059: シャーロットを籠絡せよ④ ~彼女はおしおきした~
大きな音だけ鳴った室内。
窓は少しカタカタと揺れたが、被害は特になかった。外壁も特に問題ないだろう。
なぜならシャーロットは障壁を窓の外に、しかも壁一面を守るように張ったからだ。魔法攻撃で被害が出るはずもない。
魔法攻撃――夕食を楽しんでいる時間にいったい何事か。緊張が走る中、犯人たちはのこのこやってきた。
「早く出てきなさいよー! あたし別れるとかぁ、ありえないんだけどぉ! まだバッグ買ってもらっ……あなたを愛しているのよぉ」
「お尻もっと触らせてあげるからっ! 出てきてよ! せっかくの金づ……ゲフンゲフン」
一人はロッドを持った魔法使いで、胸がぱんぱんだった。もう一人は短剣を太ももに差し、身軽な格好で、お尻が丸かった。
双方、甘い作り声の若い娘である。
「……ん? えぇ! ちょっとぉアレ見てぇ!」
「えっ。やだっ! 二人して抱き合ってるんだけどっ!」
その声にメロディーは夫の肩口からそれを覗き、彼女をかばっていた旦那は後ろを振り返った。
女たらし二人がお互いをがしっと抱きしめ合っているのを確認し、目が点になる夫婦。男二人は、シャーロットがさっきまで座っていた椅子を中心に抱き合っていたのだ。
夫婦の視線を受け、我に返ったファサファサとムキムキは、お互い気持ち悪い物を触ったかのように突き放した。
「ありえなくなぁい?」
「キモっ、なぁんか冷めたっ! 帰ろ帰ろっ」
何事もなかったかのように帰ろうとする無礼な娘たち。そこに室内から怒鳴り声が上がる。
「待てぇ! 攻撃してきて何もなかったかのように帰れると思うのか!?」
もちろん、この家の持ち主であるメロディーの旦那だ。シャーロットがいなければ室内はめちゃくちゃどころか、メロディーも怪我をしていただろう。このまま帰れると思ったら大間違いだ。
「そうですよ。謝罪もなしに“さようなら”は全く礼儀がなってません。それに町中で攻撃魔法は違反行為。そんなことも知らないとは」
こちらはすでに外に出ているシャーロット。私服だがパンツ姿だったため、失礼ながら窓をまたいで外に出てきていた。
「なぁによ! あたしたちは『赤いザクロ』のメンバあ! っぎゃあああ!」
「このっブッッ! うううぅぅ! っに、すんっ……いたたたっいやあぁ!」
女二人は作った甲高い声で息巻いていたが、突如上から降ってきた透明な板につぶされ、元の地声で呻き出す。
「冒険者なら、なおさらこのようなことしちゃいけませんね。新人講習会からやり直し!」
透明な板はもちろんシャーロットの障壁だ。地面に平行に出した障壁を真上から落とし、女二人を押さえつけた。
実は女たちがいるのは夫婦が管理している庭で、すぐそばには背丈が低めの草花があるのだ。
立っている位置は草木の生えていない通路で、暗くて距離感が掴みづらく、横から挟むよりも真上から押しつぶしたのである。横から障壁で挟んだ際、近くの花を一緒に巻き込んでしまっては大変だからだ。
真上からなら彼女たちの胸やらお尻やらで障壁も止まるので、花にもあまり負担をかけないだろう、と考えたようだ。
上から障壁が降ったときに、まず頭を強打された二人は横に逃げる間もなくどんどん押しつぶされた。しまいには一人は仰向けに、一人はうつぶせになって、そこからどうにも抜け出せなくなっていた。
「ちょっ、あれ? ぱいぱいのかわい子ちゃん……?」
「お尻のおっきなプリプリちゃん……」
女たらし二人も外に出てきて犯人たちを見た。
彼ら二人が見ている女性たちは、それぞれ彼女らの体型が好みでイチャイチャしたものの、性格に難ありで別れた女性冒険者たちだった。もちろん男二人とも、自身の性格を棚に置いての意見である。
「あ、ねぇ! 助けてよぉ! うぎぃぃぃ!!」
「あ、あたしのこと好きでしょっ! 助げなさぇぇ!!」
シャーロットは彼女たちの元気ありあまる様子と、手のひらを返す発言に障壁でさらに押しつぶす。一人は胸部がぺしゃんこになって、もう一人は臀部が真っ平らだ。
女たらし二人は、なかなか見られない演出に多少はいかがわしいことを考えた。しかしシャーロットの顔を盗み見て、ぎくりとする。
妥協を許さない表情だったからだ。
(やっばー。やっぱ大きさ気にしてんだよな?? ぱい小さいとか言ったら、おいらもつぶされるかもじゃーん。ちょっと勘弁~)
(お尻もやな。わい、お尻につぶされるのはようても、障壁につぶされるのはいややー)
男二人は地面に伏している女性たちを見て、すでにシャーロットをあきらめる決意をしていた。
そんなシャーロットだが、キリっとした顔をしていることについては、もちろん胸やら尻やらの大きさは関係ない。これらは障壁によって偶然に一人が仰向けに倒れ、一人がうつぶせに倒れてしまっただけのことだ。
シャーロットとしてはこのような事態になって、他に気になることがあった。
(この人たちが知らないとはいえ試験中に邪魔が入るなんて……再試になったらどうしてくれるのか……)
しかし、冒険者ギルドの職員としてやるべきことはやらなければと、試験官二人にはきちっと行動で示すことにした。
「冒険者ギルドは、こういった規則を守れない者にしっかりと厳罰を…………は? 骨が折れた? 嘘はいけませんね。それに大丈夫。死にそうになったら回復してあげますから」
シャーロットは叱りつける途中で「骨が折れた~」と二人の女性冒険者が騒ぐものだから『鑑定』でその証言は正しいか確認した。バキッと折れたと叫んでいるが、折れた……いや割れたのは防具だ。骨はあばらどころか、一撃目でいれた頭部の頭蓋骨さえ折れていない。仮に骨が折れても治癒魔法で治せばいい。
――それを聞いてしまった男二人は、情けない顔をする。
(治せるから骨砕きますとか! こっわ~~~)
(あかんて~。浮気するたびにつぶされとったら、命がいくつあっても足りへんで!)
彼らがシャーロットの様子から動けなくなっているあいだ、メロディーの旦那はシャーロットと協力して犯人をきつく、固く、縛り上げていた。




