067: ある夏の二日間⑦ ~いえ、いらっしゃいますよ?~
私たちが一階へ下りてきた頃には、ギルド内にあまり人はいなかった。
「もう、学園の子供たちが挨拶に来ることはなさそうですね」
「そうだね。……というか、『子供たち』って。ふっ……。シャルちゃんより数年しか違わないと思うよ? そんな大人ぶられてもねぇ」
ぶっふふ。と、サブマスはいつもの笑い上戸を発動させた。
確かに私は実質、彼女たちより数年上なだけかもしれないけど、精神年齢はもっと行っている。ざっと……いや、私の精神年齢はいいだろう。
さすがにサブマスの年齢は超えてないし。サブマスは外見が二十代後半くらいなのに、もうすぐ380歳だ。
そんなサブマスが笑っていると、解体倉庫からタチアナさんが出てきた。私を見つけるなり、彼女もなぜか腹を抱える。
「シャーロット! 聞いたわよ。アンタ、魔王も並ばせるんだってね。うっひひ……、ちょっとぉ。笑わせないでよね~」
彼女は魔物解体のチームリーダーであるタチアナさん。ドワーフ族で、私よりも年上だけど少女の見た目をしている。
私の発言を全く本気にしていない笑いで、オレンジの髪が揺れた。
「シャ、シャーロットさん。わ、私には無理ですわっ。魔王様を並ばせるなんて……」
メロディーさんは、真剣に悩んでいたようだ。
それなら大丈夫。今まで全部、私が対応していましたし、魔王様は頻繁には来ませんから。……とは言えないので、どう誤魔化すか考えていると、サブマスに先を越されてしまった。
「メロディーちゃん、慌てなくていいから。魔国の王が、こんな大人数でにぎわっているギルドに来ないから」
それが何と、いらっしゃるんですよー。建国祭前もいらしてました。
そしてギルマスも二カッと笑って続ける。
「どうしても用がある場合でもな、部下とか従者が来るだけで本人は足を運ばんだろ」
ところがどっこい、ご本人様がいらっしゃいます。
サブマスは私の気も知らず「そうそう」と頷いている。
「そもそも冒険者登録をしているわけがないし、ギルドに依頼することもないからね」
魔王様は現在Sランクの冒険者もやってまして、SSランクにはなりたくないらしく、大体がランクポイント減らしのご用事です。
「どうしても来るとなったら、僕ら上の者が対応するからね」
ギルマス……。うんうんと頷いていますけど、真っ先に二階に逃げたことは忘れていませんよ。
「さあ、シャルちゃん。聞いていたね。万が一、万っっが一! 魔国の上層部やら、使者やらが来たら、僕たちに通すように」
「はい……」
おやおや、サブマス。お目々がうっすら開きそう……。了解です。魔国の上層部が来たら(来たことないけど)通しますよ。ご本人様のときはいつもどおりの対応をします。依頼を受注されるだけですからね。
「というか皆さん、魔王様を並ばせるのは抵抗があるようですけど、この国の王子様方はいいんですか」
それはそれで問題発言では? と思ったけれど、どうも問題ないらしい。サブマスが教えてくれた。
「この国の王族は、年頃になったら必ず冒険者登録をしないといけないからね。その際は一般の冒険者として過ごさないといけない。ちゃんとルールを守って冒険者生活を送るんだよ」
「え、どういうことですか。必ず?」
ギルマスも説明してくれた。
「そうか、シャーロットは知らんか……。この国の王族はな。幼少時代に力をつけて、成人前に冒険者になるんだ。んで、一定のランクに達成するまで帰ってくんなって言われる。そのランクに達したら、晴れて真の王族としてお披露目されるって流れになってんだ」
――なぜそんなことをするのか――。
この国ではしょっちゅう初代王関連の事柄を聞くけど、今回もそうだった。
召喚されて冒険者になったナオ・ユキ・フォレスターは、自らを召喚した無礼千万な悪の王を懲らしめるため、修業を重ね強くなり、SSランクに――いや、それより遥か上の存在となった。
そして悪の王を打倒後、国を治め王室典範を作成した。
『王族を名乗るからには強さはもちろんのこと、視野が広くなくてはならない。冒険者となって世界をめぐり、もしものときは国を守るために強くあるべきである』と記してあるそうだ。
継承順位の関係で王にならなくとも、王族であろうとするならば安穏と暮らすだけではいけない。知見を広めよ、ということらしい。
ちなみに過去には「薬草王」という温和な王様もいたようで、『強くあるべき』というのは、ただ力だけを示すものではないようだ。
――この国は常々個性的だと思っていたけど、ここまでとは。こんな決まり、他国ではまずお目にかかれない。
「今日噂になっているカイト王子殿はな。確か、Aランクにはなっているはずだ」
確かにAランクでした。と、ギルマスの前でうっかり言わないよう私は気をつける。
そこにフェリオさんが補足した。
「王太子の場合はSランクまでが必要とされている。だけど現王太子はさらに上を目指し、SSランクとなって帰ってきた」
王になるにはSランクくらい達成できて当然。というのが初代王の教育方針で、それも伝統としてまだ残っているらしい。
ということは、先ほど放蕩王子が言っていた「王太子に叩き出される」は、比喩ではなくそのままの意味なのかもしれない。
「それよりも、知らないであんな挑発するようなこと言ったのかい。慎重な対応をすることもあれば、たまにやけっぱちなことをするね。まだまだ若いねぇ」
「魔王様にも並んでもらう」発言は、売り言葉に買い言葉だと思われたのかな。
からからと笑いながら、サブマスは二階へ上っていった。
その姿を目で追うも、入れ代わりでカウンターに人がやってきたのでそちらを見た。
「――ちわ。修理にきた」
その人はキラキラした羽を持つ、ぶっきらぼうな印象の業者さんだった。
フェリオさんと同じ妖精族の方で、もちろん見た目は私より若い。手には小型の大容量収納鞄を持っている。
「おぉぉ! 来た来た~! さあさ、こっちよ~。――ほらっ、シャーロット出番よっ!」
「はーい」
タチアナさんが魔物解体倉庫へのドアを開けて、妖精族の業者さんを招いた。私もそれに続く。
彼は修理屋さんで、倉庫内の壊れた箇所を直しに来てくれたのだ。
壊れた箇所――それは、先日のインペリアルトパーズジャガー侵入事件の際に壊れたレールなどの機材のことだ。
私はその件の担当になったので、一緒に倉庫へ入る。もちろん一緒に修理するわけではなく、何か言われたときに対応するのだ。
なぜ、私が担当なのか。
理由は簡単だ。先ほどまで放蕩王子と話していた件と……関係がある。




