すと(底面じゃなくてよかった)、ワーシィちゃんが教えてくれた。
「マルデバードを倒したあとの、夕食の帰り道ですねん。……ほらコト、やっぱり覚えてへんって」
「そんなぁ~」
夕食の帰り道……。
「帰り道って普通に帰ったよね? …………えーと、……あれ……?」
そう言われてみると、マルデバードを皆で、冒険者の皆さんと食べて……気づいたら朝だったよね……?
ん? ん!?
私は自分の記憶をぎゅぎゅっとしぼっていると、今度はシグナちゃんがその日の夜道の様子を語る。
「お酒飲んでましたから……たぶん記憶にないんじゃないですか……?」
何と! ……その日、そんなに飲んでいたかな……。
思い出そうとがんばっても片鱗も思い出せない。
すると、その様子を見たルイくんが呆れた声を出す。
その内容はもっとびっくりする事実だった。
「……よっぱらいの話なんて、まじめに聞かないほうがいいよ。シャーロットのいつもの『スキル当て』だろ」
「え」
…………な……なんだって~~!?!?!?
でも私は何とか『演技』スキルを発動させたままで、ルイくんに聞く。
「え~っと、何のことだろ?」
「ずっと前にさ、――ルイくんのスキルは『魔物のことがわかっちゃうぞ』スキルで~っす――って言ったんだよ。覚えてないだろ? そんときも顔赤くしてたし」
「…………」
衝撃の事実だ。確かにルイくんは『魔物解析』スキルを所持しているけど、まさか本人に言っていたなんて。
「はいはーい! マーサも知ってるよ。たしか『ギルマスはすっごく珍しいスキルをもってる』とか、『サブマスは、水魔法が使える!』とか言ってたの」
「水魔法はスキルじゃないのにな! てか、『スキル当て』って言うほど大層なもんじゃないかぁ。俺の『魔物のことがわかる』スキルも、俺がメンバーの中で一番“魔物のやばさがわかる”って聞いてたからだろー?」
マーサちゃんとルイくんが、私には心当たりがないことで楽しく笑っている。
「バルカンのおじさんから聞いたけどね、スキル当てしたがる人って、冒険者の中でも意外と多いんだってさ~」
ルイくんの言葉で周りの女の子たちが「あーいるかも」など賛同していた。
これでは、私はただの困った酔っ払いのようではないか……。
――いや、でも、それくらいでよかったんだ。酔っ払いのたわごとと思われているくらいで。
サブマスの水魔法については、彼がアーリズに転勤してすぐに使っていたから、私が知っていてもおかしくない。ギルマスだって確かにすごく珍しいスキルを持っているけど、周囲にも知られている。
私が声高に言っても、皆「うん、知ってる。何を今更」と思うだけだ。
(ふ~。最初はどうしようかと思ったけど、全く問題なさそうだ。よかった……)
ところが、それでは気が済まない子が一人いた。
「……ボク、シャーロットさんに『閃きのスキルがあるから、信じて進みなさい』って言われたっす。だからテーブル山ダンジョンに行ったし、このダンジョンも魔物が一匹もいなくなるまでつぶしたっす。ボクにはスキルがあると思ったっす……」
がっかりしているコトちゃんその人だ。
彼女はこの洞窟内で光を使い魔物をおびき寄せ、洞窟の地面や壁に押しつぶすことによって一人で倒したようだ。
(戦い方が盾を操る人と似ている……。これなら後々『盾術』スキルも発現するのでは……おっと、いけない。口が滑らないようにしなくちゃ)
それよりもコトちゃんだ。やはりスキルを意識させたことで行動が顕著になったようだ。
さて、どうやって彼女をなぐさめ、かつ彼女にそのままの行動でいいと教えるかだ。実際のところ彼女はその『閃き』スキルに振り回されつつ、最後にはいい結果を出している。
私がどう伝えようか考えていると、いとも簡単に彼が答えた。
「コトねーちゃんのは本当にそういうスキルがあると思うなぁ。だって、マーサが何ともなかったんだよ? どうくつの一番下に、ボス戦の層にいたのに! 魔物がいなかったから無事だったんだ。普通はないことだよ!」
――だからコトねーちゃんにはスキルがあると思うなぁ――と、ありがたいことにルイくんがコトちゃんを励ましてくれた。
マーサちゃんも、コトちゃんにキラキラした目を向けている。
「でも『閃き』って名前はないと思うよ、シャーロット。それじゃピーンって思いつくだけじゃん。変なの~」
ルイくんは名前のセンスが笑える、と私を見た。スキル名は『鑑定』で見たままなのだけど、他の人にとっては私が考えたスキル名だと思うだろう。
ワーシィちゃんはそれを聞いて、別のスキル名を考えたようだ。
「何やろな。……『予知』はどうやろ」
「かっこよすぎよ。『不可解な行動を取るけど最後は何とかなる』スキルは?」
シグナちゃんの考えたスキル名に「長すぎるよ~」と皆が笑う。
しょんぼりしていたコトちゃんは、だんだん鼻が高くなっていった。
(――よかったよかった)
私の発言は酔っ払いのたわごととなったし、コトちゃんは皆のおかげで再度自身のスキルを意識することができた。
(いいパーティーだなぁ)
人によっては「コト・ヴェーガーはわけのわからない女の子」で終わってしまうこともあるだろう。
でもワーシィちゃんもシグナちゃんも、コトちゃんの特長だと肯定的に見ている。
とても雰囲気のいいパーティーだ。
「さぁ、もうすぐ出口だよ。あ、ルイくん、せっかくだから宝箱開けてきたら?」
コトちゃん(たち)が魔物を全部倒したこのダンジョンは、開けていない宝箱が結構残っていた。
魔物を倒した彼女たちは、さすがに荷物になるし開けるのも面倒だからと、ほんの少しだけ取ってあとは残しておいたらしい。
それに超初級ダンジョンの宝は、Cランクの『キラキラ・ストロゥベル・リボン』にとって、ボスの部屋の宝以外、手に入れてもあまりうま味がない。
しかしルイくんはそれを拒否した。
「ううん、何も倒してないのに俺がもらうのは変だよ。こういうのはパーティー皆で戦いながら手に入れないと!」
だから宝は、ダンジョンが更新されて元に戻ってから! とルイくんは宣言した。
『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の指名依頼の仕事には、孤児院パーティーがこのダンジョンを探索・踏破するのに付き添うことも含まれている。
コトちゃんがほぼ一人で魔物を倒したことだし、依頼人の院長先生も安心して頼めるだろう。
「もうすぐ外だよ。院長さんたちも心配してるし、なるべく急いで森を抜けようね。金髪のおじさんだかは、見つけてとっちめないとね」
外へ続く出入り口の明かりが見える。どうやら入ったときと変わらず晴れているようだ。
早く帰って皆を安心させよう。私の修業は……疲れたから今日はもうおしまい。
おまけ――あの夜のこと――
広場で夕飯を食べた四人は帰り道を歩いていた。
特にシャーロットが道をそれないよう『キラキラ・ストロゥベル・リボン』の三人は気をつけている。
シグナ「あ、シャーロットさん。こっちの道ですよ」
シャル「ふえ~。そうだね~。そうだ、コトちゃん。そんなに自身の行動が気になるなら、コトちゃんのスキルを教えてあげよう!」
コト「? スキルっすか?」
シャル「そうっ。なんとコトちゃんには~『閃き』ってスキルがありま~す。だからっ、思うとおりに行動すると~ぅ、もっとも~っと、いい感じになると思うんだ~~! 自身を持っていいんだよ~」
コト「わ、わかったっす~!!」
ワーシィ「コト、話半分に聞きや。酔っ払いのノリやからな(ひそひそ)」
コト「どんどん閃くっす~! うおお! ٩(๑`o´๑)۶」
シャル「お~~! ╲(´∀`)ノ」
ワーシィ&シグナ「だめだこりゃ」




