073: ある夏の二日間⑬ ~飛行系魔物のスタンピード~
この町では、おなじみの四の鐘が鳴った。これから魔物の情報が町中に伝えられるだろう。
――しかし今日は、いつもと違って慌しかった。
ガラーーーン、ガラーーーン、ガラーーー
<――テーブル山ダンジョンよりスタンピード発生。
魔物情報、マルデバード。(……、ガラーーーン)
魔物情報、マルデバー、うわっ!
(こちらに寄せるな……!)
っ……すでに、魔物が到来している!
住民はただちに近くの建物に避難せよ。
すでに魔物が来ている。頭上に注意せよ!
くりかえす、頭上に注意せよ!
(通常工程…………まで……略……しろ)
……騎士団はただちに飛行型襲撃時の持ち場へ急行せよ!
(ばっかもーんっ! 魔物と団長を間違えるなーー!)
くりかえすが、すでに魔物はこちらに…………“ドンッ”…………!
ブツ…………ッ…………>
何かがぶつかったような音がして声がとぎれると、もう拡声魔道具からは何も聞こえなくなった。もしかして壊れたのだろうか。
(あと……最後のは何だったのかな。まさかマルデバードと間違えて、鳥人族の団長さんに攻撃してしまったとか……? 確かにマルデバードは鳥系の魔物なんだけど……。いや、聞き間違いだね。色は、……似ているかな)
鐘の四つめが鳴り終わる時間さえ惜しい、と始まった拡声魔道具の放送は、その後ろで鬼気迫った声が聞こえていた。
空を飛ぶ魔物は速いし、城壁を軽々と越えてくるので、町に侵入されやすい。
これでは当初予定していた、学園の生徒たちの予備戦力作戦が使えない。
それどころか、すでに戦闘中の生徒たちもいるかもしれない。
でもコトちゃんたちの話では学園で実戦の授業があるようだし、落ち着いて魔物と相対すれば生徒たちでも十分戦えるだろう。
とりあえず、私も『探索』スキルで魔物の位置を確認しよう――とした矢先。
ドゴン――――ッ!!
「わっ」
大きい音と、床が揺れた。ギルドの建物に魔物が体当たりしてきたのだ。
何ということ! 建物に疵がついたらどうしてくれるのか。また修理やら改装は面倒なのに。
――――ガコっ!!
「げっ!」
今の衝撃によって、この物置部屋の天井が一部はがれてしまった。まるで天井への扉が開いてしまったかのように、板が斜めになっている。この部屋は改装してないから古いままとはいえ、勘弁してほしい。
しかし、今はそれどころではない。『探索』スキルで見ると、まだ魔物はギルド周辺にまとわりついているからだ。
マルデバードはまだまだ町に入ってくるだろうから、とりあえずこの部屋に近いのから黙らせよう。――となると、こうだ。
窓の外側に透明な障壁を張る。
窓の近くに私が立つ。
魔物が私に気づくのを待つ。
すると、ななめ上を飛ぶマルデバードと目が合った。
そうだ、「きゃ~」って顔でもしておこう。
予想どおりマルデバードは、こちら目がけて一直線に飛んできた。
――――ガギッ!!
窓にいる私をくちばしで刺そうとしたマルデバードは、硬い障壁に勢いよく突撃し、衝撃を受けて真っ逆さまに落ちる。地面に落下後、すぐさま障壁で囲んだ。
マルデバードの大きさは人と比べると大きいけど、キングコカトリスと比べれば四分の一くらいだ。
青く透明な箱にくたっとした鳥が入り、道端に置かれることになった。
とりあえず、そのままにしておけば誰かが倒しておいてくれるはずだ。
そこにちょうどよく、少女三人が通りがかった。私は窓から顔を出して、大きな声で彼女たちにお願いする。
「コトちゃーん、ワーシィちゃーん、シグナちゃーん、そこに置いてあるバード倒しちゃって~!」
箱入りの魔物にびっくりしていた三人は、私の声でマルデバードと二階を交互に見る。
「えっ、あ! シャーロットさん♡ ……って、ま、まさかシャーロットさんの障壁っすか!! す、すごいっす! 全部囲って、隙間がないっす。この鳥っすね! うっす、がんばるっす!」
彼女たちのアーリズのスタンピード初戦は、危なげなく始まった。
「倒したら、自分たちの討伐数に入れておくんだよ~! あとは様子を見て、早めに建物の中に避難したり、なるべくベテランの冒険者さんたちの近くにいるんだよーー!」
無理をしないようにも伝えたけど、ちゃんと聞こえたかはわからない。鳥がうるさいし。
でもここは冒険者ギルドだし、この付近にたくさんいるから大丈夫のはず。
私としてはまだまだ近づいてくる魔物のことを考え、とりあえずこの頭上を広めの障壁で覆うことに決めた。上空に天井を作るイメージだ。
「――これくらいで少し時間稼ぎになればいいけど」
障壁を張るときは特に呪文は必要ない。もうできた。
私のすぐ上を中心に、ご近所さんを覆うくらいの正方形の天井が浮いている。あまり遠いと障壁を作れないからこれが限界だ。ちなみに上からの攻撃ははじき、下からの攻撃は通るようにしている。
障壁を作った早々、マルデバードは次々阻まれた。町に下りられず、ガーとかギャーとか鳴いてうるさくなってきたけど、それもだんだん静かになるだろう。きっと、上空の障壁に気づいた冒険者さんや騎士さんたちが攻撃してくれるから。
今回は、遠距離攻撃を得意とする人たちが大活躍できるスタンピードだ。
窓の外では、すでに生き生きとしている姿がちらほら見える。どんどん倒して稼いでほしい。
下の道では、少女たちが青い箱障壁の外側からどんどん魔法を繰り出している。
「す、すごい!! こんなに大きな障壁初めて見た!! はあぁぁ! シャーロットさん、さすが!」
三人ともがんばっているかと思いきや、コトちゃんは参加せず上空を見上げていた。
「ちょ、コト! ぼんやり見てへんで…………あかん、聞いてへん。“ストロゥベル・ドロップ!”」
ワーシィちゃんは、表面をかわいい模様に塗っている杖を使って、かわいい呪文で魔法攻撃をしている。
呪文はかわいいけど、氷柱のような形の氷を上から落とす魔法だ。ストロゥベルは関係ない……いや、ストロゥベルを長細くして先を尖らせたら……。よそう、呪文も魔法のありかたもは人それぞれだ。
さて、このマルデバードは猛禽類に近い見た目だけど、もちろん通常の猛禽類よりずっと大きな魔物だ。名前の由来は、大昔の第一発見者が「まるで、ただの鳥のようなんだけどなぁ」という言葉から来たとか、来てないとか……。
どの魔法でも、どんな物理的な攻撃でも普通に倒せる魔物だ。ただし、ここは町中なので火魔法は禁止だ。三人は火を使わないので、そこは問題ないだろう。
「コト、リーダーはサボってましたって申告するわよ。“パリパリ・リボン!”――やぁっ!」
シグナちゃんは、雷魔法をリボンのように平たく伸ばして剣の刀身に巻き、魔物を斬る。じたばた動き出したマルデバードも、感電したように動きを止め、二人の成すがままとなっていた。
そして三人の呪文……。やっぱり仲良し三人パーティーなんだね……。
――さあ、三人に任せて大丈夫そうだから、出入り口側の様子を見よう――と『探索』を使って周りの様子を確認した。
ギルマスは冒険者たちを率いて、特に固まっている場所へ向かっている。
サブマスはギルドの出入り口で、冒険者たちに戦闘を指示しているようだ。
タチアナさんは遠くにいて、建物内にいることがかろうじてわかった。
メロディーさんはロビー中央で止まっているようだけど、特に問題はなさそう。
あとは……あ!
私は重大なことに気づいてしまった。
急いで一階へ向かう。一刻を争うくらい大変だからだ。
なぜなら、もう一人の職員が危険な状況だから。
最近私は『探索』スキルを使うと、その人がどういう状態か、近くにいれば簡単にわかるようになっていた。たぶん『鑑定』スキルのおかげだ。
私は、ばたばたばた、と階段を転がり落ちるように下りる。うっかり転がっても、自分で回復すればいいので気にしない。一大事は〝彼〟なのだから。
――――フェ、フェリオさん!
フェリオさんは事務室内でうつぶせになって、ピクリとも動かず倒れている。青みがかった黒い髪の毛によって表情は全くわからないけど、『鑑定』スキルによって普段の体力の四分の一になっているのがわかった。
その原因はフェリオさんの背中が、――フェリオさんのきれいな羽が、大変なことになっているからだ!




