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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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082: 指名依頼②



 実は本日、朝の混雑が引いた頃合いに、小柄な女性が入ってきた。

 冒険者ギルドにそういった女性が入ってくることは別に珍しくない。小柄でも高ランクの女性冒険者はいる。もちろん、私以外にもいる。


 ただ、その女性は挙動不審だった。

 ギルドの出入り口前できょろきょろと周りを見渡し、掲示板の人だかりをしげしげと見つめ、すれ違った巨体の冒険者さんに全力で道を譲った。

 周りの冒険者さんたちはそんな様子の彼女を見ても、特にからかう様子はない。依頼人に見えるからだ。


 依頼人とは、冒険者に依頼(仕事)報酬(お金)をくれるありがたい存在だ。

 それをよくわかっている冒険者さんは礼を失することはしない。

 むしろ彼女の近くへにこにこと歩み寄り、「何か困ってます? 受付も今空いてますよ」とさわやかな顔で話しかけていた。

 その冒険者さんは先日のスタンピードの際、目をギラギラさせてマルデバードを倒し、その死体の山を築いた猛者だったけど、今はそんな様子が微塵も感じられないほど愛想をよくしている。


 対する彼女はCランクの依頼に興味があるようで、Cランクの依頼書が貼ってある掲示板へ案内されていた。依頼人自身が内容を確認すべく見に来ることもあるので、声をかけた冒険者さんも特に不思議に思うことなく案内する。

 別に、一般人がCランクの依頼書を見てはいけないわけではないけど、それで彼女の疑問は解消されるのだろうか。いや、されないだろう。

 そのため、私から声をかけることにした。


「院長さん。こちらで相談も承ってますよ」


 ギルドに入ってきた女性は、孤児院の院長さんだった。

 孤児院の子供たちはよくギルドに来るけど、院長さんだけが来るなんて。何かあったのだろうか。

 そんな彼女は申し訳なさそうにやってきた。

 だから私は、そんなに縮こまらないでほしいという思いを込めて、やさしく尋ねる。


「ご依頼の相談でしょうか。それとも子供たちに何かありましたでしょうか?」


 まさか院長さんが今になって冒険者登録をするはずがないので、それ以外の用件だろう。あと予想できるのは孤児院パーティーのことかな。何かいざこざでもあったのだろうか。


「あの、子供たちは今回関係がありません。いえ、少し関係がありますけどそうではなくて……。えーと、指名依頼をしたくて……」


「はい、ありがとうございます。それでは隣の部屋で伺いましょう」


 指名依頼というのは、依頼を受ける冒険者にのみ依頼内容を伝えるものだ。情報が漏れやすいカウンターでは詳しく聞かないようにしている。


「えぇと……指名したい冒険者さんは決まっているのですけど、依頼内容が決まっていませんので……。えぇ、おかしなことを言っているようですけども」


 依頼内容が決まっていないのに、指名依頼をしたいという矛盾を抱えているせいか、院長さんはしどろもどろだ。


「大丈夫ですよ。とりあえず、そういったことも含めてこちらのお部屋で伺いますから」


 私は院長さんを隣接する個室へ案内する。

 依頼を考えていて何かしら疑問点、不安な点、迷っていることがあるのならば一緒に考えることも仕事の内だ。

 冒険者に仕事を紹介できるのは、依頼人がいてこそなのだから。


「どうぞ、お入りください」


 私はドアを開けてそれを押さえつつ、院長さんを部屋の中に入れた。


「ええ。……ここは」


「あっ、院長さん、あの事件のときにここへ入りましたよね。でも普段この部屋は、相談するときに使うんですよ」


 院長さんが言いたかったのは「この部屋、あの伯爵の四男の件で使った部屋ですよね」ということだろうと思ったので、普段の使い道を先に説明した。

 この部屋は、例のルーアデ・ブゥモーが町の皆さんに迷惑をかけて、ギルマスたちがどういった罰にするか決めた部屋だったからだ。


 ちなみに彼の処罰は、「初心に返れ」という意味で、所持しているランクポイントをすべて没収――すなわち(ゼロ)ポイントにして、Gランクからやり直しさせることに決まった。

 迷惑をかけた分の罰金については、住人の皆さんに大声でわめきながらも、そこはお金持ちらしく全額を払ったそうだ。

 そのあとこの町をすみやかに立ち去っていった。


 この部屋はその事件を連想させてしまうけど、本来は内密に依頼の相談をしたり、職員同士の話し合いに使ったり、魔物の素材を売る商談もしたりといろいろ用途がある部屋だ。


 あ、そうそう、朝や仕事終わりの着替えに使うことも…………おや、そういえば、二階の物置――天井が壊れたままだった!


(すっかり忘れていた!)


 二日経った今、ギルマスたちに天井のことさえ言い忘れている。……まぁ、いいだろう。部屋の窓と扉には鍵をかけているし、普段から全く使ってないのだから。――いや、あとで様子を見に行くけども。


「……あ、どうぞどうぞ。おかけください」


 少し言葉が詰まった私に不審な顔をすることもなく、院長さんはソファに腰かけた。

 彼女は私の様子より、依頼の相談に意識が向いているようだ。


「えと、指名依頼をお考えになっていて、指名したい冒険者さんは決まっているんですよね。どちらのパーティーですか」


「ええ。――パーティー名は何と言っていたかしら。かわいいお名前でしたけど。あ、メンバーのお名前はわかります。コトさんとワーシィさんとシグナさんです」


 何とびっくり。院長さんが指名したのは、私が住んでいる家の一階を借りているあの三人だ。指名依頼と聞いてその子たちの名前が出てくるとは思わなかった。


「『キラキラ・ストロゥベル・リボン』ですね。彼女たちに指名依頼をしたいけれど、依頼内容が定まっていないということでしょうか」


「ええ、実はですね。ほら、それこそあのときのこと……『キラキラ・ストロゥベル……リボン?』さんに助けていただいたでしょう。何かお礼がしたいと思ったのですけどね。どういうものがいいのかしらと『羊の闘志』に相談したら『冒険者へのお礼は指名依頼が一番だ』って言うものでして……」


 なるほど。あの事件のことで彼女たちにお礼がしたい。だから指名依頼を発注しようと思ったけど、仕事内容が思いつかないといったところかな。


「冒険者さんにとって、『指名依頼』って特別なことなのでしょう?」


「そうですね。やはり冒険者たるもの信頼されることは大事ですし、その信頼の証としての指名依頼は、経歴に箔がつきますから」


 指名依頼というのは、依頼人が特定の冒険者を指名して仕事を依頼することだ。

 指名されたということは、依頼人に信用されたということ。冒険者によっては、指名依頼を受けてからが本格始動と考える人もいるくらいだ。

 このことから同じランク同士の冒険者でも、指名依頼を受けたことがあるパーティーとないパーティーとでは、印象に差が出る。『羊の闘志』さんが『キラキラ・ストロゥベル・リボン』へのお礼に指名依頼を勧めたのは粋な計らいだ。

 でも院長さんは依頼の内容に今一つしっくりいかないようだった。


「内容がホーンラビット狩りでも大丈夫というのは本当ですか……? Cランクの冒険者さんに、うちの子たちと似たような仕事をさせるのはどうかと思うのですけど……かといってお金もないですし。他に、Cランクが受ける依頼はどういうものがあるのか知りたくてこちらに伺ったんですよ」


 指名依頼といえば、信頼できる冒険者に重要な依頼を頼むことが多く、低いランクの魔物狩りだと普通ならば断られてしまう。

 でも、先日の件でお礼を兼ねた指名依頼ということであれば、そのような依頼でも彼女たちは喜んで受けるだろう。

 なぜなら指名依頼というのは、学園生にぽんぽん声がかかるものではないからだ。


『初めて訪れた町で信頼を得て、指名依頼を受けることになった。内容は低いランクの魔物退治だったがきちんと完遂した』という事実があれば、この夏、彼女たちの修業の成果としてはかなり評価されるに違いない。

 ただ、院長さんの考えることもわかる。程度の低い内容で依頼するのも悪いと思うのだろう。


「そうですね……それでは、ご予算はいくらくらいをお考えですか?」


 指名依頼の報酬は、本来重要なことを頼むものだから高くなることが多い。あまりに低いと依頼を断られてしまうからだ。しかし、今回にいたっては相手が『キラキラ・ストロゥベル・リボン』なので、低すぎなければさほど気にしなくてもよさそうだ。

 それでも院長さんは、低ランクの魔物退治よりは色をつけた金額を提示した。


「依頼内容……低ランクの魔物狩りよりかはもっと上の……あ。そうだ! いいことを思いつきました。こういうのはいかがでしょう――」


 私は院長さんに一案を示し、彼女はそんな仕事内容もありなのかと驚く。

 そして一度、『キラキラ・ストロゥベル・リボン』も交えて相談することを提案した。昼の鐘に私も一緒に孤児院へ向かい、詳しく説明することに決めたのだ。


 そうだ。お昼ごはんは個人で持ち寄るとしたけど、少しお肉を買って、孤児院の子供たちにおすそ分けしようかな。



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