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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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055: 召喚石⑥ ~年長者のことば~



「――シャルちゃん」


「……えっ。サブマス! なぜここに?」


 お金を押し付けられた(もらった)あとすぐに出た私は、門の前で待ち構えていたサブマスと再会した。私が出てくるまでどのくらい待っていたのだろうか。


「あ、わかりました。私がちゃんと帰ってくるか心配だったんですね!」


 サブマスから声をかけられたときは、逆光になっていて表情がよくわからなかったけど、帰る方向に歩き出したら夕焼けの光が当たり、見えるようになった。

 目が細いのは変わらなくともあまりにも真剣な顔だったので、少しなごませようとおちゃらけて明るく言った。


「そうさ」


「……ぇ」


 私のおちゃらけを全く意に介さず、あっさり肯定するサブマス。私のほうが気まずくなってしまう。


「ふ、ふふふ~。特に何か言われたわけでもないので大丈夫ですよ。……というか、サブマス大丈夫ですか?」


 お昼にギルドを出て戦闘(石を閉じ込めただけだけど)になり、続いて連行され、もうこんな時間だ。

 夕方の色合いのせいか、サブマスの顔色が疲れているように見えたのだ。


「……今日はいろいろ大変でしたね~。あ、今日もか。ははは~。……ちょっ」


 言っている最中に、サブマスが無言でギルドへの道を進むので私も追いかけた。


「……サブマスはあの黒い人たちのこと、知ってますか?」


「…………」


「あのしょうか……漬物石を壊したあとのアレ――あの現象……、何だったんでしょうね」


「…………」


 何を聞いても答えてくれなくなった。方向は同じなので、しばらくこの沈黙を我慢するしかない。

 そのとき私の目が、あるお店を捉えた。


(そうだ! サブマスに先に帰ってもらえばいい)

「サブマス、先に行っててください。皆さんにお詫びのお菓子、買っていきたいんです」


 私はそのお店へ向かった。

 もうすぐ店仕舞いだから種類が少ないかもしれない。


(何か残っているといいけど……)


 ギルドの皆には多大なる迷惑をかけてしまった。お昼に出かけたきり、周りが店仕舞いを始める時間帯までギルドに戻れなかったのだ。さすがのギルマスも相当怒っているに違いない。


(とりあえず戻って一通り怒られたら、タイミングを見計らってお詫びのお菓子を配らなくては)

 そう考えていると、背後からサブマスがついてくる気配がした。


「帰ってていいんですよ?」

「……」


 やっぱり口を利いてくれないので、そのままついてくるに任せた。


「いらっしゃい」


「こんにちは、パテシさん。――あれ、これだけ?」


 そう、よく行くお店とはパテシさんのお店のこと。しかし予想以上に品切れていたので、つい率直な感想を口走ってしまった。


「ああ。昼に何やら騒ぎがあったでしょう? 立ち往生になった人たちでこの辺ごった返してね。おかげで今日はあまり残ってないんだ」


 口をついた私の言葉に、パテシさんは嫌な顔一つせず対応してくれた。

 あの召喚石事件の通行止めのおかげで、長い時間この場所に大勢が立ち寄ったらしい。私たちは大変だったけど、ここらで商売をしていた人にとっては嬉しい誤算だったようだ。

 私は目をゆっくり移動させて、何が残っているかじっくり見た。


(そうなるとどれを買っていこうか……あっ)


 そして、今日の話題と関係ある形のお菓子を見つけた。これにしようかな、と手に取ろうとしたところを、先ほどまで黙っていたサブマスが止める。


「まさかそれ(・・)を買おうとしていないだろうね?」


「えっ、まさか、お菓子でもこの形はダメなんですか? 色は違うのに?」


 私は呆れた声を出した。

 サブマスが買うのをやめるよう言ったお菓子は、小麦色をした焼き菓子だ。しかし、ただの焼き菓子ではない。人型・・の焼き菓子だ。

 あの夜に起きたスタンピードで、召喚石から出てきた単純な形の魔物と似た形。

 サブマスは「今日は召喚石事件で大変だったのに、それを彷彿とさせる形のお菓子を買うのか」と暗に言っているのだ。


 ちなみに、この形のお菓子を作ったパテシさんは悪いわけではない。その魔物を見たわけではなく、ましてや召喚したから知っているわけでもない。人型の焼き菓子はあの魔物が出るずっとずっと前からある、いわば伝統的なお菓子だ。焼き菓子といえば、丸や四角などのシンプルな形とその人型だよね、と言うくらいありふれている形となっている。

 サブマスの渋い顔を見たパテシさんは、確認するように尋ねてきた。


「もしかして人型のお菓子……冒険者の皆さんのあいだでは、縁起が悪い印象でしょうか?」


「え、そんなことないと思いますけど……なぜですか」


「さっき『羊の闘志』のマルタさんも来て選んでいたんだけど、その形だけは選ばなかったからね」


 私はそのような話を全く聞いたことがないので逆に聞き返したけど、……なるほど、マルタさんか……。

『羊の闘志』のパーティーに所属しているマルタさんは、ゲイルさんが襲われたときの帰り道に、彼を町までお姫様抱っこして運んだ女性だ。

 それなら、この形の物はたとえお菓子でも買いたくないかも。


「……マルタさんのことは知りませんが、私は気にしないですよ」


 お菓子だからね。頭から食べても足から食べても、おいしいお菓子はおいしい!

 しかし、サブマスが嫌がっているから違うお菓子にしよう。だって、今日はサブマスに助けてもらったし、気苦労までかけてしまったからね。

 だから「サブマスの食べたいお菓子を選んでください」と伝えた。種類は残り少ないけど、好きな物を選んでほしかったからだ。


「あ、待って。ちょうど焼きあがったみたい。――こちらはいかがでしょう」


 サブマスが商品を見ていると、パテシさんが焼きたてのお菓子を持ってきてくれた。


「別のお菓子だと時間的に残りそうで作れないけど、こちらは明日以降も販売できるからね。ご試食どうぞ。パンパンプキンの焼き菓子です」


 パテシさんがサブマスに試食を勧めたのは、オレンジ色で中に粒状のパンパンプキンも入っている焼き菓子だった。しかも形は丸い。


「もちろんそちらで買い取ったパンパンプキンです。解体大変だったのではないですか?」


 パンパンプキンの解体……。今日の召喚石騒ぎで忘れていたけど、皆で解体作業をしてからそんなに経ってなかった。


「…………うん。おいしいね」


 サブマスも気に入ったみたい。


「そしたら、それくださーい」


 必要人数分と、ちゃっかり自分も食べる分を買った。いつものように収納魔法に入れて店をあとにする。


「またお越しください」


 にこりと笑ったパテシさんのお店を背に、サブマスの分を先に謝罪しながら渡す。

 一拍おいて受け取ってくれた。

 まただんまりが始まったけど、先ほどよりかは固い雰囲気がほぐれたみたい。だから私はギルドに入る際の起こりえる事態を予想し、対処法を考えることにした。


(まずギルドに近づいたら『探索』でギルマスの位置を確認してー。突進されそうだったらとりあえず障壁出してー……)


「ねえ、シャルちゃん」


 ギルマスが怒れる熊として襲ってきた場合を考えていると、ポツリと隣で声がした。


「……はいっ。サブマスも戦ってくれるんですか? ……や、何でもないです」


「……何と戦うつもりなんだか。シャルちゃん…………、騎士団からお金をもらったんじゃないかい」


 やけにはっきりと聞かれたので、私はサブマスもこの件に一枚噛んでいるのではといぶかしんだ。


「……よくご存知で。もしかしてサブマスも関わっているんですか?」


「関わってないよ。君が連れていかれる前に聞いただけさ」


 サブマスは、ギルドの者として私の処遇を聞いていたらしい。そのとき、危害を加えるつもりはなく、謝礼を伝える予定であると聞かされたそうだ。


「何だか、今回のは…………謝礼というより今後の前払いみたいな感じがして……変な感じです。何を考えているんでしょうかねぇ……」


 サブマスに今回のお金の件についてどういう意図があるか、それとなく聞いてみた。


「シャルちゃんは……障壁魔法も一流だし、治癒魔法だって使える。それだってこの町の治療院の人たちと同じくらいに良質な魔法を使う。それに収納魔法も使えるからね。町にとどめておきたいと考えるのは普通のことさ」


 私の予想と大体同じかつ、障壁魔法以外のことも踏まえて意見を述べてくれた。


「別の町や国に流れないように、とりあえずお金で繋ぎとめようとしているのではないかな。陳腐な手かもしれないけど有効だからね」


「他のところに行くなんて、今のところ考えてませんけどね~」


「まぁ、向こうはこの町さえ出ずに、何かあったときは守ってくれればいいと考えているようだね。――――シャルちゃんもギルドを辞めて、ゆったりすごしてもいいんだよ」


 質素に暮らせば長く生活できるくらいもらったのではないか。サブマスはもらった金額を予想して、そんなゆったり生活を勧めてくれるけど、私はそれではいけないと思っている。


「いえいえ。この額では暮らしても私一人分・・・・というところですよ」


 そう。この金額は、一人で質素に暮らすのならば何とかなるくらいの額。しかし、それで満足してはいけない。


「私だって将来は結婚すると思うんですよ。結婚するとなると、おそらくギルドで出会う冒険者さんや商人さんあたりだと思うんですよね」


 あ、あと騎士さんもありえるのかなぁ。メロディーさんのように……うーん、今のところなさそうだ。


「結婚したら、子供は二人くらい育てるんじゃないかなぁと思うんです」


 もちろん未来の旦那さんによるけど、理想の子供の人数としてはこのくらいだろうか。


「そうなると子供の養育費も考えるべきですし、未来の旦那さんがもし……、もしもですよ。働けないような事態になったら、旦那さんも養っていかないといけなくなります」


 冒険者は危険なところに行くのも仕事。私がすぐに治せない状況で怪我をして、その後ずっと寝たきりになってしまったら……。商人や職人だったとしても、魔物と運悪く遭遇してしまうことだってあるかもしれない。子供がいるのに夫がそのような状況になってしまっては、食い扶持ぶちは私頼りにならざるを得ない。

 旦那さんがベッド生活となっても何の心配もなく、子育てをきちっとできるくらいのお金はあったほうがいい。

 つまり、貯蓄はしっかりと――!


「そう考えると、もっと稼いでおくほうがいいと思うんです。今のうちから最悪の事態を予想しておかないといけません。そのためにもまだまだギルドで働きますよ!」


 今後の人生計画をしっかり話せたことによって、サブマスもさぞや感心しているだろうと思ったけど、当人は額を押さえていた。



「――はぁ。……シャルちゃんはそういう計算がしっかりできるのに、なぜ今回みたいに無謀な行動に出てしまうのだろうね……」


 そうは言うけれど、あのような危険極まりない物はほうっておけない。それに、壊れたあとも不可解な現象が起きた。

 召喚石は、何とも言えない悪意が感じられて不気味だ。


 この胸のもやもやについて考えていたら、視線が下に向いたのだろう。ふと自身の腕が目に入った。そういえば、ブーツ(とお菓子)に気を取られて魔力回復の腕輪を着けっぱなしだった。

 歩きながらはずそう、ついでにまだ残っているサブマスの手の跡も治癒魔法で綺麗にしよう。



「シャルちゃん――」



 先ほどと同じく私を呼んだ声。だけど今度のは、傾きかけている日の光に反射するような、不思議な響きがあった。つい、腕輪をはずす手を止める。


「――君はまだ若い。これからまだまだ成長するだろう」


 サブマスは静かに、私だけに聞こえる声で続ける。


「君の成長は、ひそかに楽しみにしているんだよ? だからあまり死に急ぐような行動は、控えなさい。ひやひやするよ……。君は人族だ。普通に生きたとしても……僕が死ぬ前に、君が寿命を迎えることになる……」


 実は、勇者王に付き従った者にエルフもいた。五百歳くらいのときに出会い、その後も王を助けたと何かで読んだことがある。つまりエルフの寿命は五百より長いのだ。対して人族はずっと短い。


「気をつけて安全に生きてほしいと考えるのは、おかしいと思うかい。僕から見れば、君たち人族はすぐに去ってしまう種族だ……。だから、なるべく長生きしてほしいんだよ……」


 彼の声を聞いていると、周りの喧騒がまるで遠くの出来事のように感じた。

 夕日に照らされているサブマスの表情は、横目ではわからない。かといって真正面から見てもわからないだろう。

 私は、どう答えたらいいのかわからなくなって、口を噤む。



 言いたいことを言って、あとは黙って歩くカラク・カーバントさん。

 いつも輝いている金髪は、夕日によって寂寥の色が混じっていた。

 彼は、アーリズの町の冒険者ギルドで、二年前からサブマスター兼会計をしている。以前は王都の本部にいた。それ以上前のことは知らない。

 この町のギルドには、不祥事があったことから、監視も兼ねて本部から派遣されたという経緯があり、当時「この町に来たのが不本意」とわかる固い表情だった。

 今では、会って二年しか経ってない私を心配してくれている。


 そして彼は御年379歳。私に直接教えてくれたことはないけど『鑑定』スキルを使えばわかってしまう。

 彼は長い人生の中で、寿命が短い種族との交流をどのくらいしてきたのだろう。出会い、別れたと思ったら、相手はいつの間にか墓の住人になってしまう。

 いくつそういった体験をしたのだろうか――。



 はずそうとしていた腕輪をそのままにして、私たち二人は黙ってギルドまで歩いて帰る。

 腕に残ったサブマスの手の跡は、濃い影によって、もう目立たない。



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