051: 召喚石② ~『威圧』スキル~
ギルドの地下にてサブマスの両目を見ることになった私なのだけど――。
「え……(うっ)」
言葉が出ない。
なぜなら、目に見えない圧力がかかっているからだ。
サブマスの瞳を初めて見たものだから、驚いた。けれど、それだけでこんなにも圧力がかかるものだろうか。座っているソファの背もたれに、押しつけられるような感覚があるのだ。
メロディーさんは「ひゃあっ」と、小さく叫んだ。
これは私に向けられているものなので、メロディーさんが怯える必要はないのだけど……。私の隣に座っていたから、もろに見てしまったらしい。いや、私への圧力の余波がメロディーさんを巻き込んだのかも……?
メロディーさんには申し訳ない。
でもサブマスのスキルは、あくまでも私に向けて発しているだけだから大丈夫。実際に『鑑定』で見ても、メロディーさんの状態は変わってない。
では、このビリビリくる感覚と、前からも上からも押さえつけられる感覚は何なのか。
『威圧』スキルと言うものだ。
『威圧』スキルというのは相手をたじろがせるスキルで、使用者によっては恐怖の状態異常も与えることができる。魔物も人も持つことができるスキルだ。
私に強い警告を発した――ということなのだろう。
サブマスの持っているスキルは『鑑定』スキルで確認できるから前々から知っていたけど、使ったところを見たことがなかった。とうとう本日、拝見できて嬉しい。
(サブマスの使う『威圧』スキルって、こういう使い方するんだ~)
使い方はわかったけど、サブマスが使う『威圧』に恐怖の効果があるかはわからない。私は恐怖の状態異常にも耐性があるから、その効果があったとしても自然と無効にしてしまうからだ。
(私以外の誰かに『威圧』スキルを向けてくれないとわからないなぁ)
私はそう思いつつも、開眼した瞳の色のほうが気になってしまった。
「――サブマスの目、初めて見ました。グリーンにゴールドが交じった瞳で、金髪とも相まって、奇麗ですねー」
「っ……! …………」
それを聞いたサブマスは苦虫を噛みつぶしたような顔になり、ふたたび細目に戻ってしまった。ついでに舌打ちも聞こえたような……。気のせいだろう。
しかし細目になっても、腕組みしながら私をずっとにらんでいる。
「……シャーロット。召喚石やそれに関わるもんを廃棄・破壊する法ってのがあるんだと。それに引っかりそうだから、こいつも首突っ込むなって言ってんだ」
横目でサブマスの様子を確認したギルマスが、私の発言の何がまずかったのか説明した。
「……? 召喚石を廃棄、破壊……ですか?」
今回の石を破壊したのも、危ないという理由だけではなく、法律に基づいてやったものなのだろうか。
そう考えつつ隣のメロディーさんの様子が気になった。まだのけぞっている。でも『恐怖』の状態異常にかかってないから大丈夫だろう。
「……文字どおり、召喚石などをこの世から消し去るための法さ」
未だに私を渋い顔で見ているサブマスが、珍しくいらついた様子で話し出した。腕組みした指を、とんとんと自身の腕に当てている。
聞くと昔、初代王が国を治めるにあたって、召喚石を徹底的に壊すことを決めたそうだ。自国はもちろん同盟諸国にもそれを強いたという。それらしい物は全部出させ、破壊していったらしい。
そして一部の組織を除き、召喚石や召喚の方法に関わる情報・知識を取得することを禁止した。
――召喚石に関係のある物や資料を作らない、作らせない、持たない、持ち込ませない、見つければ即破壊、破棄する――。
建国してからずっと守られているきまりなのだそうだ。
「これから、そんな危険物に関わりのある人捜しを再度やってもらうわけだけど。……君たちにこの話をしたのは、それくらい危険な物だということを自覚してもらいたくてね」
本当は話すことで、召喚石という危険物の存在を知られたくなかった。しかし、知らないままで調べることのほうが危険だと判断し、人数を絞って防音になっている地下にて、話すことにしたとのことだ。
「召喚石をこの世から消し去るための法と言っただろう? これは、ただ召喚石を破壊するだけではないんだ。召喚石という存在自体を、いつの日か人々の記憶から消し去ることが目的でもある――」
そして今度は私だけを見て、続ける。
「つまり、知らないことは知らないままにしておきなさい――ということだよ。特にシャルちゃん。好奇心は今回、――封印しなさい!」
再度、目を開けて『威圧』をぶつけてくるサブマス。メロディーさんはサッとソファの端っこに身体を傾け、私から離れた。
(メロディーさん、ギルドで働き始めた当初はあたふたしていたのに……。最近は慣れてきたなぁ。危ないときは、すぐ逃げられるようになってる)
さっきよりも強めの『威圧』だけど、二回目なので私は余裕で構えていられる。
しかし「サブマスの威圧はこんなものですかー?」とでも言おうものなら、さすがに怒りが爆発してしまうかもしれない。今度は攻撃魔法が来てしまうかも。
素直に返事をしておこう。元気に……じゃなくて、しおらしく――。
「はぃ……」
「…………」
弱々しげに返事をしたのに、サブマスは全く糸目に戻らない。私のこと、まだ疑っているのだろうか。
困ったなぁ、と思っていたところにギルマスが「……そこまでにしろ」と止めてくれた。
「……シャーロットもな、本当のこと言うと……、カラクと話し合って、お前には話さないでおこうって案もあったんだからな」
「えっ」
まさかの『のけ者』案に私は驚く。
「今の話を聞いて、かなりまずいってこた……わかっただろ。本当は知らないほうがいいんだ。知らなくていいこともある」
サブマスに代わり、今度はギルマスが私に言い含めるように話す。
「だがな……。お前はこういうことにすぐ勘づくからな。隠していても必ず突き止めようとするし、むしろ隠すことでお前が余計な行動をするほうが危ない――と、二人で結論を出したんだ」
「そう。君は気になることを見つけたら、一人で駆けていくことがあるからね。たまに相談をすっとばして結果だけ持ってくるから驚かせてもらっているよ。……あのスタンピードのときだって、終わりかけているのに、わざわざ奥まで行ったようだし」
――現場を見ていなければ意地でも隠しとおしたのに――。
腹立たしげに話すサブマスター――本名:カラク・カーバントさん。
(ギルマスもサブマスも、そんなに私に関わらせたくないのか……)
ギルマスもサブマスも、着任時は特に仲がよいわけではなかった。
二年経った今では、ギルマスはサブマスのことを名前で呼ぶし、サブマスはギルマスに相談するくらい打ち解けていた。
そんな二人に真面目に諭されたものだから、「はい」と言うしかない。
その返事を聞いて、ようやくサブマスの雰囲気が少し和らぐ。
ギルマスも満足し、全員に向けて、何か見つけたら必ず自分たちに声をかけるよう厳命した。
「――――ねぇ、そろそろ聞いてもいい?」
ここで解散という雰囲気が漂った直後、今まで空気的存在だったタチアナさんが声を発した。
「何だ? タチアナ」
「ウチは石とかどうでもいいのよ。ただ、スタンピードで出た例の魔物のことは気になるわけ。あれは召喚された魔物ってことでいいの?」
タチアナさんの気配が薄かったのは、石の話題だったかららしい。魔物の話じゃないと食いつく気がないところはさすがだ。
しかも気づいたらお酒を飲んでいた。私が注意されているあいだに、堂々と飲んでいたのだ。
「……タチアナちゃん、お酒はしまいなさい。地下でもギルドだからね、ここは。あの魔物は――うん、そういうことになるね。だから魔物図鑑に載っていないんだ。……この世界のモノではないということだね」
「やっぱり! つまり、我らが初代王の世界から来たってことでしょ!?」
サブマスからこの世界の魔物ではないと聞いて、わくわくするタチアナさん。先日痛い目を見たのに、喉元過ぎれば熱さを忘れるを地で行くらしい。鼻息を荒くしている。
対して私は否を唱えた。
「そんなこと、ありえないですよ」
タチアナさんが召喚勇者の故郷から来た魔物と決めつけるから、私も思わず違うと言ってしまった。
「どうしてよ?」
「ぁ、えーと、ほら。初代王って、私たちとあまり変わらない姿だったんですよね。あの魔物は人とは違う姿形でしたよ?」
「人だけ召喚するわけじゃないでしょ。向こうの世界の魔物かもしれないじゃないっ! ひょひょ」
(私がいたとき、あんなのいなかったけどなぁ)
目をキラキラさせ、変な笑みを浮かべているタチアナさんを前に、この部分だけはぐっと飲みこんだ。
初代王が広めた文化は私の元いた世界と似ているけれど、私と全く同じ世界から来たという証拠がない。それに私の記憶も最近ではあやふやだから、もしかしたらあんな魔物も普通にいた可能性だってある……かもしれない……?
「初代王と同じ世界から来たというのは、僕も時期尚早だと言わせてもらうよ」
考え込んでいた私に、サブマスもそう決めつけるのは早いと言う。
「こういうのはちゃんと調べている組織があるのだから、そこが発表しない限り何とも言えないね」
先ほど話にあった召喚石の知識などは『一部の組織だけを除き』取得できないということだった――つまり、その一部の組織だけは、召喚石や召喚されたものを調べることが許されているのだ。
その者たちが現在調べ中だろう、ということらしい。
「……タチアナちゃん。そういえば君も、珍しい魔物がいるとすぐ走り出す癖があったね」
「え」
「確か、まだ生きている魔物を前に逃げもせず触ろうとしていたと聞いたよ」
タチアナさんが怪我をしたときの出来事を言いたいのだろう。それを聞いて、タチアナさんはバッと私のほうを見る。
(いえ! 私はサブマスにしゃべってません!)
私はふるふるっと首を横に振って、サブマスに告げ口していないことを主張した。
「前回のことだけじゃないよ。そういう行動はよく見るからね。前々から注意してきたつもりだったけど、どうも伝わってないようだ――ね」
「いやっ。そんなつもりはないの……っ!? ひっ、ぎゃぃぃぃ――――!」
サブマスは、今度はタチアナさんに『威圧』を向けた。
タチアナさんは、背中を背もたれに押しつける格好で硬直し、つぶれた声を上げる。
そんな異様な状況の中「サブマスの『威圧』の効果を確認できるチャンス!」と思った私は『鑑定』スキルでタチアナさんを見る。
『状態異常:恐怖、麻痺』
――おお! まさかの、二つ同時の状態異常! すごい! さすが、伊達に年を取ってない!
「タチアナちゃん――珍しい魔物を見てもすぐ行動しないこと。いいね」
「もちっ、もちろんよぅ……」
タチアナさんはかたかた震えながら涙目で答える。
サブマスはその返事を聞いて満足したのか、いつもの糸目に戻った。
その途端にタチアナさんは糸が切れたようにソファに沈み込んだ。状態異常も消えている。どうやらサブマスの目が開いているときだけ状態異常にかかるらしい。
そしてタチアナさんがぐったりとしていると、フェリオさんが何もなかったかのように元の場所――タチアナさんの隣に座った。ひらひらと羽を動かしソファの上から戻ってきて、そのまま着席したのだ。
実はサブマスがタチアナさんに声をかけた際、フェリオさんは素早く羽根を動かして座っていたソファから飛び上がっていた。
先ほどのメロディーさんの様子を見たからだろう……サブマスがタチアナさんに顔を向けた瞬間、これから何が起こるか感じ取り、逃げていたのだ。
「ふう。いやぁ、よかった。シャルちゃんに『おじいちゃん、おじいちゃん』と言われるから、衰えてしまったのかと思ったよ。シャルちゃんは鈍感なだけなんだね。納得だよ。たまにいるからね鈍感な人」
ほっとしている雰囲気のサブマスは、自身の『威圧』スキルの威力が衰えていないことを確認できて嬉しそうだ。私に二回も向けてからタチアナさんにも仕掛けたのは、ちゃんと効果があるのか知りたかったから……かな。
そんなサブマスは目頭を押さえて「朝から疲れたよ」と言っている。特殊な使い方をしているから身体にかかる負担が大きいようだ。
ちなみに私に『威圧』が効かなかったのは“鈍感”だからではなく“『精神値』が高い” おかげだ。私は『精神』の値が、自身の能力値の中で一番高く、恐怖も麻痺も耐性がある。だから押された感覚しか感じないらしい。
「うわぁぁん、メロディ~。(くそ)サブマスとシャーロットがいじめるよぅ」
タチアナさんはこの中で慰めてくれそうな人物を選び出し、駆け寄った。
私のとばっちりであることは明白なので、ぽそっと言った「くそ」が当人の耳に届かないよう祈っておく。
「……ま、俺たちは許される範囲で調べを進めるとしようや。言わなくてもわかるだろうが、ここでの話は絶対漏らさんようにな」
ギルマスがニカッと笑って、朝の特別会議を終了させた――。
――そんなこんなで書類をぺらぺらめくっていたわけだけど、怪しい人物捜しは難しい。
ダンジョンで有名な町なだけに、初めて来る人はたくさんいる。そのままテーブル山ダンジョンに行くなり、依頼を受注してどこか遠くに行く人もいる。このままでは怪しいパーティー、怪しい人だらけだ。
「こんちわ~。依頼完了~」
そんな作業をしているところで、全員個性的な称号を持つパーティーが依頼を完了して戻ってきた。私は完了処理をしながら『鑑定』で称号を見て、ふと、あることに気づく。
彼らは自身の名前で呼ばれるよりも、二つ名で呼ばれることを好むパーティーだ。
『宝石泥棒狩り』さん。
『岩盤浴マッピング』さん。
『漬物王』さん。
『投石切り込み隊長』さん。
あの召喚石……話を聞くかぎりアレに似ていると思っていた。
何の変哲もない石だからこそ、アレに使う。
こちらのパーティーの中からこの方に話を聞こうと思った。
私が声をかけたのは――。
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コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』chapter29 にて
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