079: 閑話 春風になびくピンクの髪〈前〉
この町に、ウルフやらスライムやら鳥やらの魔物が押しよせる前。
春の心地よい風の中、この広い敷地には、何人かの挑戦者たちの身体が落ちていた。
『身体が落ちていた』はおかしい? ――しかし事実である。
彼らはある人物に挑み、残念ながら返り討ちにあって宙を舞い“どさぁっ”“ばったーん”“ずぼぉっ”と、音を立てて落ちてしまったのだから。
そんな敷地内に、何やら二人の大きな声が響いている。
「おおぉぉぉ~~!! またもや男が宙を舞うううう!!」
「すごい! すごいぞ! 勢いが衰えない、シャーロット!!」
相手の隙をついて、ボディブローをぶちかましたシャーロット。対戦者は腹に強烈なパンチをもらい、勢いそのままに放物線を描いて落下した。
輝かしいピンクの髪が風になびく姿は、堂々として美しく、弱い者を寄せつけない。拳を高々と上げたシャーロットは、周りに「どうだ!」と言わんばかりの顔で見渡した。
彼女の応援をしている者、彼女に感心する者、彼女に挑まなくてよかったと思っている者――その中心に彼女はいる。
「いやぁ、先ほどの攻撃はあと少しでしたけどねぇ。どうでしたか、解説のカイセ・ツーシャさん」
「彼はシャーロットの攻撃の筋を把握した……と、少し慢心していたのかもしれませんねー。お、見てくださいよ、実況のジッキ・ヨウさん。また一人犠牲者が増えそうですよー」
「おっ。なーーんとぉ! まだ勇気ある男がいた! 次に名乗りをあげたのは、毛自慢の……じゃなかったスピード自慢のこの男!! 猫野郎だ~~!」
シャーロットは猫野郎と言われた男に一瞥をくれた。
その様子を見て、さらに声を張り上げる実況のジッキ。
「しかし! シャーロットー! あきらかに興味がありませんと言わんばかりだ! 対するこの男……え? 『俺が勝ったら胸をもませてくれ』だって~~!? あ、いや失礼、女性諸君! ――おい。俺に何言わせるんじゃああ、このパイ好き猫野郎が!!」
「少し調子に乗っているようですね。いくら何人も相手して疲れているからといって、これでは怒りで……いや、彼女に疲れはなさそうです。仲間と笑いあってますね~。…………おお! シャーロットは、自身が勝ったら夕食を奢れと言っております!」
「そこらへんに転がっている者どもも奢るのだがぁ、まだ足りないというのか~~! いくら仲間の分もあるとはいえ、どれだけ食べるつもりだ!! さあ! さあ!! 『猫野郎』も『筋肉』同様、夕食を奢ることになるのか! それとも敵を討ち、彼の手の中に胸が収まってしまうのかああああ!?」
紹介された『筋肉』は、反応していない。いや、できない。埋まっているから。
威勢よく「尻を触らせろ」と言ってきた筋肉は、現在逆さになり、上半身が地面に埋まっている。黒いムキムキの足が見えて、おそらく彼だろうとわかるくらいだ。
これからそれの仲間入りする予定の男に、愉快な視線を向けるシャーロット。――戦闘する態勢となる。
そして審判の合図により、駆け出した……!
「さあっ、始まりました! 先に仕かけたのはシャーロット! 彼女の右ストレートが猫野郎に襲いかかるうううう!」
「……はい。やはり避けましたね。さすがスピードに自信があるだけありますねぇ。猫野郎はカウンターで蹴りをお見舞……いや、だめですね。シャーロットもそれはお見通しのようです」
シャーロットも猫野郎も、素手での戦闘だ。シャーロットは今までの戦闘で蹴りも拳も、ときには頭突きも活用して相手を沈めてきた。
「速いしパワーもある、ということですねっ! しかも、連戦中なのに全く疲れを見せていないのがすごいですねぇ」
「あ。先に蹴りを決めたのは猫……お! 決まったと思った足が、シャーロットにがっちり掴まれています!! 蹴りはわざと受けたのか!?」
シャーロットは掴まえた猫野郎の足をがっちり固定して、その場で回り始めた。回されているほうは言葉にならない声を上げている。実況しているジッキ・ヨウと解説中のカイセ・ツーシャは大興奮だ。
「回る、回るううう! 猫野郎は情けなく叫ぶだけなのかあああ~~?」
「おおお! っ、風が、こっちにまで吹いてきそうです!」
「どこまでまわすんだああああーーー??!!」
二人とも目をキラキラ輝かせて、猫野郎より長身のシャーロットが回すところを実況する。
ぐるぐる、ぶんぶん、回す回す!
風が巻き起こる!
竜巻になるのではないか?
観戦者はシャーロットのダイナミックな動きと実況の声に熱狂しながら、全員一歩ずつ後ろに下がる。
そこに彼らと違う服装の人物が現れた。ピンクブロンドの髪を持つ女性は、実況と解説の後ろから声をかける。
「――あの、何やってるんですか?」
歓声の中央では、男が高く、遠くへ、飛ばされているところだった。
こちらの閑話は、エイプリルフール用として投稿した話でした。




