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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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049: 解体リーダー・タチアナ⑤



「おっしゃぁぁ!」


 倉庫に野太い声が響き渡る。

 作業台や道具などが散らばり、障害の多い室内で倒すことになったリーダー三名は、そんな不自由な場所でも難なく戦い終えることができたらしい。


 三人が終わりの合図を告げたのもそうだけど、そばにいる解体メンバーが「やったー」と拍手をしていることでわかった。私たちがいる倉庫の奥は戦闘場所から死角になっているけれど、障壁の隅っこからならちょこっと見えるようだ。ちなみに戦闘を見るのに夢中になってうっかり外に出られては困るので、障壁は両面ともはじく構造にしていた。


「姐さ~ん。そろそろ出番ですよー」


 そして障壁の隅っこから帰ってきて、タチアナさんに呼びかけたけど、彼女は気絶しているのでまだ起きない。


 パチパチパチパチ――。

 向こうでも拍手する音が聞こえる。


「素晴らしいね。こんなに早く終わるとは思ってなかったよ。三人ともありがとう。よくやってくれた」


 三人を賛美したサブマスは早速、避難していた解体チームに魔物の解体作業を頼む。ぞろぞろ再入室する解体メンバーたちは――。


「おおお! こんなに綺麗に倒されているぞ!」

「急いで台に乗せろ」

「このレール曲がってね」

「そういえばジャガーひっかかってたわ。そんときだ」

「パンパンプキン戻すぞー」


 がやがやと、それぞれの作業に移っていった。


「…………はあっ。で、できました! こんなに素早くできたのは初めてですっ」


 こちらはようやく治癒をし終えて、自信に満ちた表情をしている治癒魔法使いさん。私も確認したけど、タチアナさんはちゃんと回復していた。

 ちなみに治癒魔法をかけていた彼女を『鑑定』したけど、『人体学』スキルは発現しなかった。

 内出血を治したくらいではダメだったか、それとも付け焼刃だったからか……。


「お金が貯まったらこの図鑑を買って、全ページを読むともっと技術が上がりますよ」


 治療院の宣伝をしているわけではないけど、冒険者の治癒魔法使いもこういった書物で勉強して、パーティーの生存率を上げたほうがいいと思う。だからちゃんと伝えた。


「姐さ~ん、起きてください! 解体始めますよ! …………インペリガジャー(・・・・)捌いちゃいますからねっ」


 再度近くの女性解体メンバーが言うと、それまで沈黙していたタチアナさんは跳ね起きた。


「っ……へぁ!? ぃ、インペリアル、トパーズジャガーは、ウチが、ウチがやるのよぅ…………! あれっ?」


 治癒がうまくいって無事復活したようだ。よかったよかった。

 それに寝起きでも魔物の名前は綺麗に言えている。


「行くわよ~! シャーロットっ、この障壁解いて」


「はいはい。あと服! びらっとなってますよ」


 タチアナさんに、上半身の服が破れているのを指摘した。ジャガーの爪で破れ、肌色が必要以上に見えている。しかし本人は全く気にせず、我先にと走っていく。

 慌てて解体メンバーさんが、並走して自身の上着を着せていた。


 あ、そういえば肝心の料金が支払われてないではないか。

 治癒魔法使いさんには「ちゃんと代金もらうんですよ」と言っておいた。『ギルドの職員が冒険者相手に出し渋った』という噂が立っては大変だ。タチアナさんにもすみやかに払うよう忠告しておこう。


 倉庫内はインペリアルトパーズジャガーを中心に、人が集まっている。

 珍客を倒したことで、ようやくいつものギルドが再開するようだった。



 ○●○●



 解体専用倉庫はまだ雑然としているものの、先ほどとは打って変わった静けさがあった。倉庫の片隅で講習会を開いているタチアナさんの声も、特に気にならない。

 近くでギルマスが話す内容が聞こえればそれでいい。


「っつうわけで今回のジャガー事件、偶然が重なったといった感じだな。……少々信じがたいが」


 倉庫内で刃物を動かしながら、私たちに話すギルマス。パンパンプキンの魔石部分をくり抜いていた。体が大きいからパンパンプキンが小さく見えるし、私よりも手際がいい。


 ギルマスはパンパンプキンヘッド討伐に行った冒険者たちに話を聞き、ジャガーが元々いたとされるダンジョンの距離を鑑み、今回の事件の全容を打ち明けた。


 まず紛れていたインペリアルトパーズジャガーは、スタンピードを起こしたダンジョンから来たもので間違いないと結論づけていた。

 今回ジャガーが放たれたダンジョンは、アーリズの町から北北東にある。

 ジャガーは暖かい南の地域を好む特性があるので、ダンジョンから放たれたあとは暮らしやすい南の方角へ移動していたのではないか、と考えられた。それをパンパンプキンヘッド狩りの冒険者たちが、途中でうっかり持ち帰ってしまったらしい。

 移動距離と移動時間からいって、考えられないことではないとのことだった。


 次に、ジャガーが紛れ込んだ経緯だ。

 三パーティーで討伐しに行った冒険者たちは、大まかに討伐したあとの掃討戦は各パーティーに分かれて続けていたらしい。


 そのうちの一パーティー――治癒魔法使いさんがいたところは、パンパンプキンヘッドを倒して保存箱にしまっていると、別の方向にまだ多くいると気づいたそうだ。

 そしてつい、箱を開けっ放しにしたまま戦いに行ってしまった。もちろん全員でだ。

 終わったと思ったらまた別の方向にいるのに気づいて、さらに保存箱から離れてしまう。


 実はこのあたりから怪我人……というか、内出血者が出ていた。

 一人調子が悪くなると、他の者に負担がかかり、さらに怪我人が増えていく――という悪循環になってしまったそうだ。そんな状況は、パーティー内の空気が悪くなるばかりだった。なんとか終えて帰ってきて、開けっ放しの箱にパンパンプキンを投げ入れ、中身の確認などすることもなく鍵を閉めて荷馬車に乗せたそうだ。

 重く感じたけれど、怪我人の力が出ていないのだろうと思って、お互い言及しなかった。


「このときすでに、ジャガーが入ってしまっていたんですね」


「インペリアルトパーズジャガーは元々、暑い気候のオレンジ色がかった森に生息していてね。休むときは同じ色に紛れるように休むんだ。同じ色のパンパンプキンを見て、故郷でも思い出したのかもね。外はずっと雨が降っていたから体温も低かったろうし、体力を回復させたかったんだと思うよ」


 そう説明してくれるのは、サブマスだ。バサッ、ガサッとパンパンプキンの茎や葉を選別している。

 インペリアルトパーズジャガーが出るダンジョン内でもそんな環境の区画が存在するから、その場所の色と近い状態になっていた保存箱にもぐり込んだようだ。


 そして三パーティーとも仕事を終えて集合し、怪我人がいる状況を考え早く帰ることに決定した。

 なぜなら他に治癒魔法使いはおらず、回復ポーションか薬くらいしかない。念のため薬草は貼ったけれども、高ランクの治癒魔法と違い、ぱっとは治らなかった。


「門番も気づかなかったのでしょうか?」


 一緒に作業をしていたメロディーさんは、私と同じくノミと槌でこんこん叩きながら尋ねた。


「荷馬車三台で行っただろ? あのジャガーが入っていたやつが最後だったらしくて、ぱっと見て終わったんだと」


 元気が余っている二つのパーティーが、まず討伐したパンパンプキンヘッドを見せたそうだ。その際、三台目の荷馬車に怪我人が出ているので、手早くやってほしいと伝えている。


 三台目の荷物確認は蓋を申し訳程度に開け、同じものしか入っていないと確認すると、すぐ通したとのことだ。門番を責めるのは酷だろう。ぱっと見てオレンジ色だから、同じものが入っていると認識するだろうし、まさかジャガーが入っているとは思わないだろうから。


 しかも空は暗く雨も強かった。視覚でも聴覚でも判別しにくい環境だった。

 さらに門番にとっては全員顔見知りで、今まで問題を起こしたことのない優良な冒険者たちだったということもある。

 怪我をしている彼らを気の毒に思ったらしく、善意で手早く済ませてくれたそうだ。


 そしてギルドに到着し、比較的暖かい倉庫に入って蓋を全開にしたことにより、ジャガーが活動を再開した――。


 以上により今回のジャガー忍び込み事件は、偶然に偶然が重なったことでアーリズのギルドにたどり着いてしまった、と結論を出した。重傷者が出ることなく、極めて穏便に片付いた事件だったということだ。


「……びっくりですね……。それに強運というか…………」


 こんっこんっ。ポロッ。カツン。

 パンパンプキンの魔石取りをする音が響く。私とメロディーさんとギルマスの三人でさっきからこの作業を繰り返していた。


「そうだ。運がいいよな。パンパンプキン倒しているときに遭遇してれば、あいつら危なかったぞ」


「門前で暴れ出しても大変だったね」


 ギルマスは手早く魔石取りをして、サブマスはずっと緑と格闘しながら話す。

 ジャガーと遭遇しても、パンパンプキンヘッド討伐パーティーでは倒せたか怪しい。街中で暴れられたら、今頃ギルマスとサブマスは謝罪回りだ。ここでパンパンプキンを触っている時間はなかっただろう。

 もちろん、未遂だったからといって、伝えてないわけではない。今回の事件は町の関係各所に説明済みとのことだ。


 ちなみに現在フェリオさんは、カウンターに残っている。手が回らなくなったらこっちへ呼びに来るので、それまでは皆でパンパンプキンヘッドの解体作業だ。


「――――ごらんなさい! この毛皮とインペリアルトパーズのハーモニーを! 美しいわっっ!」


 タチアナさんが解体チーム内で、インペリアルトパーズジャガーの解体実演講習会を開いている。アーリズにいてはお目にかかる機会のない魔物を解体する場合、メンバー全員の技術の向上を目指し、こういった講習を開いているのだ。

 だからその間、ギルマス、サブマス、メロディーさんと私は解体の手伝いをしていた。


「タチアナちゃん。終わったならこっちの解体に戻……あ、この形っ。ぶっふ……」


 解体講習が終わったのに、まだ毛皮をすりすり触っているタチアナさんを見て、サブマスが注意する。しかし彼はすべてを伝える前に茎か葉に何か面白いものを発見したらしく、吹き出してしまってまらなかった。

 さて、話をジャガーに戻そう。


『運も実力のうち』


 この言葉は、こっちの世界にもある。

 実はまさにそのとおりで『鑑定』スキルで『運』の項目があるのだ。


 今回の討伐パーティーで一番数値が高いのは、件の治癒魔法使いさんだった。それに彼女のパーティーは全員『運』が高めだったのだ。

 彼女たちは無意識の『運』の力で自身や仲間、近くの村人をジャガーから守り、アーリズの町の被害を抑えたのだろうか。


 倉庫にはたまたま私がいた。最近では解体作業に呼ばれなかった私が、パンパンプキンの量が多いからと呼ばれて入ったのだ。だからジャガーが暴れ回ったものの、障壁魔法によって外に出るようなことはなかった。


 ギルドに人が少なかったのに、たまたま昨日の報告で来ていた冒険者三人は、ジャガーを倒せる人たちだった。


 ギルドもそうだ。ジャガーが攻撃したのはギルド関係者であって、一般人ではない。しかも今はぴんぴんしている。改善点はあるものの大きな問題にならず、トップ二人は内心ほっとしているはずだ。


 ジャガーを連れてきたパーティーの治癒魔法使いさん――彼女にいたっては、私から図鑑を見て技術も上昇させることができた。


 この『運』という能力は、私でも完全には説明できない値だ。『体力』『魔力』などはどういう能力値か説明しやすいけど、『運』は今でも難しい。


 今度、魔王様に尋ねる機会があれば聞いてみようかな。私に不都合な話題が出たときに、話をそらすためにでも聞いてみよう。


 いや、その前に新魔道具かな。この『運』は、その魔道具でわかるようになっているのだろうか。

 わかるようになっていたら大発見だ。今までの常識を覆すだろう。『運』の項目が本当にあるなんて考えてもみなかった――と。


 そうそう。件の『運』のいい彼女の仲間たちの件についてがまだだった。

 彼らは、ジャガーが自分たちの預かっていた保存箱から出てきたと聞き、ひどく驚いていた。そして彼女一人を残したことを反省し、申し訳ないと謝っていたようだ。

 この件に関しては、故意に彼女を一人にしたのではなく、彼女以外全員が怪我人だったから、全員で治療院にお世話になっていたらしい。治癒魔法使いを怪我させないように采配を振るのは、パーティーとして基本中の基本だ。今後も期待できるパーティーと言えるだろう。




 そしてこの日の帰り――。

 更なる幸運な者たちへ会いに行った。


「はい。持ってきたよ~」


「やった~! パンパンプキン! ありがとー」


「さっきも言ったけど、割れてるんだからね?」


 私は孤児院にやってきていた。割れたパンパンプキンをあげるために収納魔法で運んできたのだ。


 あのジャガーのせいで、割れてしまったパンパンプキンは、もちろん売りに出せない。ちょっと割れたけど中身は無事な物もあって、ギルマスはほしい人にあげることにした。そのまま捨てるのはもったいないのでもらってきたのだ。


 ちょうど依頼を完遂させた孤児院の子供たちに「知ってるよー。荷馬車が三台も帰ってきたこと~。大量討伐だったんでしょ」と、言われたというのもある。

 彼らはこういうときに鼻が利く。「何か捨てる物があるならちょうだい」とかわいい笑顔でやってきたのだ。

 だから、割れたのでいいならあとでパンパンプキンを持っていくと伝えていた。


「毎回すみません。……でも、本当の本当にいいんですね? あとで請求されませんね?」


「大丈夫ですよ。見てください。割れているんです。売れないんですよ」


 あとでお金を要求されないか確認しているのは、孤児院をやっている院長先生だ。子供を守るという意識が強く用心深い。

「このくらい割れた程度でもったいない」という院長先生に、ちゃんと割れたところを削るよう言った。この世界には「衛生」の概念がほぼないから守ってくれるか怪しいけど、伝えるには伝えた。


 今回は重いから私が孤児院に持ってきたけれど、いつもは孤児院の子たちが残ったものを持ち帰ることが多い。こそこそやってきて「余り物ちょーだいっ」と、タチアナさんに擦り寄るのだ。

 タチアナさんも「タチアナおねえちゃん、かわいいっ。好きっ」と言われ、ついつい渡してしまっている。といっても、タチアナさんは解体時きっちりとした仕事をするから、渡すのはどれも本当に切れ端のような物ばかりだ。


 あと、私が進んで孤児院におすそ分けを持っていくことがある。

 子供の頃に赤の他人のおかあさんに助けられたから、こういう行動をするのかもしれない……。

 それに『鑑定』にてこの子たちに伸びしろがあると確信している。


(このまま大きくなって、ゆくゆくはSランク、SSランクになってくれたらいいなぁ)


 そう考えながら帰り道を歩いていると、夫婦で寄り添って帰るメロディーさんたちを発見した。

 彼女もギルドでパンパンプキンをもらっていて、迎えにきた旦那さんが代わりに持っている。その姿は微笑ましかった。


 もちろん私ももらっている。

 けど、それよりも明日からパテシさんのお店に行くことが重要だ。パンパンプキンパイ、パンパンプキンプリン、クッキーやタルトもあるかもしれない。

 とにかく楽しみだ!




解体リーダー・タチアナ編 の話は、

コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』chapter23~27 でも

ご覧いただけます。

ご興味ありましたら、ぜひスマホにてご覧ください。


スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌

https://www.yomonga.com/title/883


お手数ですが、スマホで上記のアドレスをコピペしてご覧ください。


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