060: シャーロットを籠絡せよ⑤ ~彼女の町の騎士団~
騎士が集う建物の、一番高い階から怒鳴り声が響いた。
「減給ですよ!! 女性関係に気をつけろと、いくら言ったと思っているんですか!! それと、襲撃される前に気づくのが貴様ら騎士ではなく、ギルドの受付というのも問題です!」
怒っている内容は、昨晩の騎士宅襲撃事件のことだ。今回の事件の全容を知った騎士団長は、問題の二人の騎士を呼び出していた。
攻撃されたことは防ぎようがないが、受けたときの対応がまず騎士らしくないと叱っている。
普通ならば、先に察知するのは鼻や耳がいい獣人の騎士であり、取り押さえるのは一番体格のいいダークエルフの騎士であるはずだった。
ところがその二人は呆然と立ちつくすばかりか、騒音問題を起こした女性たちを見物するだけときた。迷惑を被った近隣住民たちがそれを見ている。
冒険者ギルドからは、今朝早々に、件の冒険者たちの処分の報告があった。
ここにきて騎士団が何もしないわけにはいかない。給与を減らすのは当たり前だ。
「しかも揃いもそろって、障壁につぶされたくないから例の件はあきらめるなどとおおお! ……よし、貴様ら! 鍛え方が足りないようです。表へ出なさい!」
バンッと窓を開ける騎士団長。ここは普通に飛び下りれば、騎士でも骨折してしまうほど高い位置にある部屋だ。その窓に、騎士団長は――足をかける。
この部屋の窓は二年前この町に来たとき、団長が楽々出られる大きさに作り変えた窓だ。
有事の際に、すぐ飛び出せる勝手のいい窓である。
その窓から一切躊躇なく飛び下りる団長。しかし「きゃー、飛び下りよ~」と誰も言うわけがない。
その姿は背中から伸びた大きな翼を広げ、手に武器を持ち、力強く空を舞う。羽毛が舞い、固そうなくちばしが日に当たってきらめいた。
テーブル山ダンジョンを背景に空を飛ぶ二足歩行の大きな鳥――鳥類と人が混じった鳥人族と呼ばれる種族だ。
それを見た近くの団員は、安堵したような、うんざりしたような、複雑な表情を浮かべていた。
「そろそろ発じょ……恋愛期が終わるみたいだね、団長」
「今回の発情き……ゲフンゲフン、恋愛期長かったし、巻き込み型だったね……」
翼を使うことで発動する風魔法にて、団員を攻撃……訓練している騎士団長を彼らは見る。
「ずーっと前にもあったのと似てるよね。重度の発じょ、恋愛脳化。……本当面倒くさい」
「そうそう! 今回のはさらにひどかったわ。ウチらを誰かとくっつけようとするの!」
「ご夫婦だけでラブラブしてくれればいいのにね~」
鳥人族は一般的に春から夏にかけて、頭の中が恋でいっぱいになる種族だ。
「私も男性の姿絵、何枚もらったことか。いつもはあそこまでならないのにね」
「今年は平和だったからじゃない? 去年はまだいろいろ大変だったし、二年前はここに来たばかりで、三年前は西との戦争があったでしょ。それと比べていかに平穏か。数年分のが一気に来た……とか?」
基本、春から夏(個人差により秋や冬も)にかけて訪れるその恋愛期間も、心が穏やかなればこそだ。ここ数年忙しかった分が今年一気に来た、と騎士の一人が分析する。
「魔物討伐部隊と新人には注意を促しておいたよ。男女交際の話題とか、誰々をくっつけさせようとしても、気にしないでくださいって言っておいた」
「そうだな。威圧感はんぱねぇけど、結局オレらに言うだけだから……気をつければいいだけの話だし」
魔物討伐部隊は、二年前に前領主から新領主に吸収された部隊なので、騎士団長の対応は当然知らない。だから新人とともに一緒に伝えておいたのだ。
それ以外の者は全員知っているはずの知識だ。まさかうっかり忘れていることなどありえない。
「でもその間、静かなのはよかったよな。はぁ、これから訓練三昧か……」
「今日の犠牲者はあいつらか~」
騎士団長の、風魔法と近接攻撃の連続技に苦戦している男たちを見る。
「て・か・さ。あいつらのこと聞いた~?」
「何と、二人はお互いを好きだったって話でしょ!」
「アタシ見ちゃったぁ! 昨日すごい音がして見に行ったのよ。そしたら壁張りちゃんに戦わせて、自分らはぶちゅーってしてんの!」
「うげえええ! ひどおお」
騎士団長に現在進行形でぼこぼこにされている男たちを見て、女性騎士たちの話が盛り上がる。ぶちゅーは言いすぎだったが、こんな面白い話はないと噂を広めていた。女たらし二人は、ここで噂を止めないと広まる一方だったが、それはどだい無理な話だ。
「貴様ら!! ちんたらするなーー!!」
敬語の消えた騎士団長に叩きのめされ、遠距離武器も持っていたため上空から矢を放たれ、訓練から逃れられない。彼らがへとへとになり、騎士団長もようやく満足した頃には噂は拡大していた。
二人が、遊び相手の女性さえ見つけにくくなる噂。
かき消すには長い時が必要とされる噂。
遊ばれた女性たちの積年の恨み、モテない男たちの巨大な悪意、大なり小なり迷惑を被った町民の娯楽が交じり合い純愛物語さながらのものだった。
『今までいろんな女性たちと遊んできた猫野郎と筋肉♪
どれだけ女性と付き合っても、心満たされなかった二人。
やっとお互いの心を見つめ直す。
灯台下暗し。
二人はやっと気づいたのだ。
真実の愛を――――♪』
ただの興味か、それともお金になると思ったのか、それとも多少の恨みでもあったのか。吟遊詩人まで参加し、シャーロットの耳に入る頃には、それはそれは美しい恋の物語の歌になっていた。
「――それならそうと言ってくれればいいのに……。食事会のときも、二人が隣同士でよかったのになぁ」
彼女は合格通知をしまいながらつぶやく。
今年は実技も筆記もあって大変だった――と日記に綴られることだろう。




