092: 超初級ダンジョン③ ~悲劇のヒロインのごとく~
ダンジョン――そこは狂暴な魔物が数多住まう場所であり、財宝や武具、役に立つ道具なども隠されている。
冒険者たちは『魔物と戦ってでも財宝手に入れたい』『魔物と戦って腕だめしをしたい』『ダンジョン内部を探検することに心躍らせたい』――などなど様々な理由と欲望のもとに、万全の準備をして挑む。
そんなダンジョンは世界各地に点在し、正確な数はまだわからないとされている。
アーリズの町で有名なテーブル山ダンジョンは、財宝の質がよく、数も多い。それに比例して強い魔物が闊歩している。
ではビギヌーの森にある、ビギヌー洞窟ダンジョンはどうなのか。
このダンジョンは五階層からなり、地下へ向かう構造になっている。一層、一層さほど広くない。
超初級ダンジョンと呼ばれるだけあって、中にいる魔物の数は少なく、低いランクの冒険者でも倒しやすい。ただしお宝の質は悪くはないけどよくもない。
地上から出入り可能で、地下へと潜る形式のダンジョンとなっている。
「ルイくん。これ、貸してあげるよ。この中は危ないかもしれないからね」
私は先ほどまで両手でぶんぶん振っていた剣を貸すため、剣帯を彼の腰に巻いてあげる。
今のところ危険な魔物は一切いないけれど、現在このダンジョン全体の様子がおかしいのだ。
何かあったときのために、彼の持っている剣より、性能のいいこの剣を使ったほうが状況がよくなるはずと思った。
何より、私も腰が軽くなる。
それに収納魔法にしまうより、せっかくだから誰かに使われるほうが剣も嬉しいのではないかな。
腰につけてあげると、剣の長さは彼にとってちょうどよく、さらに――。
「え、これ軽い!」
片手でぶんぶんと……いや、私のような素人の動作ではなく、剣の扱いに慣れたなめらかな動きで振っている。
「…………。十分使えそうだね……」
ルイくんのほうが、私より上手に使っていた……。
こうなるとわかっていたけど……実際、こうも軽やかに剣を振られてしまうと私の心境は複雑だ。
わかっていた、というのは、彼は私よりも「力」の値が上で『剣術』スキルも持っているし、現役の冒険者にたまに手ほどきを受けているからだ。私の振り方と全然違う。
「……さ、さぁ明かりをつけて進もう。危ないからね。コトちゃん明るくしてくれる?」
気を取り直して最深部へ向かおう。その前に明かりの確保だ。
この洞窟ダンジョンは、入り口は外の光が入り込むけど、少し先に行くだけで薄暗くなる。
広く見渡せるほうがいいし、そうすることによって今このダンジョンが異様な状態であると、ルイくんたちにしっかり認識してもらう効果もある。
コトちゃんは光と障壁を合わせた魔法を使う。つまりこの暗い洞窟を明るく照らしてもらうのに、一番適した能力だ。ところが――。
「…………」
「コトちゃん?」
彼女はその魔法を使ってくれなかった。
うつむいて、ワーシィちゃんとシグナちゃんの陰に隠れる。
「コトちゃん、さっきから変だよ。何を隠してるの? マーサちゃんのこと、何か知ってるの?」
先ほどから様子がおかしいのはわかっていたけど、マーサちゃんの捜索のために後回しにしていた。でもここではっきり聞かないといけないようだ。
「マーサのこと何か知ってんの!? いや、もし……もしマーサに何かしやがったら、ゆるさねえぞ!!」
ルイくんは怒りをコトちゃんにぶつけた。
この三人はせっかく指名依頼を孤児院側から受けたのに、何かやらかしてしまったのだろうか。
「えぇっ! ち、違うっす! マーサちゃんのことは知らないっす!」
コトちゃんはルイくんの怒りにびくぅっとなり、両手を振って無実を主張した。
「コト、しゃーない。バレる運命やったんや。はよ、明るくするんや!」
「別の魔物がいて、マーサちゃんが大変なことになってたらどうするのよ!?」
ワーシィちゃんとシグナちゃんは、コトちゃんが何をやってしまったのか知っているようで「あきらめろ」と、コトちゃんに詰め寄った。
「う~~っ! “キラキラ・リン! ボクらを守って!!”」
とうとうコトちゃんのやけくそに聞こえる呪文が響き、あたりに光が行き届く。
暗いところにしばしいたからか、以前室内で見たときよりずっと明るく感じた。
「まぶしっ……え、ん? 何だ? ここ、洞窟ダンジョンだよな。何もいない……」
コトちゃんをにらんでいたルイくんは、異変を感じて周りを見渡す。
私も「初めて気づいた」という演技をしつつ、見渡しながらつぶやいた。
「え、どういうこと? こんな――ダンジョン内に魔物が一匹もいないなんて――!」
そう。私が『探索』スキルで確認して、一番驚いたのがこのことだ。
この層から最深部まで魔物がいない。一匹も、だ。
これでは洞窟ダンジョンではなく、ただの洞窟だ。ちなみにお宝はところどころ置かれたままになっているようなので、取り放題の状態でもある。
このビギヌー洞窟ダンジョンで、魔物が一匹もいなくなる現象は聞いたことがない。
いや、ビギヌーだけではない。冒険者だったときも、このように一切魔物がいなくなるダンジョンというのは、見たことも聞いたこともなかった。
嵐の前の静けさであれば、何か対策を立てながら進まなければならない。
「三人にはこの現象の理由がわかる? ほら、ダンジョン学とかで聞いたことはないかな。何か気づくことがあるなら教えて」
だから彼女たちに聞いた。
すると下を向いてぷるぷるしていたコトちゃんが、突然泣き声が交じった叫びを上げた。
「わあああん――!」
そして洞窟の最深部へ向かって一目散に駆けていく。
「うわあ――――ん」と、声が続くかぎり大声で叫び、光の障壁もコトちゃんのあとを追うように寄り添って動く。まるで劇中のヒロインがスポットライトに照らされ、泣き叫びながら走り去る場面のようだ。
「え、コトねえちゃん!? お、俺も行くぞーー!! う、うおおお! マ~~サ~~!」
びっくりしていたルイくんは、コトちゃんが臆することなく突っ走る姿を見て、同じように駆け出した。
私の障壁は外からの攻撃ははじいて、内側にいる人は攻撃が通る構造だ。つまりこの障壁から自由に出られるということ。二人は障壁をするっと抜け出してしまったのだ。
私もあっけにとられていたので足止めの障壁を作れなかった。
「コトちゃん、ルイくん、危ないよー! このダンジョンに何か起きているかもしれないんだよ」
大声で呼んだけど、もう二人の足は止まらなかった。
ぼうっと明るいコトちゃんの障壁も、死角になってもう見えない。
私も残された二人と急いで追いかけた。
明かり担当のコトちゃんがいないので、シグナちゃんが剣にまとわせた雷の明かりを頼りに進む。
そのときに二人から意外なことを聞いた。
「あの、マーサちゃんのことはうちらはわかれへんのですけど、この辺一帯に魔物がおらんのは、……うちらのせいなんです」
「ダンジョンの異変ではないんです……」
ワーシィちゃんとシグナちゃんは気まずい顔をして、走りながら全部話してくれた。




