056: シャーロットを籠絡せよ① ~彼女は知らない話~
未使用の召喚石という危険物が見つかり、粉砕し、シャーロットが大金貨袋をもらう少し前。
騎士団長に呼び出され、以下の作戦を伝えられた者がいた。
「壁張り職人こと、冒険者ギルドのシャーロット嬢を落としていただきたいのです」
彼は『落とす』の意味について、頭を回転させることなく素直に思いついたままを口にした。
「団長。女性を城壁の上から落とすのは騎士の精神に反しております。いや、人としてできません!」
「……貴様の思考回路が、全くわからないのですが。――落とすは落とすでも、口説くほうです。この町に囲い込んでおくために、騎士の誰かとお付き合いしてもらおうと言っているのです」
「はぁ……。女性を口説くほう……ん?」
呼び出された彼のほうこそ、団長の言っていることがさっぱりわからなかったが、とりあえず落とすの意味は理解できた。しかし、その作戦に異を唱える。
「団長、私には妻のメロディーがいます! 他の女性とは結婚できません!」
先ほどからアーリズの騎士団長と対面しているのは、メロディーの旦那であった。
「――誰が、貴様にシャーロットを落とせと言いましたか? 既婚者なのは皆が知っています」
騎士団長は、突拍子もないことを言っている自覚はあるのだろうか。しかし彼にとって、いや、町にとって重要なことなので、辛抱強く説明し出す。
「いいですか。もう一度、順序立てて言いましょう」
一つ。
「壁張り職人は呼び名どおり障壁魔法が使え、さらに治癒魔法が使える。そこはよろしいですね」
二つ。
「しかも二つの魔法ともなかなかの威力です。特に障壁魔法には町の人々も、我々も助けられている。そうですね?」
三つ。
「そんな彼女には、ずっとこの町にいてもらいたいですよね。他の町や国に住まわれては大変なことになりますね?」
メロディーの旦那は、そのどれもに頷いた。
「だから、この町と関係の深い者と付き合ってもらい、この領地以外に気が向かないようにさせたいのです」
「はぁ」
メロディーの旦那は気のない返事をした。この町にいてもらわねばならない――それはわかる。しかし、それがなぜ男女交際させることに繋がるのかがわからなかった。
「……他の方法は考えなかったのですか? 例えば、我々の騎士団に入れるとか」
「一次試験で落ちますね。何回か戦闘は見ていますが、体力がないようです」
意見を具申したが、即座に却下された。
騎士団への入団は必ず試験があり、一定以上の体力が必要だ。シャーロットが走り回る様子を見るかぎり、それは難しかった。
「……この町の者と交際してもらうのは?」
「この町に定住している者たちは、彼女を建国祭のダンスに誘い、ことごとく断られています。何より騎士団が一般人にそのようなこと、頼むものではありません」
祭からそれほど日が経っていないし、再度挑戦してくれと頼むことでもない。納得したメロディーの旦那は、この方法があることも提案する。
「いっそのことお金を渡してはいかがでしょう」
「陳腐な手ですね。それに、そうやすやすとお金を使うなどあってはなりません。まぁ、時間がないので最終手段としてはいいですが、あくまでも最終手段です」
シャーロットは小さな部屋で一人暮らしだ。大金をもらえば、恩を感じてこの町から離れにくいだろうと考えられる。ただ、それよりも――。
「時間がないとは?」
「今回、危険物の調べがついたでしょう。王都から専門家がすでに向かっているようでしてね。彼らが彼女に目をつける前に、こちらで押さえておきたいのですよ」
連日、冒険者ギルドのサブマスターを呼んで、ある石の調査に協力してもらっていた。結果は危険物であり、それ専門の組織が王都から来ることになっている。おそらく未確認の石が発見されたときから、その組織は動いていた。そうでなければこんなに早い到着にはならなかったはずだ。
さて、王都の人間が来るとなぜまずいのか。
現在、優秀な障壁魔法使いは王都に集中している。理由は様々だが、おそらくは二年前に、この町の元領主が企んでいた王族暗殺計画のせいだろう。幸い計画は頓挫したが、これをきっかけに王都はいっそう守りを堅くしていた。
だから王都の者をアーリズに入れたくない。優秀な障壁魔法使いを勧誘されたくないのである。
「そういうことですから。ひとまず彼女には、騎士と恋愛を楽しんでもらおうと思いましてね。ちょうど適役もいますから」
「はぁ…………ん?」
『適役』という言葉にひっかかったメロディーの旦那。
「そうですよ。貴様の奥方が壁張りと同じ職場です。なに、心配することはありません。奥方の口から彼女を食事に誘ってもらうだけです。邪魔が入らないように、貴様の家で食事会を開くことにすればいい」
「……我が家で食事ですか。まぁ、別にいいですけど」
シャーロットが一人暮らしということで、メロディーが気にかけて家に呼んだことはあった。
「そこでその二人の出番です」
騎士団長は彼の両隣に立っている二人を指した。
実は、騎士団長と相対していたのは彼だけではない。ともに呼ばれていた彼の同僚もいた。
「え、おいらっすか。壁ちゃん落としちゃうんすか! うへ~」
「二人言うたら、わいもですか。壁張り職人ちゃんなぁ」
二人は、先ほどまでただ話を聞いていただけだったが、自分たちに話が振られて少し背を正した。ただし雰囲気はいつもどおり緩い。
「え、こいつらに……?」
メロディーの旦那は、ますます団長の作戦に驚きを隠せない。
「ええ、そうですよ。二人とも、女性が大好きですからね。こういうときに活躍してもらわねば」
騎士団長の言葉の一部は皮肉が込められていたが、肝心の二人には届いていなかった。
「ええ~。壁ちゃん、ちっちゃくてかわいいけど胸までちっちゃいのがな~」
軽さ全開のほうは、この騎士団内にて、女たらしで有名な男である。
「胸よりも重要なんは、お尻や。その点、壁張りちゃんは貧相やな。丸みと重量が足らへん……」
言語に特徴があるほうも同じく、女癖が悪いことで有名な男であった。
「では貴様らのどちらか、王都の者たちが帰るまで壁張り職人をとどめられたほうに、特別手当を与えましょう」
騎士団長のこの言葉に、二人は目の色を変えた。ぐちぐち言っていたのが一転、やる気あふれる言動に変わる。
「ちっちゃい子とも付き合ってみたかったんだっ」
「薄い子もたまにはええな」
この場合『ちっちゃい』は胸部のことであって、『薄い』は臀部のことであろう。
「大変結構。では、夕食会では頼みましたよ。それぞれアプローチでもして、彼女の気を惹いてきてください。なに、彼女は親と離れて一人暮らし。案外うまくいくことでしょう」
場所はメロディーの旦那宅なのだが、彼を置いて話は進んでいる。両脇の男たちは謎の闘志を燃やした。
「そんじゃ、お前と勝負だな~。おいらはホレッ。このファッサファサの毛並みでモノにすっからさ~。さっさと手を引いていいんだぜ~?」
彼はたとえ女たらしでも、この騎士団の騎士である。猫科の獣人で特に足にその特徴があった。自慢の速さによって敵の懐まで近づき、その勢いのまま蹴り上げる強力な脚力を持っている。
女性にはそのファサファサな膝枕と、しなやかな身体つきに人気がある。らしい。
「壁張りちゃんは、われのそんな毛皮で満足せえへんやろ。ギルドにはぎょうさん討伐された魔物が来るんやで? わいみたいな筋肉美のほうが目を輝かせるわ」
肉体を強調する残念なポーズをとっているが、こちらも騎士である。ダークエルフで肌が黒く、着ている鎧を脱いだら、胸板の盛り上がりが輝いて見えたことだろう。彼は、その筋肉で女性たちを何人も虜にしている。らしい。
「ふふふ。期待していますよ」
――そこで話を終わりにして退室を命じる騎士団長は、一人になった室内で自身の願望をつぶやいた。
「これで面倒などちらか一人と、壁張り職人がくっつけば……」
実はこの一月、ある特定の苦情が多かった。「女性同士で争っている」「女性が男性騎士に振られた腹いせで暴れている」「女性が男性騎士の五股の真相を聞くため、通路に陣取っている」「女性が男性のことで……」「女性が……」などなど……。
騎士団長は、何度注意しても反省しない女たらしの部下たちに、頭を抱えていた。そこにきて王都から謎の組織の来訪である。
面倒なことを一つにまとめられるかもしれない、と自身の案にほくそ笑んでいた。




