052: 召喚石③ ~受付嬢は野次馬で終わらない~
“召喚石”
五百年前から存在する法によって『見つけ次第、すぐ破壊しなければならない』とされる危険な石。
しかし見た目は大きめの普通の石。
そんな石を両手で抱えて町に入れば、ちょっと異様だ。鞄に入れて持ちこんでも、門前で持ち物検査があるから門番の人の記憶に残ってしまう。もし大容量収納鞄も併用して持っていたら、さらに怪しいだろう。重たい石をそちらに入れればいいのに、なぜ入れない? と思われてしまう。
しかし、そんな石を町に持ってきても不審に思われない職業の人がいる。
確証はなかったけど、召喚石とその石の見た目が似ている気がすると思ったから、軽い気持ちで聞いてみた。
「『漬物王』さん! 漬物に詳しいあなたなら、漬物を売っている商人さんは常に覚えてますよね」
「うん、な~に? どぉかした~?」
「祭の日の少し前に、この町に来たか覚えてませんか? きっと荷馬車とかで来たと思うんですけど……」
漬物は重い石を蓋の上に置いて作る。たくさんの家庭で作られているありふれた食べ物だ。
重い石は大抵、その辺に落ちているごく普通の石を拾って使う。
漬物石と見分けがつかないなら、召喚石を漬物の上に堂々と置いてもきっと怪しまれない。怪しくないから門番の記憶にもさして残らず運べるだろう。
「……うん……来てたよ~? 祭の日の数日前くらいにね~」
さすが『漬物王』さん。よく覚えているようだ。この方は、冒険がてら各地の漬物を食べ歩くのが趣味で、さらに自分でも漬物を作るという大の漬物好きだ。漬物を売っている商人は絶対覚えていると思っていた。
「……な~んかあったの~? 皆、今日、挙動がおかしいよ~」
「え?」
いろいろ質問しようとしたら『漬物王』さんは不思議なことを言い出した。
「実は、その漬物屋さんの姿が見えないから、今朝、商人ギルドまで行ってさ~。聞いてきたんだ~。『祭の日までいた漬物屋さんもう町にいないの?』ってさ~。ほら~、商人だったら商人ギルドでしょ~? そしたら周りがし~んとしちゃってね~。そこの受付さんが『それだ!』って叫ぶし、帰ってちょっとしたら騎士が数人で押しかけてくるし~」
彼らのパーティーは、昨日依頼を完了したため疲労が濃く、昼に冒険者ギルドに行こうと皆で決めていたそうだ。だから『漬物王』さんは午前中に、ずっと気になっていた漬物商人の行方を商人ギルドに聞きに行ったらしい。
何気なく聞いてみたら、そこの職員がひらめいたという顔をして、何かのファイルをひっくり返して捜し始めたとのことだ。
職員数人でその商人が当時泊まっていた家(不思議なことに宿で泊まらなかった、と職員は記憶していた)を調べ直す動きが始まり、そのときは『漬物王』さんも仕方なく帰ったのだそうだ。そのあと『漬物王』さん宅に、騎士が突撃しそうな勢いで押しかけたらしい。
「なぜか、漬物作っている場所まで案内させられてさ~。漬物石を一個一個ね、収納魔法に入れるんだよ~。入れたら納得してすぐ出して~、を繰り返してたんだけど~。……ま、漬物も石も没収されたわけじゃないからいいんだけどさ~。変な光景だったよ~。ど~してだろ~?」
「……さ~? わかりかねますね~」
あ、うっかり口調が似てしまった。
調べ終わった騎士は、その漬物売りの商人について「いつ頃から来ていたか、その人物の特徴、漬けている最中の漬物はいくつあったか、どんな会話をしたのか」などなど、根掘り葉掘り聞いてきたという。
「で、その漬物屋さんって……」
「シャーロット」
私も詳細を聞きたかったけれど、フェリオさんが間髪容れずに止めてきた。
「今朝のこと忘れたの」
「…………覚えてます」
まさかフェリオさんにまで止められるとは――。
しかもこの忠告で終わらず『漬物王』さんたちに「シャーロットにそれ以上情報を渡すな」とまで言う始末。彼らは私とフェリオさんのやりとりを見て、関わってはいけないと察したらしい。早々に去っていってしまった。
「騎士が動いているなら、こっちの出番はない」
「そうですわ、シャーロットさん。皆様にお任せしましょう?」
今朝のあの出来事――普段は糸目の人の目が開き、重要な話だと諭す……。それは効果抜群だった。
フェリオさんもメロディーさんも、サブマスの意を酌もうとしている。
(メロディーさんの旦那さんは騎士だから、すごく不安なはずなのに……)
今回の件は、領地に危険物を持ち込まれたのだから、この町の領主の管轄となる。騎士の皆さんは草の根を分けても犯人を捜し出し、真相を解明しようしていることだろう。
現在の領主は、二年前からここの領地を任されていて任期がまだ短い。だからこそ町を守るという姿勢を見せていかなければならないから、行動力がある。それは、その意を酌んだ騎士さんたちもだ。
メロディーさんは最近、旦那さんが疲れた顔をしていると言っていた。今朝の話でその理由がわかったはずなのに私のことも心配している。それが申し訳ない。
ちなみに、解体カウンターのほうからは特に語りかけてこない。タチアナさんは倉庫に引き籠もっており、カウンターにいるのは、頭にたんこぶがついている解体メンバーだった。
とにかく、二人に引き止められたので仕方なく理解を示した。
「わかりました。……では、いってきます」
カウンターを出て、ギルドの出入り口に向かう。
「ん。……ん!? 待て。どこに行く」
「わかりました」の言葉を聞いてほっとしたフェリオさんだったけど、私がカウンターを出たあたりで疑問の表情をあらわにして制止してきた。言葉と行動が合っていないと言わんばかりだ。
「……いやですね~。お昼に行ってくるんですよ~」
「……ややこしい」
「すみません。いってきまーす」
小走りでギルドを出たいけど、それをぐっと我慢して堂々と大股で歩く。
フェリオさんが後ろから「寄り道するな」と、子供相手のように注意した。
返事をしようと思ったけど、嘘の返事はできない。それに――。
とんっ。
「わ、すみませーん」
「――いいや」
ギルドに入ってくる人と腕がぶつかったので、謝ってから流れるようにギルドを出た。
その人は何だか見覚えがあった気がしたからだ。もしも話しかけられたら現場に着くのがもっと遅れてしまう。そういう心理が働いて、誰とぶつかったのかよく確認をせず歩き出した。
ギルドを出て、フェリオさんの死角まで離れると現場に急行した。
私はなぜ急いでいるか。
それはメロディーさんの旦那さんを思い出したとき『探索』スキルを発動したことで、とある場所で重大なことが起きているとわかったからだ。
私の『探索』スキルは、騎士は騎士で登録していて、さらにその中でもよく会う人を個別でわかるようにしている。メロディーさんの旦那さんのことも、以前尾けられたときにちゃんと個別登録していた。その旦那さんが同僚さんたちと、ある一点に集結していたのだ。
(そこだ。そこに召喚石に関係した何かがあるはず)
さすがに、仕事中に「人が集まっている気配が!」と抜けられないけど、今ちょうどお昼の時間だ。
これはツイている! 私の『運』が仕事をしてくれたようだ。
『探索』で確認したとき、ついつい気が急いてフェリオさん相手に余裕のない行動を取ってしまった。バレないかひやひやしたけど、何とか現場に着きそうだ。
「ここは通行止めだ。回り道をしてくれ」
着いたときには既に騎士たちによって通行止めが始まっていた。文句を言う人や野次馬で、ごった返している。
もっと奥のほうを見ると、一軒の小さめな家の中に突入している騎士の姿が見えた。
「あの空き家。今は誰も住んでないはずなんだがね、何かいるんかいな?」
通行止めをしている騎士に向けて、質問している人もいる。当然はっきりした返答は返ってこなかったけど、それが逆に例の件であることを物語っていた。
住人の言ったことを確かめるため、私も『探索』で見たけど何も反応がない。騎士の中にも『探索』スキルを持っている人がいるから、家の中が無人の可能性が高いことはわかるはず。しかし、油断せずに慎重に入っているようだ。『探索』に見つかりにくいスキルを持っている人や魔物もいるから、当然の動きと言える。
(ちょっと様子を見たら離れよう)
もう騎士たちが行動を始めているので、野次馬根性しか発揮できなかった。
少ししたらお昼を買いに行こう。
いや、いっそここで見物しながら食べてもいい。収納魔法の中にパンなど、軽く食べられる物も入っているし。
そう考えつつ、心なしか漬物のにおいがする騎士の近くで見ていたときだった――。
「――っ。これだ! 離れろ! くぁっ」
突然、件の家の中が騒がしくなった。
騎士の一人が怪我しているのが見える。
(何かいたんだ!)
騎士たちの行動に割って入るのは本意ではない。しゃしゃり出るなと怒られるかも……。しかし攻撃されているのなら、私の障壁魔法が役に立つはずだ。近くまで行くしかない。
通行止めをしている騎士たちは、誰一人通さないという意志の表れか、一人一人密着している。けれど隙間はある。後ろが騒々しくなったために注意が逸れた瞬間を狙い、騎士と騎士のあいだをするりと抜けた。私は細いので隙間を抜けるのは簡単だ。
「落ち着け。我々に任せてもらお……。なっ! おまっ、壁張り! 入ってくるな!」
野次馬たちを落ち着かせていた騎士が、自分たちの隙間をくぐっていく私を見て慌てた。
またもや不本意な称号で呼ばれたけど、気にせず走る。
なぜならその家は二階建てで、一階で何か起こったことで二階にいる人が出られなくなっている様子だからだ。
その二階にメロディーさんの旦那さんもいる。困っているのなら助けなければ!
走り抜けて開け放たれた扉の中を覗くと、何もいなかった。
攻撃されたのなら『探索』に引っかかりづらい人か魔物でもいたのかと思ったのに。
「何もな……」
何もない。と言いたかった口は半開きで止まる。
いた。
いや、あった。
がらんとした一階の壁近くに置かれた、何の変哲もない漬物石だ。
――いやこれは。これこそ…………。
『召喚石』
『鑑定』スキルでばっちり表示されている。噂の召喚石だ――!
ふつうの漬物石ならば『鑑定』スキルでの表示のされ方は『石:銅貨0~一枚』と出るだろう。
(この召喚石は価値が表示されない……。漬物石でさえ表示されるのに)
よく見るとその石は、石らしくない動作をし出した。
バチッッッ。
そのただの石にしか見えない召喚石は、突然光り出したのだ。
(発光している! いや、雷がまとわりついているような? いやいや、光の筋が石の周りを泳いでいるような?)
さすが召喚石。ごく普通の石に見えるけど、パリッと光っていておかしな物体だ。
先ほど怪我した騎士さんは、この石の攻撃を受けたのだろうか。
とにかく危険な雰囲気なので、いつもの障壁で囲む。床部分は石が邪魔で障壁を張れないから、底を抜かした五面で囲んだ。
何だか変な光景だ。
障壁で囲んだ中に漬物石があるという、石相手に障壁魔法を使う不思議な感覚……。ただ、その隙に二階の騎士たちは一階に下りることができそうだ。
「壁張り! いつもの青い障壁にしてくれ!」
大きい鈍器を両手で持ったメロディーさんの旦那さんは、外に出るかと思いきや、このまま召喚石を破壊することにしたようだ。
旦那さんの周りの騎士たちも、同じような武器を持っている。皆さんいつも愛用している武器ではない。召喚石を壊すための武器ということか。
いや、召喚石破壊用の武器というわけではない。『鑑定』で見ると普通の大きい鈍器。ハンマーや鎚などの武器だ。召喚石は特別な武器を使わず、普通に砕いて壊せる物なのかな……。
「わ、わかりました……!」
とにかくいつもの青い障壁にする。
外側からだけ攻撃ができる仕様の障壁だ。
変えようとしたそのとき。
――――ピシ――――!
「え」
パキ、キ。と、障壁から音がする。
「くそっ。壁張り職人の障壁でも駄目か。――一旦退避!」
騎士たちが急いで外に出て、散開する。
――――ピシ、パキキッ、バキーン。パリン、パリーン。
次々と音を立てて壊れていく障壁。最後の一枚もひび割れて、申し訳程度に立っているだけだ。つつくくらいで簡単に壊れるだろう。
「距離を取れ! 壁張りも離れろ!」
「えっ? え……」
過去には、キングコカトリスのつっつき攻撃にもびくともしなかった。
――なのに、石に負けてしまうなんて。
そんな思考の中、石が発する光の筋の先端が正面にいる私に向かってくる。
障壁を出しても割れちゃうんだろうな、と余計なことを考えてしまったから、足を後ろに出すのが遅れてしまった。
だから迫りくるその光がよく見えた。
直進してくるけれど、攻撃しようとしているというより、何かを捕まえようとしている動きに見えた――。
召喚石①~③ の話は、
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』chapter28~32 でも
ご覧いただけます。
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スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
https://www.yomonga.com/title/883
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