064: ある夏の二日間④ ~お久しぶりです。ほうとぅ……~
「ここのギルドは我が国の王子様も、ディステーレの魔王様も、並んでいただくことになっております」
一瞬、しーーんとなるギルド。
しかしその途端――。
「おおおおーーーー!!!」
パチパチパチ!!
「よく言った!!」
ヒューー!
ピューー!!
ギルド内が大いに盛り上がってしまった。
なぜそんなに拍手喝采され、指笛も吹かれるのか不思議だ。……あ、そっか。
私にとっては当たり前でごく普通のことでも、皆には『言葉尻をとらえた相手に対しても、毅然とした態度をとる受付嬢』に、見えてしまったのか。
強気の姿勢に映ったのかな。
本当に並んでもらっているのだけど……。
目の前の伯爵だかはくしょんだかの息子は、私が狼狽するだろうとニヤニヤしていたのに、今は悔しそうにしている。
ちなみにメロディーさんは「知りませんでしたわ」とびっくり仰天させお目々をまんまるくし、フェリオさんは「何を言い出す……」と、じとっと見られた。
タチアナさんは……解体作業中のため、いなかった。
サブマスはさぞや面白そうに笑っているのだろう……と思ったら、笑っていなかった。むしろ呆れて……いや、怒っているような? 目が細くてわからないけど、眉間にしわが寄っている。
笑いのツボではなくて残念だ。いや、笑いをとろうとしたのではなく、あくまでも事実なのだけど……。
「はははっ!」
――そこに突然、まるでサブマスの代わりに笑ってくれたかのような声が響く。
「なぁんだそら。さすがアーリズ。日々、魔物と戦う町は違うね~」
伯爵の四男のすぐ背後に立ち、大きな声で笑ったその人は、全身黒い格好をしていた。
後ろに立たれた伯爵の四男は、びっくぅぅっ! と驚いている。そのときの顔は……うん、面白かった。
私はそこまで驚きはしなかったものの、全く驚かなかったと言ったら嘘になる。
伯爵の四男の後ろはギルドの出入り口が見えるから、黒い彼が入ってくるところは確認できた。しかし彼は、自身の印象や気配をかなり薄くして入ってきたのだ。
何と『探索』スキル(一定範囲に人物・敵などがどこにいるか確認できるスキル)では、黒い彼が確認できない現象が起きていた。そこにいるし見えているのに、『探索』スキルでは全くその反応を感じられないのだ。
周りの冒険者たちも、彼がいきなり現れたように感じたみたいで警戒している様子だ。
「き、貴様! どこの誰であるか! ワタシの真後ろに立つとは無礼者め!! ワタシはル-アデ・ブゥモー。伯爵家の息子であるぞ!!」
突然のことでびくっとした自分が恥ずかしかったのか、矛先が黒づくめの彼に向かった。先ほどから忙しい貴族のぼっちゃんだ。
「無礼者め」と言われたほうは、貴族の名前を聞いても全く動じない。――まぁ、当たり前なのだけど。
彼はむしろ、相手を馬鹿にした目で挑発する。
「ほうほう! お貴族様と会えるとは光栄だ~。んでも、お貴族様はもっと堂々としているものじゃねーか? くっくくく」
貴族の四男は、相手の馬鹿にした口調に顔が真っ赤だ。さらに態度を大きくし、話を続けようとする。
しかし、黒い彼の次の言葉に顔が青ざめてしまった。
「ブゥモー伯爵家だろぉ。知ってる知ってる。ここから西の町の……で……らしいじゃん? …………だったりし・て・な」
後半の言葉は、私には聞こえなかった。彼は四男ぼっちゃんの肩に手を置き、からかいの交じった目をして耳元で囁いたからだ。
それを聞いた伯爵の四男は顔を青くし、悔し紛れに黒づくめの男を押そうとした。だけど簡単に避けられてしまう。
私は、このあと強行するようなら障壁を出そうと思っていたけど、伯爵の四男は歯がみをしつつもおとなしく立ち去った。
それを見送った黒い彼は、次に私のほうへ歩み寄る。
「アンタがシャーロットだろ~? やぁっと時間が作れたもんだから、先日のあのことの話を聞きに来た。――後ろのアンタも一緒にな」
私と後ろにいるサブマスに向けて、話を聞きに来たと告げる。
騎士団長さんが以前言っていた王都から来た人物とは、こちらの彼のことのようだ。
口元を少し隠した全身黒づくめの格好に、こげ茶に近いツンツンとした黒い髪。その髪を少し隠すように巻いているスカーフ。彼は先ほどと同じように、挑戦的な目をこちらに向けている。
(今日は、珍しくお客さんが多いなぁ……)
それにしても、彼の私に対する挨拶は、まるで初めて会ったかのようじゃないか。二年前にも会っているのに。
まあ、向こうにとっては、私のことなんて覚えていないかもしれない。私は人族として、いたって普通なピンクブロンドの髪と、茶色の目という外見だ。目の前にいる彼のように印象に残る髪の色でも、身分でもない。
それでも「お久しぶりですね」とは、言わないでおく。
もしかしたら、大勢が集まっているこのギルドで、二年前に関係する話題を出されたくないのかもしれないからだ。
彼のことについては、『鑑定』スキルでばっちりと見える。
『鑑定』スキルは、人や魔物など生物に対して使うと能力値や所属などがわかり、物質に対して使うと用途や値段などがわかるスキルだ。
今回は召喚石の件で来たのだろうけど、冒険者登録もしているという多彩なお方だ。「さわやか」とは言えないにやにや顔を隠さない彼の名は――。
カイト・フォレスター
称号:放蕩王子
本日、冒険者たちのあいだでキャーキャー騒がれていた渦中の人だ。今の王様の四番目のお子様……だったはず。
私が先ほどこの国の王子も並んでもらうと言ったのは、彼がギルドに入り、伯爵の息子の後ろに並んだからだ。ちゃんと横断幕を見て、ルールを理解してくれたのだと解釈した。
そんなルールを守る王子にわめいた四男ぼっちゃんこそ、無礼な振る舞いをしていたのだ。
いくら王子が顔を少し隠しているとはいえ、貴族なのに近距離で見て気づかなかったのだろうか?
特徴ある顔だからそうそう忘れないはずだけども。
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