065: ある夏の二日間⑤ ~バンダナ~
「君があの件の担当かい。……ずいぶんと若いね。僕が話をするから――シャルちゃんはそのまま受付業務をしていなさい」
私にそう言ったのはサブマス――カラク・カーバントさんだ。二年前に王都から来て、サブマスター兼会計をやっている。「サブマスター」では長いので、いつのまにか「サブマス」と呼んでいた。
エルフ族ということもあって、このギルド内で最年長の職員だ。
彼は今日も目を細めている。というのも目を開くと『威圧』スキルが発動するから、よほどのことがないと目を開けないのだ。
その彼は黒装束の放蕩王子を細目のままにらむと、二階へ案内しようとした。サブマスはあの件――召喚石について、もう私を関わらせたくないようだ。
「ははっ。若造に見えてもこの件には詳しいぜ? 今日はこっちの受付にも話があんの。勝手に仕切らないでもらおうか」
王子はサブマスのにらみを余裕で返していた。
自分の意思を貫き通すぞ、しゃしゃり出てくるな、と言わんばかりの挑戦的な目は、二年前と変わらない。
「私は大丈夫ですよ。サブマス」
全く知らない人でもなし。二階へ行き、人の目がなくなれば普通に挨拶して、召喚石のことを話すだけだ。
「ほら、本人がそう言っているだろ」
にやついている放蕩王子をサブマスが再度にらむ。ついでに私もにらまれた。「シャルちゃんは黙ってなさい!」と怒っているかのようだ。
「シャーロットさん……」
握手を求めてきた子たちが、不安そうにしている。
私はまったく問題ないと、笑顔で生徒たちを見送ることにした。
「大丈夫。暗いお兄さんに見えるけど、変な人じゃないから。ほらほら、この町での一日目は大事ですよ~」
生徒たちはお互いのパーティー仲間と頷きあって、それぞれの冒険へ向かっていった。
――それにしても、誰かはこの黒い人が『王子』と気づくと思っていたけど、意外と気づかないようだ。
普段、公の場ではにこにこしているらしい王子も、今は黒装束に身を包んでいるからだろうか?
得体の知れない人にしか見えないのかな。訝しげにじろじろ見ている冒険者もいるのに、ちっとも気づかれない。
王子様を見たいとはしゃいでいた女性たちも、もう自分たちの仕事の準備を始めていて、こちらのことに興味がない人もいる。
そんな様子を不思議に思いつつ、二人と二階へ上がる。少しの距離なのにどうしてか空気が重いような……。
そんな空気を終わらせるため、ギルマスが待っている部屋に立ち、ドアをノックした。返事を聞いてから開ける。
「――へぇ、意外と若いのが来たな。あれって古くからあるもんなんだろ? もっと年いった奴が来るかと思ったんだがなあ。生意気そうなのが来たもんだ」
中では、ここアーリズの冒険者ギルドのギルドマスター――アトラス・アレクトスさんが待っていた。
私は彼のことをギルマスと呼んでいる。二年前に不正を働いていた、前ギルドマスターを倒した功績によって、ギルドマスターになったという経緯がある。
彼は熊の獣人族で耳と尻尾にその特徴があり、ギルドの職員の中で一番背が高い。今も王子を見下ろしている。
ところでギルマスも王子の年齢に注目しているけど、そこではないはず。
それに「生意気そうだ」って……。思っていても口に出してはいけないと思うのだけど……。
「ギルマス……二年前にも会ってるじゃないですか。よくご覧ください」
放蕩王子を思い出してほしい。私はギルマスの記憶力が心配になったけど――。
「…………は? シャーロット、こいつと会ったことあんのか? 二年前?」
ギルマスはもう一度放蕩王子を見るけど、気づかない。二年前といえばもちろんあの事件のことだけど、頭をひねっている。アクが強めの王子だから忘れなさそうなのに……。
「何だいシャルちゃん。この感じ悪い若造と知り合いかい」
サブマスは王子の顔を知らないのだろう。……ん? 王都にいたのに? いや、いたからといって知っているとはかぎらないか。
とにかく、王子の態度はサブマスにとって印象が悪かったようだ。
今も、勧められてないのにさっさとソファに座っているし。
「おいおい。嘘だろシャーロット。……アンタ、オレのことわかるわけ?」
放蕩王子が私を凝視していた。
やはり予想どおり、私のことを忘れていたわけではなく、皆に正体がバレないように知らんふりしていただけのようだ。
「もちろんですよ。ほぅ……フォレスター王国の王子様じゃないですか」
危ない危ない。「放蕩王子様ですよね」と面と向かって言うところだった。いくらギルマスとサブマスが不敬罪ギリギリの発言をしたからといって、私もうっかり口が滑っては大変だ。
放蕩――遊びほうけてますよね、などと……。
「…………」
おや、私の言葉を聞いて三人とも黙ってしまった。
王子はギルマスとサブマスに注視されながら、私を面白そうに見る。
「へぇ……なるほどね~。やっぱアンタ――変わってるよ」
「何が変わってるんですか?」
さっぱりわからない。
放蕩王子は自身の喉もとのバンダナに手をかけ、外した。
すると、ギルマスもサブマスも「あっ」と声をあげて息を呑む。そして二人とも姿勢を正し、固い表情を作った。冷や汗をかいているようだ。
ギルマスはさっきとは違う声の調子で、王子に挨拶し直す。
「お、おまっ、いや、あなたは……。ご、ごきげんうるうる……」
「ぷはっ。いや、大仰な挨拶はいいよ、アーリズのギルドマスター殿。――すっかり板についてんじゃん」
バンダナを取った途端、二人の態度が一変したものだから王子は楽しそうだ。
「ご機嫌うるわしく」をうまく言えないギルマスに噴き出すように笑い、固い挨拶は不要である、と二人に座るよう促した。もちろんどっかりソファーに腰かけたままで。
私はその様子を見ながら、冷たいお茶を出していた。
「ほぼ二年ぶりですよね。お元気そうで何よりです。あと、さっきは変な貴族を追っ払ってくださってありがとうございます」
私はやっと挨拶できてよかった~と思っていたけど、王子のほうは何やら、真剣な顔だ。私の顔に何かついているだろうか……と思っていたところで、サブマスが王子と私たちの関係に疑問を抱く。
「……殿下と二人がお知り合いというのは……?」
「ん~と、だな……」
ギルマスはしどろもどろになっているところ、王子はあっさりと答えを言った。
「まあ、二年前の事件でアレコレしたことに関わったってところだな。ははっ」
王子のノリは軽いけど、二年前の事件とはアーリズの町の前領主が国家反逆罪で捕まった事件だ。
前領主はあろうことか、王族を亡き者にしようと計画していた。その計画に、このギルドの前ギルドマスターも関わっていたのだ。
その頃、今のギルマスは当時サブマスターで、不穏なギルドを変えたいといろいろ計画を練っていた。
私はどう関わるのかというと、ちょうどよく(悪く?)アーリズ入りして、たまたま今のギルマスと会い、助けることになったのだ。
ただここで問題だったのが、大もとである前領主だ。たとえ前ギルドマスターを抑え込めたとしても、大きな権力を持っている領主により、元の木阿弥になってしまうことが考えられた。
そこで協力してくれたのが放蕩王子だ。
彼はもともと前領主の様子を窺っていたようで、お互いの計画のために手を結び、事件が解決へと向かった。
正直、王族の彼がいたことでうまく進んだんだと思う。ただ、世間的にはカイト王子の奮闘については隠されたから知る人は少ない。
きっと大人の事情なり、高貴な方々のご事情なのだろう。
「――っていうかさ。教えてくれよシャーロット。何でオレのことがわかったワケ?」
「え? そりゃあ、わかりますよ」
さすがに『鑑定』を使わなくてもばっちりわかります。王子は地味とは言えない顔立ちですし。なぜそんなに疑問なのでしょうか?
……ん? でも、それにしてはギルマスが気づかないのがおかしいような……。
カイト王子は、そんな私を注意深く見ながら教えてくれた。
「あんなぁ、オレのこのバンダナ――オレを『認識させなくする』効果があるバンダナなワケよ。今まで誰にも見破れなかったワケ。それが、アンタみたいなただの受付嬢に見破られるっつうのが気になるのさ」
「……え!?」
彼が横に置いたバンダナを『鑑定』してみる。
「認識不能のバンダナ:装備者の素性が、他者には認識できなくなる効果がある。装備者と面識がある場合も、外見、声、しぐさ等で判別不可能である。」
私の予想外のことが表示された。
…………。
………………。
こ、これは、まずいのではないかな? ごまかさなくては!
「え~~とぉ。……髪! そう、髪の色がやっぱり特徴的だし……」
そう、放蕩王子の特徴。それは黒っぽい色の髪!
「そうか? 俺も黒髪ってのはわかってはいたけどな……、どうも王子本人に結びつかなかった。不思議だよな。黒髪の知り合いは、数えるくらいしか知らねんだが」
髪が黒いというだけでは、「イコール王子」という考えに至らなかったとギルマスは言う。
へ、へぇ~……。あのバンダナはそういう効果があるのかぁ。うん、あるね……。記載してある。
「えと、じゃあ。雰囲気? 暗さがにじみ出ているというか……」
「シャルちゃん……失礼だよ。服装だけでそんなこと言うものじゃあないよ」
サブマスったら「感じ悪い」発言を棚に上げましたね……?
それに私も、何も服装だけで暗いと判断しているわけではなくて……いや、それよりも――。
やってしまった――!
そうか。放蕩王子の「認識不能のバンダナ」の効果で、ギルマスもサブマスも王子と気づけなかったんだ。
それどころか、まだ一階に残っていた冒険者さんたちも、あんなにキャーキャー騒いでいた女性冒険者さんたちも、誰も気づかなかった。それを、もっとおかしいと思うべきだったのに……。
今度は、私が冷や汗をかく番だ。




