070: ある夏の二日間⑩ ~にぎやかな夕食~
「こ、こちらへどうぞ。狭いですが……いや、違っ! 片付いてなくってぇ~……」
「今、お茶を……あ、お湯沸いてへん」
「こんな偶然そうそうないですよね……えーと、お会いできて嬉しぃ……です……」
挨拶しただけではマズイと思ったのか、彼女たちは私を部屋に招いた。
しかしこのあとはどうしようか、という雰囲気が漂い、三人とも動きや話し方が硬くなっている。三人の顔には「初日からやってしまった~~!」とでも書いているようだ。
「幸運だ~」などと調子のいいことを言っていたリーダーの女の子も、先ほどの会話のまずさを思い出したようで冷や汗を流して……あ、本当に暑いのかも。
「窓、開けようか?」
「あ! へぇぁ! わてくしが開けるっす!」
閉めきっている窓を開けようとすると、言い慣れてなさそうな一人称を叫んで、すかさずリーダーの子が動く。
床に置いてある自分たちの荷物に足を引っかけつつ、窓を開けていた。
それを見届けた私は、お茶を用意しようとわたわたしている女の子にも声をかける。
「飲み物なら、冷たいほうが飲みやすいんじゃない? 私、すぐ出せるよ――はい、どうぞ」
「あ、いや、うちらがもてなし…………あ、いえ、あの、いただきますぅ」
仲間の女の子は、私が収納魔法から出したマンダリンリンジュースを目にして、自分でお茶を煎れることを断念した。私は三人分のコップを出してジュースを注ぎ、渡す。
すぐ飲み始めるかなと思ったけど、彼女たちは物が散乱したテーブルの隙間にひとまず置いて、ベッドの前に整列した。
なぜベッドの前かというと、私がごちゃごちゃしたテーブル席ではなく、ベッドに腰かけているからだ。そこしかちゃんと座れる場所がなかったのだ。
それよりも、三人が壁に沿って立っていると、まるで私が生徒を立たせているかのようなんだけど……。
「座ったら?」
「え、あ、いえっ。……その……、……いたっ、痛い! ちょっ…………」
リーダーのボクっ娘ちゃんがもごもごしていると、両隣にいる仲間二人に肘鉄攻撃をくらった。ちょんちょんとつつくのではない。ゴスゴスと音がしそうな激しい連続攻撃だった。
「あだっ、わ、わかったよ! ――シャーロットさん!!! すみませんでしたーー!!」
「「すみませんでしたーー!!」」
リーダーの子が謝ると、両隣の女の子二人もそれに続いた。
三人とも腰を直角に曲げて、ご近所迷惑ばりの大声だった。
「いいよ。狭いのは事実なんだし」
「はうぅぅ……」
リーダーの女の子がしおれた声を出すので、狭いことを根に持っているわけではないと再度伝える。
「いや、本当に狭いからね。それはいいの。ただ、私は気にしないけどこういうことは気をつけないと、気にする人もいるからね。それこそ、将来依頼人になるかもしれない人に、悪印象を持たれないよう注意が必要だよ」
「「「はい……!」」」
先ほど彼女たち自身が言ったことを、私が反復することなった。
この件はもういいだろう。それよりも――。
「お腹空いてるんじゃない?」
「いえっ! そんなこ――」
ぐうううううう。
空いているようだ。それも三人とも腹ぺこだろう。
「お食事処はどこも混んでいて、自分たちで作ろうかなと思ったんですけど、ちょっと疲れたねって……皆でこれから携帯食料を食べようかと」
リーダーよりしっかりしてそうな子がぽつりと言う。
そんな。せっかくの初日が味気ない。
「……あんまり統一性がないけど、残り物でいいなら出そうか?」
「えっ、え……?」
「さすがにお皿はそんなに持ってないから、自分たちの出してね。ほらっ、テーブルを使えるようにしてくださいな」
わたわたしている三人に、最低限食事ができるように荷物をよけてもらい、使用するお皿を出してもらった。
いつもの「まとめて作っている料理」から、なるべく合うものを出していく。
昨日作ったじゃがじゃがのサラダ、四日前に焼いたオニキスバイソンの小さめステーキ、パンパンプキンのバター焼き、買ったチーズを盛り合わせてパンも数種類切り分けた。
私の収納魔法は時間経過がほぼないので、食料もたくさん保存しておける。本当に便利でありがたい魔法だ。
「す、すごいっす! たくさん出てくるっす!」
「今日だけだからね。明日からは自分たちでね。お口に合うといいんだけど……」
「うっす! あ、ボクたちまだ自己紹介してなかったすね。ボクは……(ぐ~~!」
「……まずは食べたら?」
自己紹介をすることも難しそうなので、先に食べてもらうことにする。
三人は食べ始めると勢いが止まらなかったけど、合間に自己紹介をしてもらった。
普通の料理なんだけど、こんなに食べてもらうのは嬉しいものだ。
「う、うまいっふ! ふがふが……こっちも!」
目をキラキラさせて、食べ物をとにかく口に入れている彼女はコト・ヴェーガーちゃん。三人パーティーのボクっ娘リーダーだ。コトちゃんと呼ばせてもらうことになった。
種族はエルフ族と人族のハーフで、キラキラした金髪に、星型のような髪飾りがついている。
「う、うちぃ、今日は乾パンや思たから、肉食べれて嬉しいわ~」
肉を頬張る彼女は、ダークエルフ族のワーシィ・アルタイールちゃん。黒い帽子にストロゥベルの形をしたブローチを着けている。氷魔法を使って戦うようだ。
彼女がばくばく食べたお肉は、もうお皿から消えていた。ギルドで解体したときに残った端っこ部分をもらった物で、元から少ない量を四人で分けたからだ。
あまりにも三人とも食いつきがよすぎるので、私の分も彼女たちに分けてあげた。
「ありがとうございます! 明日いろいろ買うんで、次の夕飯は私たちがご馳走します! 夕飯時、またこちらに寄ってくださいね」
しっかりと話す彼女はシグナ・ス・デネヴちゃん。魔法剣士といったところかな。剣に魔法をまとわせて戦うようだ。魔族の女の子で、渦を巻いたような角が額に二本生えている。その根元にリボンをつけていてかわいらしい。
三人ともおしゃれだなぁ。――あ、そうだ、さっき買ったアレも出そう。
「まだお腹が空いているなら、マンダリンリンのケーキもあるけど、どうする?」
おそらく「いらない」とは言われないだろうと予想して聞きながら出していた。パテシさんのお店で買ったケーキだ。
答えは当然――。
「え! いいんすか! 食べれるっす~!」
「ええんですか? いただきます!」
「ありがとうございます。わぁ、素敵!」
ケーキは別腹だもんね。
こちらは上にマンダリンリンがふんだんにのったケーキだ。
マンダリンリンとは、酸味と甘みが絶妙なおいしさで、さわやかな柑橘系の果物のことだ。夏にとても合うケーキと言えるだろう。
大きさに文句が出ないように、ただ縦・横と、直角に二回切るだけの行動も慎重にやる。
ケーキを目の前にした三人は、あんなに食べてお腹が苦しいかと思いきや、スピードを緩めずどんどん食べていく。私も負けていられない。
「うん。おいしっ! マンダリンリンの他のお菓子もないかな~」
私は明日も寄ろうと思いながらケーキを食べる。
「うまいっす! とにかく最高っす!」
コトちゃんはひたすら口に放り込む。
「酸味と甘味がスポンジ部分と合うてる」
ワーシィちゃんはじっくりと味わい、感想を述べた。
「素敵なお菓子屋さんがあるんですね」
シグナちゃんは、明日の予定にパテシさんのお店へ行くことも組み込んだ。
私たちは床に物が散乱し、なんとかテーブルの上だけを奇麗にした部屋にいる。しかしその雰囲気だからこそ、楽しい食事会になっていた。




