066: ある夏の二日間⑥ ~王子の職業~
カイト王子が興味津々に私の返答を待っている。
――そのバンダナの効果は、私の『鑑定』スキルの前では丸裸になってしまうようですね~。
なぁんて言ってはいけない。ここで焦ってはいけない!
「それは、あ、ほらっ、王子がかっこいいからですよ~。だからすぐわかっちゃいました、ふふ~」
どうだ。お年頃な女の子(笑)作戦。少しもそうは思ってないけど、これなら納得だろう。
「嘘つけ。今までそんな素振りなかっただろ」
棒読みがちになってしまったかな。とっさのことで『演技』スキルを使わなかったのがいけなかったか、まったくご納得されなかった。
「う~ん、不思議ですねー」
首をひねりつつお茶を出す。
お茶といっても、暑いから冷たいお茶にしておこう。そう、これは暑いからだ。暑いことでかく汗なのだ。
……あ、ついさっきお茶を出したばかりだ。余ってしまったではないか。
では、こうしよう。
「きゃあ、すみませ~ん」と、ばしゃっと王子に飲み物をかけて時間稼……だめだ、不敬罪がチラつく。ソファーの掃除も手間だし、何よりもったいない。やめておこう。
とりあえず一度、冷たいお茶を精一杯――普通に飲む。
「(ごくごく)……となると、これは女の――私の『勘』ということですね~。勘をバカにはできないですよ。私のは普通の女のカンではなくてですね、冒険者に依頼を紹介する際、とても役に立つんです。このまま受けさせて大丈夫か危ないか、ピンッと来るんです。それと同じなんですよ、はい」
最後らへんは、何を言っているのか自分でもよくわからない……。
しかし、困ったときの女のカン。男性にはわかるまい! ……放蕩王子はそれでもニヤニヤ顔を全くやめず、肘掛に肘をついている。
では、そうだ、何とかして話題を変えよう!
「え~っと。……あ、そういえばよかったんですか。王太子殿下の誕生日パーティーは!?」
今日は王子のお兄様――王太子殿下の誕生日であることは、本日ギルドでも町でも一番の話題だ。
放蕩王子は片眉を上げて鼻で笑った。
「ふん……まぁいいか。今日はこれくらいで許してやろう。――パーティーね。城にいたら当の王太子殿下に叩き出されちまう。召喚石問題はそれくらい、何よりも優先されるべきものだ。しかも見つかった日が、召喚石の消滅を望んでいた初代王の建国祭。メンツっつーものがある」
ひとまずこの件は保留にしてくれるらしいから、私はホッとしたけど、王子の目はとても鋭くてさっきの遊んでからかっているような表情とは全く違う。
「……余計な時間食っちまったな。本題に入ろうか」
彼はその目を一度閉じて、本題に移った。何とか王子の気を本題のほうへ逸らせたようだ。よかった、よかった。
さて、その肝心の本題に入ったわけだけど、基本的には放蕩王子が質問して、それについて答える形式だった。
それは厳格に行われ、こっちの疑問・質問はすべて黙殺された。
「あのっ。石を壊したあとの白いぼんやりした影は何ですか? 人の言葉を話していましたけど」
私が好奇心でこのようなことを聞こうものなら、目さえ合わさず無視か「組織以外の人間に教えるつもりはない」とはっきり拒絶された。
王子にすぱっと断られたら、眉間にしわを寄せたサブマスにも怒られた。
「興味を持つな――と、僕は言ったよね」
その様子に王子は「好奇心の持ちすぎはよくないぞ」とニヤリと笑い、私を含めてギルマスとサブマスにも忠告した。
「召喚石のことはもちろんのこと、オレのこと――身分、組織などのこと、それも口外するなよ。これは一定期間ではない。死ぬまでだと思え」
最後、否を許さない口調で言われた私、ギルマス、サブマスはただただ頷く。
「じゃねえと……、そうだな。とりあえずは不敬罪でしょっぴくからな。んーと、『生意気そうなガキ』と『感じ悪い』って言われたよなー。はっははは~っ」
さっき言われたことを覚えているぞ~と、放蕩王子は意地の悪い笑みでギルマスとサブマスを見やる。ギルマスとサブマスは再度冷や汗を流すはめになった。
「シャーロットは~……」
私は悪口を言ってないですよ。かといって王子のことは言いふらさないですから安心してください。
「そうだ。シャーロットが口外したら、オレんとこの組織に無理やり入れるか」
「えっ!! お断りですよ。絶対入りません」
冗談じゃない。せっかくこの町でのんびり暮らしているのに。
「ははは……っ。痛って……!」
手を頭の後ろで組んで笑う王子は、なぜか痛がった。
首か肩の筋をおかしくしたのだろうか。召喚石について話していたとき、その石が見つかった家の屋根裏を調べていて、ずっと上を見ていたそうだし。
しかし放蕩王子は、意地かプライドで何もなかったかのように振る舞う。
「ゴホンッ……あんなぁ。普通は召喚石のことを知ったら、遠慮なく、問答無用で、オレんとこの組織に入れる決まりなんだからな。そこを、オレは、今回のことを秘密にするという約束だけで、不問にしてあげようって言ってんの。優しいなぁオレ」
一区切り一区切り強調して恩着せがましいけど、ここは素直に感謝しておこう。
「はぁ、ありがとうございます……」
「ついでにオレは暗くねぇからな。そこのところも気ぃつけたまえ」
「暗い」って言ったこと、気にしているんだ……。
実は、私が彼を暗いと思うのは根拠がある。
『鑑定』で放蕩王子を見てみると「魔法:闇魔法」の表示に始まり、戦闘スキルを抜かすと『探索、隠匿、遠視、聞き耳、罠設置』とあって、陰でこそこそするにはうってつけのスキルが揃っているのだ。
とてもじゃないけど、明るいとは言えない。
ただ性能がよいスキルをお持ちだ。王子の位置が『探索』で確認できないのは、『隠匿』スキルの効果によるものだろうから。
そういえば……あのときも違和感があったっけ。
「あの……、召喚石を壊した日、ギルドの入り口でぶつかりましたよね。何しに来ていたんですか?」
今の今まで忘れていたけど、私は数日前、町にある召喚石を探すためにギルドを飛び出したとき、カイト王子とぶつかっていたよね。
あのときは『探索』スキルを使用しつつ出たのだから、ぶつかる前に気づくはず。なのに結局ぶつかっていたということは、あのときも王子が『隠匿』スキルでコソコソ動いていたということだ。
「ちょっと世間話をしに来ただけ――てか、気づいていたんならそのとき言えよ。ここで正体明かすはめにならなかったっつーのに……」
放蕩王子は悔しそうだ。
あ……、あのあとのこともそうかな。
召喚石を壊したあと、私が騎士団長に馬車に乗せられたとき、細かく粉砕するよう指示したあの声……。『探索』スキルでわからなかったあの声の主も、王子だったに違いない。
「じゃ、オレはこのへんで。もし、何かあったらここに連絡をしろよ」
一通り聞き終わった放蕩王子は、席を立った。
まだしばらくはこの町で調査を続けるらしい。自身のポーチから紙を取り出して、連絡先を書いてくれる。
「……騎士団の宿舎ですか」
「そ。この時期どこも宿はいっぱいなんだよな~」
学園から生徒が修業に来る時期だから、空いているのはそこくらいしかなかったそうだ。
彼は外していたバンダナを着けなおして、少し考えるそぶりをする。
「……とにかく、召喚石についてこれ以上知ろうとすんな」
「はい……」
これについてはギルマスもサブマスも私をにらんでいるので素直に頷く。何より、強引な引き抜きなんてまっぴらごめんだ。
そして、これだけはどうしても聞いておかないと困ったことになるかもしれないから聞いた。
「あの、その格好は忍んでいるからですよね。人前でお呼びするときは、どう呼べばいいですか?」
「それはただ単に『カイト』と呼んでくれ」
バンダナのおかげで、たとえ本名を呼ばれたとしても全く気づかれることがないらしく、ただの「カイト」で通っているそうだ。
(そういうことなら、私が王子とわかったのは本当に不思議だっただろうなぁ。こういう装備があるなら、今後気をつけないとね)
かといって素性を認識できなくさせる装備なんて、そうそう目にする物じゃないけど。
一階で彼を見送ると(大仰にされると困るとのことでカウンターまでだけど)、なぜかギルマスは私にひっそり聞いた。
「シャーロット。あの状態でも王子だと思うのか?」
「へ? ええ。思うも何も、ばっちりそうですけど。何か違和感があるんですか?」
今バンダナをつけている王子は、ギルマスからはどう見えるのだろう?
「二階で話したやつは、影武者だったんじゃねえのかなと、今では思う」
「え」
それはすごい。
素性を知られても、再度装備すれば(装備した姿を見せれば?)確信がゆらぐ効果もある――ということかな。
シャーロットが言っていた、「召喚石を壊した日、ギルドの入り口でぶつかりましたよね。何しに来たんですか」は、
52話の中間部分で、シャーロットが「お昼に行ってきます(召喚石かも)~!」と、ギルドから出ようとして見覚えのある人にぶつかったときのことです。




