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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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089: 呪いの絵画⑥ ~呪い? いいえ運です~



 私とギルマスとサブマスが、梯子が崩れるのを見守る中、なんと! 王子は持ち前の速さと力を発揮した。

 床に落ちそうだった王子は、踏みざんを握っていなかったほうの手で、上に残っている梯子の支柱を反射的につかんだのだ。

 彼は屋根裏の入り口近くまで上がっていたので、足場をなくして梯子に宙ぶらりんの状態になる。


「ちっ、くっそが! ……っぱり呪……じゃねーかっ」


 王族にあるまじき舌打ちと悪態をついた。

 折れた先の梯子は、床にガチャンと落ちて埃が舞う。


(呪いじゃなくて、私がちゃんと確認しておけばよかったんだよね……げほげほ)


 私は申し訳なく感じて片手は埃よけとして口元に、もう片方の手は前に出し、水平の障壁を作った。彼の足場を作ったのだ。

 けれど王子はそこに下りることなく、腕の力だけでよじのぼる。

 屋根裏入り口に手をかけ、肘を曲げたら長い脚も軽々とかけて屋根裏へ入っていったのだ。そして中の闇に溶け込んだ。


 さすが戦鎚を使うだけあって、鍛えてらっしゃるようだ。

 私は、王子の高い鼻が折れなくてよかった、鼻血を噴くところを見なくて済んだ、とホッとしたのだけど――。


「うっぶ……くくくっ」

「サブマス……」


 隣で口を押さえ、後ろを向いて肩を震わせるサブマスに気づいた。

 何が面白かったのだろう。王子があたふたした表情を見せたからかな。

 しかしなぜ笑ってしまうのだろうか。王子の装備するバンダナのせいで、どうしてもただの若造に見えるからか、それともただ笑いのツボに逆らえないのか……。

 王子がふたたび下りてくる前に、その笑いを引っ込めてほしい。


 すぐ王子が下りてきたらどうしようかと屋根裏の方向を見たら、中でぼんやり明かりが見えた。光が移動しているから、屋根裏に備え付けてあったのではなく王子の自前の物だろう。大容量収納鞄(マジックバッグ)持ちだから、明かりくらい持っているようだ。

 よし……お願いだから、サブマスの笑いが収まるまでじっくり調べていてください。


「――おい、ありゃあ扉も壊れたのと違うか?」


 ギルマスの声で、屋根裏への扉の状態に気づいた。

 一辺が天井にぴったりついていたはずの扉が、今は蝶番が片方壊れたようで、もう片方だけで何とか繋がっている状態だ。何かの拍子に落ちてきそうだ。


 梯子は扉に直接設置されていなかったから、梯子が折れたときに反動で当たったか、王子が屋根裏に入るとき力を入れて触ってしまったのだろう。

 ギルマスが扉を確認するというので、さっき出したばかりの障壁に乗ってもらった。


「はい、上げますよ」


 障壁の高さを上げる。ギルマスが手を余裕持って動かせる位置で止めた。

 彼が扉をがちゃがちゃと動かし始めると、すぐに扉が取れてしまった。

 続いて、残っていた梯子も少し確認してもらったところ、こちらも抵抗なくガコッと外れた。

 いくらギルマスが職員の中で一番力があるとはいえ、こんなにも簡単に取り外せてしまえるとは。


 理由は簡単だった。

 見せてもらったそれらは、蝶番や結合部分がところどころ変色し、腐食していたのだ。

 絵画は「『探索』回避の布」が持つ水耐性などの効果のおかげで奇麗なままだったけど、それ以外の梯子と扉は時の流れに勝てなかったようだ。


 物置部屋の天井を改めて見た。もう扉も梯子もない。

 屋根裏入り口は、ぽっかり口が開いたようになってしまった。

 サブマスは、ギルマスから受け取った屋根裏の残骸を部屋の隅に置いている。……何とか笑いが収まったようだ。

 そこにちょうどよく王子が調査を終えた。


「ふー……」

「あ、どうぞこの障壁に乗ってください」


 王子が屋根裏入り口に腰かけ、下りるそぶりを見せたので、ギルマスを乗せていた障壁に一度乗るよう伝えた。

 いくら屋根裏までよじのぼる体力や力があっても、そこから床まで一気に下りるには高すぎる。怪我をさせては大変だ。……梯子の確認を怠ったという負い目も少しある。


「――途中で消すなよ」

「消しませんよ」


 下りる直前で障壁を消して王子を落下させるなんて……。王族への傷害罪とかで連行されたくないですからね。

 王子は鼻を鳴らして私の障壁に一旦着地し、流れるように床へ下りた。


「――何もない、それに広くもない。この絵だけを隠していたかのようだった。……もう一度言うが、オレは、いや王室はその絵を引き取らないからな。誰も盗らねえからその辺の床にでも置いておけ」


(高価な絵を床に置いておくのはなぁ。いくら何でも不用心のような……)


 と、私はつい不満気な顔をしてしまったようだ。

 放蕩王子が意地の悪い笑みを浮かべた。


「へえ、そんなにこの絵に胸を打たれたか。ならアンタが持ってればいい。収納持ちじゃねーか。さっきもあの布を入れていたようだし、第一発見者だろ。そうだそうだ、名案だ。とにかく、あとはそっちでやれよ」


 王子は呪いの物を私に押しつける気満々のご様子だ。まぁ押しつけられても、この絵に呪いなんてないのは知っているから、特別騒がないけども……。

 用事が終わった王子は、この物置部屋から悠々と出ようとする。

 彼は部屋のドアを開け、自身の長い脚を一歩、大きく、――踏み出した。


 ――ズルッ!


「な、ぁ――――ぐっ!!」


 王子は物置部屋を出てすぐ、ドシン! バシャッ!! と音を立てて、私たちの目の前で大きくすっ転んでしまった。


「…………」

「…………」

「…………」


 私もギルマスもサブマスも、ばっちり目撃した。

 王子は、水たまりに足を滑らせたのだ。

 かっこよく足で着地することなどできず、誰がどう見ても水たまりに、お尻から突っ込んでいた。確実にお尻は水びたしだ。

 なぜギルドの廊下に水たまりがあるのか……と考え、一瞬で思い出した。

 その水たまりは、先ほどサブマスが水魔法で私の障壁を壊そうとし、はじかれた水だ。


 そう。今にも一人で笑い出しそうなサブマスの……げっ。

 私は急いで王子の傍に行き、すぐ物置部屋のドアを閉めた。外開きだけど、転んだ王子をギリギリ引かずに閉められた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 私はなるべく大きな声で王子を心配した。

 もちろん王子を本当に心配している気持ちもあるけど、一番の狙いはサブマスの声を聞かせないためだ。いや、きっと大声では笑わないだろうけど、念のためにね。


「騒ぐな……」


 本日一番恨めしそうな声で、王子は立ち上がる。

 私を見ることなく、さっさと歩き去っていった。

 そのとき先ほどと同様、ぶつぶつと「呪い」がどうのとか聞こえた。

 今日の不運は呪いのせいなのだろうか。いや、呪いというよりカイト王子の「運」の問題だろう。たぶん。

 彼の運の値は特段低いわけではないけど、私よりは低い。――私の半分くらいなのだ。


 そんな彼の後ろ姿は、お尻部分が濡れていた。ズボンが黒いから目立ちにくいけど……。

 そうだ、タオルを出そう。

 しかし収納魔法から出したときには、もう王子の姿は見えなくなっていた。

 私はすぐ追いかけるように一階に下りたけど、それでも追いつけなかった。

 おそらく『隠匿』スキルを使って、こっそりと素早く帰っていったのだろう。




 結局――、あの絵は物置部屋にしばらく置くこととなった。

 ただし盗難対策として、収納魔法を遮断する保管庫を置き、その中に入れてある。

 保管庫とは、一階のカウンターで買取後に保管しておく箱だ。

 数個ある保管庫の中でも、大きめの物を入れておく物だから、私たち受付はしばし不便かもしれない。


 もうすぐ領主様が帰ってくるから、それまでの辛抱だ。

 そうそう。フェリオさんがあの絵を見て、顔を青くしていた理由がわかった。サブマスと二人で呪いの絵画がどうのこうのと、ぼそぼそ話していたからだ。

 ある程度の年齢の人だったら知っていることなんだろうか。領主様からも受け取りを拒否されたらどうするんだろう。


 そうだ! そのときは本当に私が預かろうかな。収納魔法の容量の空きにはまだ余裕があるし。

 別に……何かのときにあの布が役立ちそう、絵よりあの布! とか、思ってないよ。



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