008: 森の討伐依頼完了
日が傾いてきて、ギルドもそろそろ終業の時分。
ビギヌーの森の依頼から帰ってきた『羊の闘志』の皆さんは、何とマンティコアを討伐してきてくれた。
マンティコアは、体が赤茶けてライオンのような姿。尾に毒針を持ったAランクの魔物だ。
「無事に帰ってきてくださってよかったです」
しかも、こんなに早く片付けてくれるなんて。
討伐対象がマンティコアだったなら、やはりBランク依頼で出さなくてよかった。彼らより下のランクのパーティーだったら、無事に討伐できたか怪しい。
これで明日からまた低ランクの人たちが、超初級ダンジョンに行けるだろう。
この町には孤児院もあり、今回通報してくれたのはそこの子供たちだった。彼らはしばしば森で魔物を狩って、ギルドに売ることで生活している。死活問題だからほっとしているはずだ。
「普通のマンティコアだったから特に問題なかったぞ」
リーダーがそう言った途端。
「俺が、スキルで倒したんだぜー!」
Bランクの彼が自慢げに言った。
マンティコアはまだ上位種がいるけど、普通のマンティコアでも十分強い。場所だって視界が悪い森だ。
謙遜しているけど、『羊の闘志』の皆さんだったから無傷で倒せたのだろう。『鑑定』スキルで目立った怪我がないことも確認できた。
Bランクの彼は、『魔力を力に変換』スキルをよく意識して使っているようだった。魔力が半分くらい残っている。
集中値(威力の調整・命中率向上)も前回より上がっている。
(よかったよかった。やっぱり意識をすると、おのずと必要な能力値は上がるんだ)
受付カウンターにて完了した際の書類を書く。リーダーの登録者カードと一緒に、魔道具へ置くとカードが輝いた。
依頼完了時も受注時と同じく、リーダーのカード一枚で事足りる。
完了処理が終わり、依頼に記載されていた報酬を渡した。
これで、パーティー全員にランクポイントが入った。報酬の金貨は、リーダーがメンバーと分ける。
マンティコアは、すでにギルドの解体担当が解体中で、その分の報酬は明日になるそうだ。
「お前ぇのために、五本も魔力回復ポーション使っちまったんだからな。報酬から差っ引かせてもらうぞ」
報酬を受け取ったリーダーは、先ほど戦果を自慢したBランクの彼をたしなめ睨みつける。
「えー! そんなぁー……!」
リーダーがポーションの値段を告げて、容赦なく報酬から引いていた。
やっぱり『魔力を力に変換』は、慣れるのに時間がかかったようだ。
仲間たちは報酬が引かれたのを、面白おかしくからかっている。
私がやや強引な方法で彼にスキルを教えたのは、彼がパーティー内で皆にかわいがられているからだ。
無理をしそうになったら、きっと止めてくれる。そう思った。
なぜなら、パーティーの主目的が、堅実にこの町を守ることだから。
ガンガン魔物を倒して名を上げるぞ、という趣旨のパーティーではない。そもそも名前なら昔から売れている。
現在は、若手の育成がパーティーにとって重要なことだ、と考えているふしがある。そんな安定感のあるパーティーだから、私も安心して彼にスキルを自覚させた。
「いやー。マンティコアは久々に見たな」
なかなかお目にかかれない魔物だから、ギルマスも一階で見物していた。
「そういえば、この町に来る前から聞いてたんですよ。『羊の闘志』さんは、なめた真似するとひどい返り討ちに遭うって。それを聞いて、近づきがたい人たちだと思ってたんですよねー」
完了後の報酬を渡しても、事務側ではまだ細々とやることがある。手を動かしながら話した。
「でも、皆さん気持ちのいい方たちですよね。やっぱり噂は当てにならないです」
他国にも知られている有名なパーティーが、身勝手な態度や、振る舞いをすればすぐ知れ渡るだろう。日頃から気をつけているだろうし。ああいった噂は、お馬鹿な輩が突っかかった結果なのかな。
「ん? あ〜。……シャーロット、あのポーション泥棒、捕まったとき見てなかったのか」
ポーション泥棒とは、ギルドにある備蓄のポーションを持って、町から逃げたギルド職員のこと。
二年前に、当時のアーリズ支部のギルドマスターが不祥事で捕まった。そのとき、査定を担当していたギルド職員が、生活の足しにと、ポーションや備品などを盗んで逃げたのだ。
その職員には『査定』系のスキルがなかった。
つまり、査定の勉強をしていない素人。そういう職員を雇っていたのだ。
当時のこのギルドが廃れていたのも頷ける。
「捕まったときですか。そのとき足りなくなったポーションの買い出しに行ってましたね」
町をよく知らなかったから、『探索』スキル(精神値が高いのでもちろん持っている。広範囲の探し物に便利なスキルだ)を活用して一軒一軒回った覚えがある。
体力回復ポーション、魔力回復ポーション、状態異常回復系の薬も盗られたんだよね。
犯人が捕まって、それらが戻ってきたときは嬉しかったな。
「確か、それこそ『羊の闘志』さんが、この町に帰ってきたときにたまたま遭遇して、取り返してくれたような……」
「たまたまじゃなくて、わざわざ捜してくれてたんだ。『ギルドの一員のクセに恥をさらすな』って言ってな。捕まった知らせを聞いてよ、俺が行ったときボロ雑巾になっとった」
冒険者ギルドは、なめられてはならない。
ポーションを盗むようなギルド職員は、ギルドの登録者が直々に成敗するということなのか。なるほどなぁ。
…………あれ私。今回、仲間の一人を使って、勝手に検証しようとしていたよね。それ知られたら、私……次、危ないんじゃない?
楽しそうに、Bランクの仲間をいじっている『羊の闘志』さんたち。その光景を尻目に、「仲間を実験に使いやがって。なめてんじゃねぇぞ!」と、いつ言われるかドキドキした。
しかし、ドキドキはすぐ収まる。それにあまり危険を感じているわけでもなかった。
(怒られたらとりあえず謝ろう。あ、ポーション代。私が払えばどうにかならないかな)
カウンターを片付けつつ、無駄に対応策を考えていたからだ。