077: ある夏の二日間⑰ ~やはり、やらかしていた~
「お疲れ様です。今回のスタンピード戦のランクポイントは、一人20ポイントです」
スタンピードが収束したので、私はギルドに戻ってきていた。
町では家の屋根が少し壊れた、売り物が壊れた、軽傷を負ったなどあったけど、幸い死者や重傷者はいなかったらしい。
私もギルドに戻る前に自分の家の様子を見たけど、小さくて地味な家だからか、マルデバードに見向きもされず奇麗なままだった。よかったよかった。
「マルデバードの解体は広場で行っておりますので、お手数ですがそちらにお持ちください」
スタンピードのときは魔物の解体量が多すぎるため、解体チーム総出で作業する。
いつもは城門前で行うことが多いけど今回は魔物が町に入り込んでいるし、夕方近いので城内の広場で行っていた。
ただ私が城壁の外に置いておいた分は、外で作業してもらっている。
広場の作業人数はその分少なくなるけど、約一名テンションが高い人がいるから作業が遅れることはないんじゃないかな。
私としてはこのあと行われるあれを考えると、仕事終わりが楽しみだ。
「広場ね。……てかさ、孤児院方面で何かあったっぽいよ。『羊の闘志』たち、かなり怒っててすっごい形相だった。こっちに向かってるようだったよ」
「え?」
『羊の闘志』さんたちがお怒りとはどういうことだろう。
一応『探索』スキルで近くにいるか捜してみる。
(これは……)
意外と近くにいた。しかも、大勢の人たちも一緒にこちらに向かってきている。もう、すぐそこだ。
「おら、こっちだ」
バルカンさんの声がギルドの入り口から響く。そして、中に入りざま何かを投げつけてきた。
「ぅおおぉぉら、よぉっ!! っと」
『羊の闘志』のリーダーであるバルカンさんが、何か丸く大きなものを片手で投げつける。カウンター前まで弧を描いて落ちた。
カウンターにいたメロディーさんは、突然何かが目の前に放り投げられて「ひゃあっ」とびっくりし、カウンターの下に隠れてしまった。
私はその様子にかわいいと密かに思いながらも、投げられたものを見る。人だと思うけど……ぼこぼこになり、ぐるぐる巻きにされていた。
でもまぁ『鑑定』で見ると死んでないし、その人の名前から――何かろくでもないことをしたんだろう――と思えた。
それにしてもバルカンさん、片手で丸い人を放り投げるなんてすごいなぁ。
「なっ何を、する! ワ、ワタシは悪くな……」
「るっせええ! ――ギルドマスターを呼んでくれ」
丸い男――ルーアデ・ブゥモーが、ごちゃごちゃわめきそうだったところを一喝するバルカンさん。普段は見ない――というより見たことがない、体の底から怒りが湧き出ている表情だった。
もちろん彼だけではない。彼の仲間たちや、一緒に来ていた町の人たちも、同じ雰囲気を醸し出している。
メロディーさんはカウンターから目だけ出していたのに、この雰囲気からまた下に引っ込んでしまった。
肝心のギルドマスターは私の後ろにいて、『羊の闘志』の人数よりもはるかに多い一般人に眉をひそめる。
「ここにいるぞ。……こりゃ、カラクも呼んでくる案件ってとこだな」
ギルマスは、サブマスにまだ二階を使われていたので一階にいた。
「ぼくが行ってくるよ」
私がサブマスを呼びに行こうとしたところ、先にフェリオさんが羽を動かして二階へ向かってくれた。その際いつもどおりの羽の動きが見られて、私は安心する。
(よかった。ちゃんと動いてる)
フェリオさんの羽の調子を聞きたかったけど、それを聞くと怪しまれると思って何も聞けなかったのだ。
「……今日中にまた顔を見るとは思わんかったな」
私がフェリオさんの様子を見ているあいだに、ギルマスは頭をかきながらカウンターから出て、床に転がっている伯爵の四男につぶやいていた。そのままギルドに次々と入ってくる町の人たちへ目を向ける。
ギルドに一般の人たちがこんなに多く入ってくることは、なかなかない。よっぽどのことがあったのだろうと思われた。
彼らの中にはどうも、服や鉢植えを持って顔を真っ赤にしている人がいる。しかも、それらは一部焦げていた。
さらに気になるのが孤児院の院長さんと、よくギルドに来る六人の子供たちだ。
院長さんと子供たちは、カウンターに転がっている男をゴミを見るように――くしゃくしゃにして捨ててやりたいかのように見ていた。
『羊の闘志』の皆さんも同じような目をしている。――いや、実際〝くしゃっ〟とやってこちらに来たのだろう。一部の国では「『羊の闘志』というパーティーはなめた真似をすると、倍以上に返してくる恐ろしいパーティーである」と伝えられていて、今その噂が現実味を帯びていた。現在一人欠けているとはいえ、じゅうぶん迫力がある。
――いや、一人欠けているから迫力があるのかな……?
「この人はですねっ。魔物に襲われそうになったところ、うちの子を盾にしだしたんですよ! いい大人が子供を掴んで魔物の前に出すなんて! しかも、冒険者登録をしていると言うではないですか!」
サブマスが下りてくるのを待たず、堰を切ったように訴えたのは孤児院の院長さんだった。赤い髪の男の子の肩を抱いている。
サブマスはフェリオさんと途中から静かにやってきて、ギルドの雰囲気を感じ取り、様子を見ていた。
院長さんから聞いた詳細はこうだ。
避難をさせようとしていたところ、ちょうど近くにいた伯爵の四男が傍に迫ってきたマルデバードに動揺し、子供をひっつかんで盾にしたというのだ。
ギルドでわめいたあとは、子供を盾にするとは……!
「ちぇっ、先生は大げさだよ。別にこわくなかったし、剣もってたら、こんなデブ、頭ぶっ刺してやったのに! あ、はらのほうがいっか。ふんっ」
盾にされた子供とは、赤い髪を持つ孤児院パーティーのリーダーだった。少し怪我をしていたけど、悪態をつくくらい元気だ。
さらに話を聞くと、町の人たちがなぜお怒りになっているのかもわかった。
子供を盾にするだけでは、もちろん魔物を追い払えるはずがない。
伯爵の四男は恐慌状態に陥ったのか、火魔法を手当たりしだいに撃っていった。
それが避難中の人に当たり、家で干している洗濯物に当たり、とある家の庭に当たったとのことだ。その被害者の皆さんがギルドに押しかけてきたのだ。
ただ、ルーアデ・ブゥモーの魔法の威力がそこまで高くなく、ギルドに集まっている皆さんが、軽傷なのは不幸中の幸いだったかもしれない。
「――皆さんに“きゅあ”。……他に具合が悪い人はいませんか?」
私は集まった全員に治癒魔法をかけ、見渡す。怪我をしている人をほっとくのは気が引けるし、この男のせいでギルドの印象が悪くなってはいけないからね。
もちろん、ぼこぼこ・くしゃくしゃ・ぐるぐるの状態で床に転がされている男には、治癒魔法は使ってない。
「こ、この小娘! ワタシも、回復、させんか! 大っ体、何だっ……。ボロっちい子供を使ってっ、何が悪いっ! このようなギルドは“燃え…………”ぐぼっっぼぼっ」
自分を回復しろと、腹立たしい言葉を吐きかけて魔法を使おうとしたこの男は、呪文を途中で邪魔された。
「うるさいね。それに、ここは火気厳禁だよ」
二階で籠もっていたところを邪魔されたサブマスによって、魔法の発動を阻止されたのだ。
ルーアデ・ブゥモーは顔周りに、水魔法による球体で口と鼻をふさがれていた。
「他人を盾にするなど冒険者の風上にもおけん!」
立て続けにギルマスも怒る。こちらはギルドどころか、ご近所さんにまでばっちり聞こえる大音量だ。
サブマスが水の球体を消したことでルーアデ・ブゥモーが咳きこんでいるけど、誰も気にしていない。
「はい、ギルドカード」
フェリオさんはそんな阿呆になぞ目もくれず、たまたまやってきていた冒険者さんにランクポイントをつけている。その冒険者さんのほうこそ「Cランクなのに、あの程度のスタンピードで冷静に戦えないのか?」と驚いていた。
「……謝罪はありませんの?」
メロディーさんはやっとカウンターから顔を出して、呆れた声を出している。
それから掃除用具入れに行き、モップを持って戻ってきた。あとで床の水を拭いてくれるのだろう。
「…………」
私はというと、黙ってそっぽを向いていた。
……そういえば彼のお付きの人はどこかで様子を見ているのかな。一緒にいたら余罪がバレそうだから、ここには来てないのだろうけど……。
うーん、『探索』スキルで彼を個人登録してないからわからない。――それよりも。
(タチアナさんは、一応少女の姿! まずい。あの戦いを見ていた人がいたら、私がタチアナさんを囮にしていたことがバレてしまう。いや。でもあれはタチアナさんがどうしてもやってくれと頼んだからで……。本人は大喜びだったから大丈夫……のはず)
私は周りを窺っていたこともあって、伯爵四男に対する意見を考えている暇がなかった。
「あたしは一緒にDランクの学園生パーティーといたけど、慌てずしっかり倒していったわよ。あんたはだらしない男ね」
「つか、町の中で火魔法使うなって、Gランクでも知ってっけどな」
代わりに、他の冒険者から冷たく言われていた。
「……ってえことは、お前ら『羊の闘志』が助けたわけか。よくやってくれたな」
ギルマスは『羊の闘志』たちに、違反者を懲らしめて魔物を退治してくれたことを感謝した。
しかし当のバルカンさんは首を振った。
「いや、正確には俺たちじゃねぇ。俺らは最終的にこいつをふん縛っただけだ」
『羊の闘志』はマルデバードを倒していくうちに、孤児院方面に火が飛んでいるのが見え、そこへ向かった。
件の男が子供を振り回しているので助けに行こうとしたところ、それより早く学園の生徒たちが到着し、魔物に光る魔法をくり出し、怯ませ、見事に討伐したのだそうだ。
そしてルーアデ・ブゥモーが逃げ出そうとしたところに『羊の闘志』たちが捕まえた。
彼らの後ろでは、火魔法の被害にあった住人たちが頷いている。
「実際に魔物を退けて救出したのは、このパーティーだ。――皆にパーティー名を教えてやってくれ」
そうバルカンさんが紹介したのは、私のよく知る三人だった。
一人は、三人の中心で腰に手を当て得意げに。
一人はかわいい杖を持って自信満々に。
一人は、あまり気張った様子を見せな……いや、鼻高々だった。
彼女たち三人は一人ずつポーズをとって、自身のパーティー名を高らかに宣言した。
「――キラキラ――!」
右手を開き自身の額につけ、左手は腰に当てている学園生――コトちゃんだ。
足を肩幅に開いた姿は、パーティーの中心にふさわしいと感じる。
彼女の背後には自分で作った小さめの光る障壁があり、後ろから三人を照らしていた。
「――ストロゥベル――!」
左脇を正面に見せ、足を前に出すのはワーシィちゃんだ。
右手で持った杖をまっすぐななめに上げて、左手を腰に当てている。
「――リボン――!」
シグナちゃんは身体を正面のまま右手をまっすぐ上に、左手は肘を曲げて身体の前で静止させた。
「「「でっす! よろしくおねがいしまっす!!!」」」
三人は体勢をそのままに、元気にご挨拶した!
表情もとてもよかった。
(――おお、すごい!)
これが、昨夜見せたいと言っていたことなのだろう。私が二階に帰ったあと、たくさん練習したに違いない。
私はビシッと決まったそのポーズに思わず拍手した。
堂々とした体勢と声の張り。若い子たちにしか許されない、かわいさ満点の動きだ。
――ぱちぱちぱちぱち――!
しかし、拍手したのは私一人だけだった……。
おまけ。
昨晩のとある家の一階にて。
コト「もっと腕をぴんっと上げたほうがかっこいいよ!」
ワーシィ「それより、後ろのキラキラ壁のタイミングや」
シグナ「しーーっ! 近所迷惑よ」
二階。
シャーロット(zz……ん!? いま、なにか声……気のせい…………zzzz)




