080: 閑話 春風になびくピンクの髪〈後〉
私は、用事があって騎士の皆さんが集まる施設に赴いていた。
――何やってるんですか?
そしてどうしても気になって、興奮しているジッキ・ヨウさんとカイセ・ツーシャさんに、聞かずにはいられなかった。
「おおお! 放り投げた~~!! ぴゅーーんと放物線を描いて飛んでゆくううう! ――あ、今ね、シャーロットが何人ぶっ飛ばすか実況しているとこ…………あ」
「豪快な笑いです、シャーロット! 豪快に回し、豪快に飛ばした女性にふさわしい笑い声が響きます!! ――それとね、この拡声魔道具のメンテナンスして、動作確認…………え!」
私の名前を連発して「ボコボコだ~!」やら「叩きのめせ~!」やら「容赦なく腹パンだ~!」など大きな声が響いていたので、訓練場に向かったのだ。
まさか騎士の皆さんに何か恨みでも買っただろうか、まずは話し合いだ……と、気を引きしめてこちらへ来たのだけど……。
「「シャーロット~~!?」」
大声を出していた二人が、後ろを振り向いて全く同じ声量で叫ぶ。後ろ向きなのにちゃんと声を拾った拡声魔道具によって、全体に知れ渡ってしまった。誰かを応援していた騎士さんも、見物していただけの騎士さんも、倒れている騎士さんもその声に注目する。
あっ、もしかして、ここに騎士じゃない私がいるのがおかしいと思われているのだろうか。
ちゃんと許可を取って入りました。無断で侵入してませんよ。
「誰かに用事かい?」
しかし、それについては特に気にしていないようで、ジッキさんは先ほどの熱気を少し抑えて聞いてくれた。
私はここへ来た目的を申し訳なさそうに告げる。
「……ああ。はいはい。――えー、魔物討伐の部隊長さんいませんか~? 前のスタンピードの参加証明書にサインほしいそうですよ~」
拡声魔道具を使って知らせてくれたのは早くて嬉しいけど、恥をかくことになった。実はここ――騎士団が使う訓練場に入れさせてもらったのは、「スタンピードで一緒に戦いましたよ」という証明書にサインをいただきたかったからだ。
冒険者はスタンピード戦に参加したら、終わってすぐにギルドに報告しないといけない。しないと不参加になってランクポイントが減点になるのだ。
そしてこのたび、ギルドへの報告を忘れて数日経ってしまった。
減点になってもBランクに落ちないので、今回はそのままにしようと思ったけど、それはギルマスに許されず、仕方なく書類を用意して隊長さんにサインをもらいにきたのだ。面倒くさいうえに、恥ずかしい。自業自得だけど……。
「ふむ、たまに忘れるな。……これでよいか」
「はい。大丈夫です。お手数おかけしてすみません……」
部隊長さんは先ほどのお祭騒ぎを見物していただけなのか、いつもどおりの様子でやってきて、数枚の用紙に素早くサインを書いてくれた。
用事も終わったので帰ろうと思ったら、頭上から声がした。
「へえ~。あんたがシャーロットかい」
「え」
あ。
見たことがない女性の騎士さんだったけど、彼女を見てすぐわかった。
なぜ、私の名前が連呼されていたのか。
「はじめまして! あたしはシャーロット。シャーロット・シュワルツネグって言うんだ。あんたもシャーロットだろ」
騎士に囲まれている中、さっきは男性一人をぶーんと投げていた人だ。私と同じ「シャーロット」さん……。
しかし彼女のほうは、私と違って長身の男性騎士と並ぶくらい背が高く、胸囲も私よりずっとある。かなり鍛えているようで腕も太ももも、ばんと張っていた。私と同じところは髪がピンクブロンドであり、目が茶色いところくらいかな。ちなみにこちらのシャーロットさんは、髪を二つに縛っている。
私と同じ人族なのにムキムキの筋肉で人族だ(『鑑定』スキルで見た)。いったいどうやって鍛えたのだろうか。
「はい。あの、とても鍛えてらっしゃるんですね! すごい筋肉です! かっこいい……」
もし彼女の先祖に他の種族がいて、少しその血が混じっていたとしても、この『力』『耐久』『速さ』の値は賞賛されるべきものだ。
「噂のあんたにそう言われるのは嬉しいねぇ。そうだ、紹介するよ。ここにいるのが仲間さ」
噂というのが気になったけど、流れるようにシャーロットさんは自分の仲間を紹介してくれた。
「あたしら、ちょっと前にこのアーリズの町に合同演習で来たんだ。お、そうだ! このあとどうだい。うちらと夕食でも食べないかい? 奢るよ!」
私は彼女たちについて『鑑定』で職業欄を見た。そこには行ったことがない町の騎士であることが記載されている。
今まで彼女たちを知らなかったのは、別の町に住んでいたからだった。
「え、でも……」
会って間もないのに、いきなり奢ると言われても困ってしまう。だけどそんなこと、シャーロットさんはかまわないらしい。
「いいから、いいから! 同じシャーロットのよしみだ。それにお金はあたしのじゃなくて、そのへんに転がってるやつらのだからさっ。ありがたく奢られちゃいなっ。それにね、あたしが同じ名前のシャーロットに会いたかったから、この町の演習に来たんだよ! ぜひ一緒にタダで飲み食いしようじゃないかっ」
はーーっはっはっはっは!
高らかな笑い声を聞きながら、証明書を収納魔法にしまう。
拡声魔道具で隊長さんを呼ばれたときは恥ずかしくて、やっぱりランクポイント減点で通せばよかったと思ったけど、新しい騎士さんと知り合えたのは嬉しかった。
それに、人族でどうやったらこんなにたくましくなれるのか聞いてみたい! 私の『耐久』と『力』の値が増える参考になるかもしれないし。
一旦ギルドに戻るので、シャーロットさんとどこで待ち合わせるか決める。そのとき地面に散らばった人たちがちらっと目に映った。
あとで奢ってもらえるなら治癒魔法をかけておこうかなと思ったけど、近くに治癒魔法を使える人もいるし、大丈夫だろう。
それよりも早く戻ってスタンピードの処理をしてしまおう。夕食が楽しみだなぁ。
○ ○
後日、騎士団がよく使う談話室にて。
「いくら別の町でも、シャーロットが二人ってややこしいよな」
「身長が違っても髪の色や種族は同じだしね」
「じゃさ、我らが町のシャーロットちゃんを二つ名で呼ぼうぜ」
おお、いいね。と盛り上がる騎士たち。まだ冒険者たちの中で広まっていないのなら、どういうものがいいだろう、と語り合う。
「あ、そういえば、オレのじいちゃんが城壁職人なんすけど――――」




