009: 同僚① ~先輩と後輩~
私が担当しているカウンターは、依頼業務、パーティー登録業務、小物の査定業務を行っている。
依頼の業務とは主に、受注・発注・完了の作業のこと。パーティー関係は、加入・脱退について。小物の査定とは、薬草や魔石など、あまり高額にならない査定のこと。
両隣にも職員がいる。
「こちらへいらしてくださいませ」
私の左隣にいるのが最近採用された、メロディー・ネプトさん。
移住して、旦那さんとこの町に住んでいる。
鱗人族と人族のハーフで髪はライトパープル。肌は青白いけれど健康的で、唇は青め、いつもつけているお気に入りの口紅は青系。グラマラスな、おっとり涼しげな美人さんだ。
私と同じ業務を担当し、主に私が仕事を教えている。
「次」
右側にいるのがフェリオ・ピクスさん。
こちらは査定専門のカウンター。
フェリオさんは低額から高額まで何でもござれの査定担当。魔石、薬草、魔物の素材、魔道具、宝石など、どれもきっちり査定する。
相手が子供だからといって安く買い叩かないし、貴族だからといって高く売りつけるような真似もしない。そんなことはびた一銅貨許さない。適正な金額を提示するのが当たり前だ、という頑固な気質。
青みがかった黒髪、空色の目、背中に薄いガラス細工のような羽を持つ妖精族。羽は美しく輝いて素敵だ。妖精といっても手のひらサイズではない。私より頭一つ分くらい低い身長で、少年の容姿。それでいて年齢は、サブマスよりは若いけど十分年長者だ。
さて、左隣では何かを捜しているようだ。
「あ、シャーロットさん。地図ってどちらに置いてましたか」
メロディーさんは私より年上だけど、彼女は誰に対しても敬語でおっとりしゃべる。
「一歩左に行った正面の……そう、その下ですよー」
途中、棚に『地図』と貼ってあるのに気づいて「ありましたわ」と、喜んでいる。しかしまだ喜ぶのは早い。地図はいろいろな種類があるのだ。
「さらに地区ごと、ダンジョンごとになってますからね」
説明をしつつ、私は私で『速記』スキルを使って受注処理後、次に並んでいる人を呼んだ。
今は混雑しているので買取は利用者から見て左、フェリオさんのカウンターへ並んでもらっている。他の受注や発注などの用件は、私たち女性二人が担当していた。
列は受付カウンターごとに並ばず、一列に並んでもらう。そして先頭から順に私かメロディーさん、空いたほうのカウンターに来てもらう方法を取っていた。
カウンターごとに並ぶと、列に偏りができそうだからだ。
それに、自分が利用者として考えた場合どうか。もし前の人がやけに時間がかかる用件で、隣のカウンターはどんどん用件が済んでいく様子を見たら、苛々するだろう。だから待機列は一列で、空いたカウンターから順に入ってもらっている。
「依頼受けたいのと……、これぐらいならあなたが買取できない?」
女性の冒険者はそう言って、依頼書と一緒に薬草数枚を差し出した。依頼の受注作業のあとでまた隣の列に並ぶのが面倒なのだろう。それに今はフェリオさんの列のほうが長いし、いつもはこのカウンターでも簡単な査定はやっているので、こちらで受けることにする。
「大丈夫です。カードもお預かりしますね」
受注と薬草買取用の処理を開始した。その際『鑑定』スキルを使用する。
「テテトー草:状態良好。銀貨六枚」
結果はすぐに見えた。どれもきれいに採取されている。
薬草採取もランクポイントがつくので、カードにポイントを入れ銀貨を渡す。
買い取った薬草は、カウンターに置きっ放しにはしない。カウンター足元の薬草用保管庫に、規則どおり包んで買取時に書いた書類と一緒にしまう。これは、収納魔法を遮断する効果がついた保管庫だ。
万一、泥棒などに襲われ、保管庫内の品を収納魔法によって盗まれそうになっても防止できるようになっている。収納魔法は対象から少々離れた位置でも使える人がいるので、その対策だった。ただし、きっちりと閉まっていなければならない。
人にも気分によっても名称が変わる魔道具で、「保管箱」「薬草の、魔石の」「金庫」「箱」「それ」などと呼ばれる。
右隣のフェリオさんも今、大きめの魔石を査定し終えて、魔石用の保管箱に入れていた。
フェリオさんは、私がここで働くずっと前からこのギルドで査定担当だったらしい。
しかし、前ギルドマスター不祥事事件のときにはすでにこのギルドを去っていた。前ギルドマスターやその仲間たちと、意見が食い違ったからだそうだ。――うん、想像つくなぁ。
フェリオさんは、きちっとした査定に基づいて買取する。対して、以前ここにいた人たちは、いかに安く買い叩こうかという姿勢だった。当然意見が合うはずない。
たぶん、前ギルドマスター派の人たちに、嫌気がさして辞めたのだろう。
そんな彼にギルドへ戻ってもらうため、二年前の再スタートのとき、ギルマスと私で彼のところに赴いた。「戻ってきてください」とお願いしに行ったのだ。
戻ってきてもらったあとは、査定を彼に教えてもらった。それによって『鑑定』スキルに、まだまだ伸び代があることに気づかされた。
先ほどのテテトー草も、二年以上前なら「テテトー草:銀貨四~八枚」くらいの表記だったはずだ。
それがフェリオさんに鍛えられ、だいぶ表記が細かく鮮明になってきた。ありがたい。
「あ、あと。水の魔石置いてない? この魔道具用の」
野宿のときの水の確保は、優秀な水魔法使いに頼るか、飲み水を出す魔道具を使うことが多い。魔道具の場合は、水の魔石交換が必要になる。
「ありますよ。お待ちください」
場所はフェリオさんの後ろの棚だ。
フェリオさんは現在も表情を変えずに買取希望者の列をさばいている。
「後ろ通りますー」
彼のきれいな羽の後ろを通る。
妖精族の羽はとってもきれいだけど、「わぁ~。きれい~! でへへへ~」とべたべた触ってはいけない。そんなことをしたら、移民試験(種族別の決まりごと・常識の試験。この国に住むなら合格が必須)の再試ものだ。狭い通路で彼の後ろを通るときは、この一言を忘れないようにしている。
そうこうしているうちに、買取カウンターに並んでいる人がいなくなった。
「ギルマスに呼ばれていたから上に行く。高額買取、来たら教えて」
「はーい」
必要以外のことは基本しゃべらない彼は、淡々と説明し、私とメロディーさん二人で返事をする。
「借りてたペン。こっちのカウンターにまだ置いとくから」
「はい。大丈夫ですよー」
今日午前中に、使っていたペンのインクが切れたと言うので、私のを一本貸していた。
買い換えるか、そのペン専用の芯を特注しないといけないみたい。芯を交換するにしても、そのペンを買った店に行かないといけない。
前世のようにある程度同じ規格で大量生産されていたならば、芯やカートリッジも市販品で済むだろう。だけど、この世界はそういった大量生産をしていない。
フェリオさんが二階に行ったあとも、ぽつぽつと利用者がやってきてメロディーさんと一緒に対応した。そしてカウンターがだいぶ空いてきた頃合いで女性一人、男性二人の三人組がやってきた。
「冒険者じゃなくても買取してくれるんでしょ?」
「ええ、……はい。どのようなものですか」
三人に『鑑定』を使い、職業・称号・スキル欄を見た。三人の雰囲気から、ある程度どんな用件かは予想していたけど、やはり想像どおりのものだった。