007: 菓子職人
「やあ、久しぶり」
「あ。パテシさん! こっちに戻ってきてたんですね」
エイ・パテシさん。商人ギルド所属で、自分の作ったお菓子を売っているお菓子職人兼商人の方。この町を中心に活動をしていたけれど、腕試しとしてしばらく他の町を巡ると言って旅に出ていた。
そしてとうとう、この町に凱旋したらしい。
わざわざこちらのギルドにも顔を出してくれたようだ。
パテシさんがこの町から出る際、私は熱烈に応援していたので嬉しかった。
――パテシさんのお菓子、すごく評判がいいですからね。私も好きです。絶対、売れますよ! また帰ってきますよね。楽しみに待ってます――。
お菓子のどのような点が素晴らしいか、一個ずつ語ったことが思い出される。
あのとき、太鼓判を押して見送ったのだ。
パテシさんの帰りを、本当に首を長くして待っていた。
私がなぜ冒険者でもない人を応援しているか。それは、この方の作るお菓子がとてもおいしいというだけでなく、彩りがとても美しく、この辺では見ない独自性の強いお菓子だからだ。
「帰ってきた記念にまた新作を作ってね。皆さんで食べてみてください」
そう言って新作のお菓子の入った袋を手渡してくれた。この方は、たまに自身の商品を無料で差し入れてくれる。凱旋後初のお菓子は、上に黄色い柑橘類が載った焼き菓子で、少し触った感触からすると外側はタルト生地のようだった。
隣の同僚と「ありがとうございますー!」と、黄色い声でお礼を言って受け取った。
「ただね、今度採取の依頼しに来るから、そのときに感想を聞かせてほしいんだ」
ちゃっかり味の感想を聞くと宣言しているけど、ただでもらえるんだから当然教えますとも。
たぶんパテシさんから依頼が来る前に伝えることになる。
「この町を出てからたくさん新作作ったからね。今日は挨拶回りでお休みするけど、明日以降よければまたお店に寄ってください」
「わぁ! 楽しみです。寄らせてもらいます!」
そう。お店に寄って買い物するからそのとき伝えるだろう。
「そういえばパテシさん。帰ってきたならここのギルドにもお菓子置いてみませんか?」
私の一存で置くのは無理でも、ギルマスを説得するし。そう思ったけれど、当の職人さんにその気はないようだ。
「うーん。嬉しいお誘いだけど、保存方法が独自のものだからね」
残念。この方は品質管理や衛生の問題もしっかり考えているから、むやみやたらに置けないみたい。以前の世界と比べて、この世界は衛生について進んでいるとはいえないけれど、それでも考えている人は考えている。
「あと、ちょっと雰囲気も違うしね。こちらは男性の利用者が多いでしょう」
やはりお菓子のかわいさから、店の客層は女性中心とのこと。
先ほどいただいた新作のお菓子も、かわいいし輝いていてパッと目を引くけど、女性が好きそうな見た目だった。
「もったいないなぁ。男の人でもこういうお菓子好きな人いっぱいいると思うのに」
「女性と一緒だと買う人もいるね。でも城外で人目が少なくなってから食べているみたいだよ」
魔物と日々熾烈な争いしている男性陣は、人の目が気になるのか……。
「でもそうか。――君は、たまにいいアイデアをくれるね」
「男性集客も考えているんですか」
「商人は常に儲けることを考えるものだよ」
そう言ってパテシさんは、楽しそうな顔で帰っていった。明日からお店に行くの楽しみだなぁ。私もどうやったらパテシさんのお店に男性客が増えるのか考えてみよう。
私はもらったお菓子をまず一階の職員に配り、二階のギルマスとサブマスの部屋に持っていった。
ギルマスとサブマスの机は同じ部屋の中にある。サブマスはたまに一階にいるけど、今は二人とも二階にいた。
「こちらどうぞー。何とエイ・パテシさんが帰ってきました!」
もらったお菓子を二人に渡す。
「その人って、……ああ、この菓子ね」
お菓子を見て合点がいったようだ。
そうです。その人ですよ、サブマス。
「お、帰ってきたか。またシャーロットの菓子祭りが始まるな」
ギルマスの言う菓子祭りというのは、お昼ご飯にお菓子だけ食べるという私の食事風景のこと。しかもそれを何日も続けるのだ。
パテシさんのお店には、豊富な種類のお菓子が取り揃えてあるから端から端まで食べるのにそれくらいかかる。
きっと明日からその様子をお見せすることになるだろう。
ギルマスはお家にいる奥様か娘さん(または二人で分け合って食べるのかも)用に持って帰るらしい。いそいそとしまっていた。
それに対して、サブマスは早速食べていた。
「サブマスはかわいいお菓子でも気にしないで食べるほうですよね」
私はさっきパテシさんと話した、男性がかわいい見た目のお菓子を好まないらしいことを思い出してサブマスに尋ねた。
「ふうん、気にしないけどね。若い子は気にするのかい」
エルフのサブマスは他人の目など、どこ吹く風らしい。
「俺が今食べないのは、家に持って帰らないと、バレたときに怒られるからだ」
ギルマスはかわいかろうが、かっこよかろうが関係ないとのこと。
何たって新作。先に食べたのが奥様に知られたら、大変なのは目に見えている。
そんな二人に、男性がどうやったら堂々と食べられるか、一案を言ってみた。
「甘いものが好きでも、見た目がかわいいから買えないというなら……。紙で包み隠してみるのはどうでしょう」
「紙……?」
例えば……と、依頼書に使う紙を用意する。
半分になるように真ん中で折る。
折り目を下にして、紙の間にお菓子を入れて食べる。
これで正面からは何を食べているのか見えないし、自分はおいしく食べられる。
「…………菓子は大抵油使っとるだろ。持ったらしみてくんぞ」
じゃあ、油がしみない加工を紙にするとか。
「そもそも、経費の無駄遣いだよ」
経費ときたか。この世界って、紙でいちいち包む文化はないからなぁ。
前世だと、物によってはあった。別に隠れて食べる用ではなくて、持ち運びやすいとか手が汚れないとかの理由で。特に肉や野菜をパンで挟んだ食べ物を、油をはじく加工をした紙で包んで食べていたような……。中の具材やソースが飛び出ても、紙の中だから落ちないし、服も汚れにくかった。
いけると思ったんだけど、この世界は魔法や魔石があるから、汚れても水魔法とか水の魔石が嵌まった魔道具で水を出して、その場で洗えばいいからなぁ。
次の日の昼。結局妙案が思い浮かばなかった私は、お昼ご飯を買うためにパテシさんのお店に向かった。
何と、そこにはちらほらと男性客の姿がある。
どういうことかと思ってパテシさんに聞いてみた。
「それはね、新商品のこちら。黒いお菓子さ」
見た目すっきりとした形で、全体的に黒かった。
「ご試食どうぞ」
試食用に包丁で切ってくれた一口分を食べてみた。前世で食べた、甘さ控えめのチョコ菓子に近い味がした。
甘いだけでなく苦味も効いている。
残りの試食用は、周りのお客さんによりあっという間になくなった。
「旅の途中で少し買い付けた食材があったんだけどね。どう利用するか考えていたんだ。昨日の話でアイデアが浮かんでね。早速作ってみたらいい反応だったよ」
ありがとう! とさわやかな笑顔で言われた。
こちらは小物使いで何とかしようとしていたけど、さすが本職の菓子職人。お菓子そのもので勝負してきた。
何だか……自分の発想がしょぼくて恥ずかしかった。
「実力でのし上がった人は違うね。シャルちゃんも、小手先の発想がクセにならないようにしないと。若いんだから」
ギルドに戻ってその話をすると、サブマスからなぜか小言をもらうことになった。
「隠すという発想自体が本末転倒だよな」
ギルマスは私がお昼用に買ったお菓子の数々を見ながら言う。
「あの店が繁盛し始めたのは、シャーロットがそこの菓子を毎日食べていたからだぞ」
「誰かが食べていると、自分も食べたくなるのが人ってものだからね。程度というものもあるけど」
今日のお昼ご飯は、パテシさんのところで買ったお菓子。
赤い実のソースがかかったケーキ、新作の黄色いキラキラしたタルト、さっき試食したチョコレート風味の焼き菓子、そして今食べている緑の粉がかかったふわふわケーキだ。
全部、今食べるのか――そう確認されたので「そうです」と答えた。