091: 超初級ダンジョン② ~突入!~
コトちゃんたちが、何を焦ってこちらへ来たのか。
彼女たちよりも、一緒に来た孤児院パーティーのリーダー――赤い髪と目をしたルイくんが、焦った声を出す。
「い、妹が、マーサが行方不明なんだ!」
「えっ!?」
どういうことなのか……。
マーサちゃん……昨日のお昼は皆でお肉を食べたというのに、いったい何があったのだろう。
「昨日の夜は皆と一緒に寝たみたいっす、でも朝起きたらいなかったそうっす!」
簡潔に説明するコトちゃんに、孤児院パーティーの女の子たちも夜中に攫われたに違いない、と続く。
孤児院では数人で一つの部屋を使っている。同室の子たちは、夜寝てから未明まで起きることがなく、マーサちゃんがいつ部屋を出ていったかわからないそうだ。
現在、孤児院の皆が手分けして彼女を捜していた。
町中は年少の子供たちが手分けして捜し、南のビギヌーの森は冒険者をやっている孤児院パーティーと『キラキラ・ストロゥベル・リボン』が捜すことになった。
南以外の場所は、中ランクの魔物が出ることから、知り合いの冒険者たちに捜索を手伝ってもらっているらしい。
ビギヌーの森はあまり強い魔物が出てこない。だから『キラキラ・ストロゥベル・リボン』たちも交えて捜索に来たのだろう。
「マーサ……マーサが何もいわずに出ていくなんてありえない! きっと誰かに……つれさられたんだ……!」
ルイくんは悲痛な、それでいて空を睨むような顔をして叫んだ。
たった一人の妹がいなくなったのだから、心配でたまらないに違いない。――私も昔、行方がわからなくなって心配した身内がいたからよくわか…………いや、とにかく、それなら急いで捜さないとね。
「もちろん私も手伝うよ!」
剣の修業は中断してマーサちゃんを捜そう!
そもそも皆は私に手伝ってほしくて、まずこちらに来たのだろうから。
私はコトちゃんたちと朝一緒に家を出たときに、行き先を言っておいたのだ。
でも話を聞いているあいだに『探索』スキルを展開したけど、見るかぎり範囲内にはいないようだ。
でもこの森はそれなりに広く、もう少し奥へ行って確認する必要がある。
さぁ、そうとなったら剣は邪魔だ。すっと剣を鞘に入れ……られない。
カチカチと手間取っていると皆の視線が刺さった。何か言いたげな顔をして、私は見守られている……。
「……ボ、ボクたちはダンジョンまで見に行くっす! シャーロットさんたちは他をお願いするっす!」
コトちゃんたちは私がもたもたしているあいだに、森の奥にあるビギヌー洞窟ダンジョン方面を探す提案をした。しかし私はいまだ剣をカチカチ言わせつつ、別の方法を提示する。
「ううん。一度皆でビギヌーのダンジョンまで行こう。それから分かれて捜そう」
森の中を探すには今からばらけて捜すのではなく、皆でまずそこへ向かってから、放射状に分かれて捜すほうがいい。
ビギヌー洞窟ダンジョンは入り口付近が開けているし、高さのある洞窟だから目印になるのだ。お互い連絡を取りやすい。
「えっ!」「いや~」「ええと……」
ところがコトちゃんたちはそれを聞いてしどろもどろとなった。
ちょっと気になったけど、こんなことで時間を無駄にできないと皆を先導することにした。
「さあ、皆。一旦ダンジョンまで行くよ」
コトちゃんたちはおろおろしているけど、孤児院パーティーは六人とも真剣な顔で一斉についてくる。
「マーサ~!」
「マーサちゃーん!!」
孤児院パーティーの皆は走りながらも大声で呼ぶ。
森の中にある洞窟ダンジョンへの道は、長いあいだ初級の冒険者が通ってきたため自然とならされている。だから声を出しながらでも走りやすい。
走りやすいけど先頭を走っていた私は、まずルイくんに抜かれたと思ったら次々と孤児院パーティーに抜かれ、あとから走り出したコトちゃんたちにも抜かれた。
「ぜーはー、ぜーはー…………“きゅあ”……」
いや、『鑑定』を使ったら「体力」の値が減っていたからね。自分を回復したわけだ。……さっきから剣の素振りをしていたのだから仕方ない。
さて、最初に走り出した私が一番遅く到達したことになったのだけど……。
どうやら皆、何かを囲んでいるようだ。
「シャーロットさーん! マーサちゃんのリボンが、ダンジョンの入り口に落ちていたっす!!」
コトちゃんの声に走って近づくと、ルイくんがリボンを確認していた。
「マーサの物だ! 誰かにさらわわれたとしても、なんでダンジョンに……? じゃ、マーサが? ううん、マーサは森に近づかないよ。門番の人だって見てないって……」
私はもう一度『探索』スキルを使用してみた。
するとさらにマーサちゃんの手掛かりになりそうな物を発見した。ダンジョンに入ってすぐのところだ。
『探索』スキルで見つけたとは言えないので、ダンジョンの入り口の様子を確認するそぶりで付近を見渡す。
コトちゃんが「シャーロットさん、どこへ??」と慌てているけど、気にしないでおこう。
マーサちゃんのほうが先だ。
だから「あれ? 何か今、光ったような」とつぶやいて走り寄り、落ちている物を拾った。彼らにそれを見せに戻る。
「これもマーサちゃんのだったりする?」
「マーサのだ。マーサが寝るときの服のボタン……」
他の子たちもマーサちゃんのボタンであると同意する。
ダンジョン内にボタンが、あまり汚れておらず最近落ちたとわかる状態で落ちていた、ということだ。
「じゃ、じゃあ、もしかして人じゃなくて、魔物に連れ去られてこのダンジョンの中に……とか……?」
ダンジョンに住みつく魔物がいないわけではない。
ここの洞窟ダンジョンのように弱い魔物がいるダンジョンでは、強い魔物が住処にすることもままあるのだ。
ルイくんは魔物にマーサちゃんが攫われて、この洞窟に連れてこられてしまったのではないかと考えたようだ。
確かに誰かが、孤児院の少女をわざわざ森の中の洞窟ダンジョンに連れていく利点がない。
「……っ、マーーサーー!!」
ルイくんが突然ダンジョンに向かって走り出す。しかし私は、彼をそのまま向かわせるようなことはしない。
「待った」
「――ぶっ!」
彼の前方に障壁を出して足を止めたのだ。真正面から私の障壁に体当たりした彼は、はじかれて後ろによろめく。
「ダンジョンの中に入らないの。私と彼女たち三人で行くから。こっちに任せて、皆と一緒にこのことを院長さんに伝えに行って」
ビギヌー洞窟ダンジョンは超初級ダンジョンだ。
私が入っても、問題なく行って帰ってこれるけど、念のため『キラキラ・ストロゥベル・リボン』たちと一気に最下層に行って戻ってこようと思う。
実は『探索』スキルでダンジョン内をさらに確認したら、マーサちゃんの反応があったのだ。
一番下の階層にマーサちゃんだけがいるとわかる。動いてないので心配だ。すぐ向かおう。
「嫌だ! 俺も行く!」
「ダメダメ。危ない……」
「いやだよ! 俺がマーサを助けるんだ! シャーロットが障壁で行かせないようにしても、ぜ~ったい、ついてくんだからな!!」
彼の目はますます赤くなってきて、私をにらみつけている。
「……それなら、ルイくんは一緒に行こう。他の皆は町に戻って伝えて」
孤児院パーティーのリーダーが抜けても、彼らなら危なげなく森を抜けて帰れるだろう。
「いや! 待ってくださいっす! ボクたちがダンジョンの中に入るっす!」
「うん? もちろん三人も行こう」
私は防御を担当し『キラキラ・ストロゥベル・リボン』には攻撃などを担当してもらう。そう言ったつもりだったんだけどなぁ。
「そ、そうじゃなくて、ボクたちが中を確認するので、シャーロットさんも皆も待っていてほしいっす!」
「え?」
なんと、彼女たち三人だけで行くのだという。
私の答えはもちろんこうだ。
「何言ってるの? ここはダンジョンだから中には当然魔物がいるし、もしかしたら強い魔物が待ち受けているかもしれないんだよ? 三人だけで入らせるわけにはいかないよ」
『探索』スキルを使ったところ、マーサちゃんのそばには何もいないことはわかっている。しかしそれは『ダンジョン』としてはとてもおかしなことだ。
そもそも入り口の階層からして様子がおかしい。三人だけで入らせるわけにはいかない。
それにルイくんが突入したがっている。彼を守る役割が必要だ。
「俺がマーサを助けるんだ! コトねーちゃんたちだけに任せるわけにはいかない!」
ルイくんはもう歩き出している。
私も今回は彼を止めすことはせず、その後ろを追いかけた。
「よし、行こう。コトちゃんたちもついてきて。他の皆は町へお願いね」
現在、ここにいるのは全員冒険者だ。その中でも私が一番ランクが高い。
複数パーティーでの依頼は、その中でランクが高い者が概ねリーダーとなる。
マーサちゃんの捜索は依頼ではないけど、冒険者だけで動いているこの状態では、自然と私に発言権があった。
だからコトちゃんたちがもごもご否定するあいだに、孤児院パーティーの五人は私の指示どおり町へ駆け出していった。
「ルイくん、さっさと行かないでね。洞窟の様子がおかしいから私と一緒に行動して」
ルイくんの足に追いつこうと、私も走ってダンジョンの中に入る。ルイくんが突然襲われないとわかってはいるけど『洞窟内の様子がおかしい』のだ。何かの前触れかもしれない。
だからルイくんには、私のそばにいてもらわないと心配だ。
ルイくんに追いつき、私たちの周りに障壁を張ろうとした。
いつものように、足元以外の前・後ろ・左右・天井の五面を障壁で囲って、外からははじき、中から攻撃できる構造にするのだ。
……だから、早く彼女たち三人には追いついてほしい。
「置いてくよ?」と大きい声で聞いたら、三人はやっと小走りで近づいた。
どうも動きが鈍いので三人の表情をよく観察した。すると、何やら三人は非常に気まずい顔をしている。暗めの洞窟内でもよくわかった。
どういうことだろう。
コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃん……三人とも何か隠してるの?




