069: ある夏の二日間⑨ ~下の階の住人たち~
「すみませーん。このケーキ、丸ごとください」
「いらっしゃい! 丸ごとね……。はい、どうぞ!」
七の鐘が鳴り終わった頃、お菓子職人であるパテシさんのお店に寄った。
私は自分で言うのもなんだけどこの店の常連だ。お店のファンだ。
たまにケーキを丸ごと頼むこともあり、この日も戸惑われることなく、私から代金を受け取ったパテシさんは、正面に慣れた手つきでケーキを置いてくれる。
私はそのケーキを収納魔法でひゅろんと収納した。
今日はこれが晩ごはんだ。こんな時間にまるごとケーキが残っているなんて、嬉しいなぁ。
パテシさんも「たまたま残っていたからよかったよ」と安心した顔を見せた。
「学園生が町に来たね。そっちは特に忙しいんじゃないのかい?」
「ええ。……ということは、パテシさんのところもたくさん来たんですね。学園の子たちには何が人気だったんですか?」
「いつもここにあった焼き菓子だよ。おかげさまで売り切れたよ」
パテシさんは嬉しそうな顔で、空のトレーを指差した。
その顔を見て私も嬉しくなった。この店のファンが、また増えるということだから。
「またのお越しを」と見送ってくれるパテシさんのお店を出た私は、家へ帰る道すがら、明日の作業のことを考えていた。
(やっぱり入り口から順にやったほうが……、作業中は障壁を立てて……、崩れてもいいようにしておこう。あとは……)
結局、今日の『物置部屋ドンガラガッシャン騒ぎ』は、皆が様子を見に来る事態となった。埃が舞って作業しづらいから今日は中止し、明日以降また作業することになったのだ。
考えながら歩いていたせいか、あっというまに自分の家に着いていた。
私は二階建て家屋の、二階部分のみ借りて住んでいる。
一階はずっと空き部屋だったけど、今日はそこから人の気配がした。
(そういえば一階は、今日から人が入るとか言ってたなぁ。短期間らしいけど)
大家さんから、三人の女の子が駆け込みで入ってきたと聞いていたのだ。
「…………って、……たのに」
「…………てや……」
「でも……ょ……」
一階の窓が少し開いていることもあって、女の子たちの声が聞こえた。きゃいきゃいと三人で楽しそう……ではなかった。
「……だからぁ、もっと早く探そって言ってたじゃん!」
「そら、こっちのセリフや。この町に来るまでちんたらしとったの誰や」
「そうよ。それにここは安いのよ。狭いくらい我慢してよ」
どうも聞いていると、この部屋に文句たらたらのようだ。
一階は、二階の私の部屋より確かに広いけど、三人はまぁギリギリかな。ベッドだって二人分しかなかったような……。でも女の子三人なら、なんとかなりそうだと思うけど。
まぁ、そういうことなら期日を待つ前に別の宿を探すだろう。騒音問題に頭を悩ませなくて済みそうだ。
「とにかく狭すぎ! ボク、どっかの宿が空いたらすぐ移るからねー」
「それがええわ。上の人も静かにすごせるわ」
「宿代は自分で払ってね。でもまずは、上の人が帰ってきたら挨拶に行くわよ。……って、こういう指示は私の仕事じゃなくて、リーダーの仕事なんだけどね」
三人とも声が荒々しい。
「二階の人への挨拶は、将来依頼人になるかもしれないと想定して愛想よく!」と言ってはいるけど、その様子でできるのだろうか。楽しみだなぁ。
しかしこの三人、全くの初対面ではなかった。『探索』スキルの表示を見てみると、もうすでに挨拶したことのある子たちだったのだ。
だから私は、自分の部屋に帰ることを優先した。お腹も空いたし。
さっさと静かに一階の部屋を通りすぎよう。――としたけど向こうの方が早かった。
その部屋のドアが、私の目の前で開いてしまったのだ。
「――とにかく! 外の空気吸ってくるから、二階の人が帰ってきたら教えてよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませた少女が、怒鳴りながら出てきた。当然そこで私に気づく。
「え! わっ!? す、すみませ~ん。ボ、ボクたち学園のせいと……で、え? へぇあ??!!」
「コト。上の人帰ってきたん? ……え」
「止まらないで。前に行ってよ。三人で挨拶…………は!?」
ドアからバァンと出てきた彼女は、本日「ファンです」と手を握ったボクっ娘な女の子だった。私を凝視してそのまま固まってしまう。
二人目三人目と続く彼女の仲間たちも、廊下に出てすぐ私に気づき、仲良く固まってしまった。
最初に意識をとり戻したのは、部屋が狭いと騒いでいた女の子だ。
「は、はわわわわ!! シャーロットさん! なぜここに??! ま、まさかシャーロットさんが上の住人ですか!?」
「そうだよ」
嘘を言ってもしょうがないので事実をそのまま告げる。
女の子は一瞬言葉を詰まらせてしまったけど、続く言葉は先ほどの態度を180度回転させるものだった。
「はうわ~! やった~!! ボクの運は絶好調だ!! 輝いているよ、ボクの運! シャーロットさんと一つ屋根の下で暮らせるなんて!! ここを選んでよかった~~!!!」
目をキラキラさせているけど、もちろん私は知っている。
さっきまで文句たらたらで、プンスカと怒っていたことを。
喜んでいる彼女の後ろで、気まずそうにしている二人の表情を。
それでも私はにこやかに挨拶をしよう。
狭いのは事実だから何も気にしていないし、そもそも私の持ち家でもないのだから。
「こんばんは。また会ったね」
私は明るく挨拶しつつ、このあとどういった反応が返ってくるか楽しみだった。
おまけ。
とあるお菓子屋にて――――。
パテシ(はぁ、困ったな。予約取り消しとはね……。この時間でケーキが丸々残るなんて……。うちは収納鞄がないってのいうのに。もっと早く言って……いや、こういうこともある。……ん? あれは……)
遠くにシャーロットの姿を発見するパテシ。
パテシ(……!! ありえる。なんとかこの店に立ち寄ってくれれば……! …………来た、来てくれた!)
シャル「すみませーん。このケーキ、丸ごとください」
パテシ「いらっしゃい!」
(よし、よし! そう言ってくれると信じていたよ!)




