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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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047: 解体リーダー・タチアナ③



 タチアナさんの身体が崩れたのを見て、急いで魔物と彼女のあいだに障壁を張った。魔物の二撃目の攻撃――噛みつきは、障壁に阻まれて牙がガキッと音を鳴らす。


 オレンジ色の毛並み。体表面にところどころ輝く同じ色の光。鋭い牙と爪。猫のような四足歩行の、しかし大型の魔物。


 インペリアルトパーズジャガーだ。


 ここら一帯ではまず見かけない珍しい魔物であり、最近の情報で『スタンピードにより出てきた』とは書いてあったけど、ほぼ討伐済みとあった。もれがあったとしても件のダンジョンはかなり遠い場所だ。

 ――ただ、なぜここにいるかは置いておこう。急いでこの危険な魔物を閉じ込めないと。


 しかし障壁で囲もうとすると、すばやい動きでするっと逃げられてしまう。しかも、作業台や保存箱に当たって上手くいかない。それに逃げられるたびに、倉庫にいる皆が散り散りになってしまう。

 危ないので方向性を逆にした。いや、本来の障壁魔法の使い方にしたのだ。


 つまり魔物を閉じ込めるのではなく、被害が出ないように自分たちを障壁で囲むことにした。


 解体メンバーも近くにいた冒険者もバラバラに逃げたものだから、それぞれの人数ごとに細かく囲むように障壁を張る。

 囲むというのは六面体の障壁を、床の部分だけ抜かした状態のことだ。その中に入ってもらう。これで、横からの攻撃も上からの攻撃も安全だ。そして――。


「う、うおおおお! 今だ。くらえ! 火炎弾!」


「あ、バカ!」


 余裕がある作りとはいえ、狭い中で魔法を繰り出した魔法使いさん。

 その彼に、タチアナさんが悪態をつく。

 しかし問題ない。

 障壁で阻まれ、火はぼひゅっと少し音がして消えた。


 解体チームや冒険者の皆さんが、転んでうっかり出ないように、外側からも内側からもはじく構造にしていたのだ。当然、味方の攻撃魔法もはじく。


「アンタっ! 何やってんのよ! 燃やし、たら…………毛皮と宝石がダメになるでしょ! アレがっ……何の魔物か知らないの!? ぐっ……」


 女性解体メンバーにお姫様だっこされながら、すさまじい剣幕で怒るタチアナさん。怪我をして相当痛いはずなのに、声に張りがある。


(というより、街中や室内で火の攻撃魔法は禁止なんだけど……)


 怒るポイントが違う。


「え。す、すみません! えっと、あれだ! オレンジな魔物!」


「違うっ!」


 男性魔法使いさんは、タチアナさんの「何の魔物か」について答えたけど、頭がパンクしているようで名前が出てこない。または本当に知らないか。


「あっ、インテリジャガーですよ」


「集中しなさいっ」


 女性の治癒魔法使いさんはタチアナさんに魔法を使いながら答え、その患者であるタチアナさんに怒られた。タチアナさんの容体は『鑑定』で見ると、肋骨が骨折するほどの攻撃とはいえ、骨が治りつつある。


(治癒魔法は任せて大丈夫そう)


 ちなみにタチアナさんの周りに女性しかいないのは、引っかき攻撃が胸元だったからだ。



「イン()リアルトパーズダガ(・・)ーだ! すご! こんなに近くで見られるなんてっ」


 こちらは倉庫の隅から聞こえた。

 なぜなら解体メンバーの一人を、倉庫の隅っこに押し込んでしまったからだ。たまたま(はじ)にいたし……、隅っこなら障壁一枚で済むと思って……ね。


 ジャガーは跳躍するので、床から天井近くまで長く伸ばした障壁になってしまった。これによって彼は、直立姿勢になるほかなかったし、障壁も目と鼻の先と言っていいほど近い。ジャガーに目をつけられたことによって目の前まで迫られ、障壁に爪を立てられ、不快な音を間近で聞くことになってしまった。

 私だったら勘弁してほしいけど、本人は興奮して名前を間違えるくらい嬉しそうだった。


「あ! ずるいっ! 代わりなさいよっ」


「治癒魔法中は、動かないでくださいっ」


 タチアナさんは魔物が大好きだから、あんなに近くで見ている仲間が羨ましいようだ。


(インペリアルトパーズがじゃーですよ。……いやいや、こっちはこっちで集中集中)


 そう。『いいにくい魔物ランキング』または『間違えて覚えているランキング』があれば上位を目指せる魔物、インペリアルトパーズジャガー。

 インペリアルトパーズというオレンジ色の宝石が、模様のようについていることが由来している。

 そんな言いにくい魔物は、この殺風景な倉庫の片隅に輝かしい背中をさらし、傍から見ればとても綺麗だ。

 そして倉庫内は、タチアナさんの髪に、パンパンプキンに、このインペリアルトパーズジャガーとオレンジ色尽くしとなっている。


 ――さて、私が隅っこの解体メンバーさんを囮にして、何をやっていたかというと――。

 ジャガーがギルドから逃げ出さないように、障壁を作っていた。窓や大扉側、カウンターに続くドアにも障壁を設置。急いでいるので雑だけど、これでジャガーが外に出てしまう危険はなくなる。


 次に、各所にいる箱詰め状態の人たちを私の近くに、または一箇所に集めて守りやすくしよう。

 そのためにも箱詰めの人たちとこの魔物のあいだに、安全に移動できる道が必要だ。さらに障壁を作っていく。


 当初はジャガーが隅っこに夢中になっている隙に、今度こそ障壁で閉じこめようと思った。けど、近くに作業台があり、閉じこめる前にひっかかって逃げられそうだから、先に全員をこちらに集めることにしたというわけだ。

 その中には、怪我をしているタチアナさんもいるから、魔物をどうにかする前に安全最優先にした。


 ジャガーがこちらに来れないように壁を張ろうとしているけど、室内はなかなかやりにくい。床に固定された作業台、椅子、保存箱と障害物だらけ。さらには――。


 ガキン。


「え、あ。レールか」


 ここは魔物解体専用の倉庫だ。魔物を逆さに吊り下げて捌くことができる作業場があり、そのときに使うレールと障壁がぶつかったのだ。


「こうでもないし、この角度だと……机にぶつかる……、あ、やっぱりこっちに。……天井も邪魔だなぁ……」


 この倉庫は吹き抜けになっている場所もあるけど、カウンターのドアに続く場所は吹き抜けていないので、そこの高低差の調整が難しい。

 そして何とか壁を作るも、つぎはぎだらけで、がたがた不恰好な壁が出来上がってしまった。

 しかしこれで全員移動できそうだ。箱型の障壁を消して皆を誘導することにした。


「こっちに移動してくださーい」


 隅っこの人には、まだ囮になってもらおう――と思っていた矢先。

 ジャガーが人の移動に気づいてタタッと走り出し、グアアアァ! と吠えながら不恰好な障壁に飛び込んできた。


 それでも障壁ではじくから問題ないと思ったけれど、どうも隙間があったらしい。障壁と天井の隙間から腕がにゅっと入り、続いて上半身も入り込んでくる。

 どうしよう、距離感を間違えてしまったんだ。レールを避けつつぴったり張ったはずだったのに……。


「――やあっ!!」


 しかし、そこに冒険者さんが一人、避難中の人たちと魔物のあいだに割り込んでくれた。自分の武器でジャガーの爪をはじき、時間を稼いでくれたおかげで、何とか全員こちらの安全地帯へ移動できた。

 時間を稼いでくれた冒険者さんも無事こちらに来てくれたので、私は謝った。


「すみません!」

「問題ないよ」


 インペリアルトパーズジャガーは、そのあと結局するっと入り大扉の広い場所に移動してしまう。

 だけどこれで、隅っこに押しやられていた人から魔物が離れた。この隙に彼も移動してもらった。

 さすがに、恐怖やら混乱やらの状態異常になったかと思ったけど、思いのほかピンピンしていた。


「お、おれ! あんなに近くで見たの初めてだ! うっはああ」


 むしろタチアナさんに毒されていたようで、目を輝かせている。

 肝心のタチアナさんはというと、女性治癒魔法使いさんがまだ治癒魔法を使っていた。


「ウ、ウチがあの皮をはぐのよ~!! 逃がしたら……許さないっ! パ……っプキンも、まもるのよっ」


 残念ながら、すでに数個ダメになってしまっているけれど、残っているものは箱型の障壁をかぶせている。

 障壁も出しすぎると管理しにくいので、パンパンプキンのためにも先ほどのがたがた障壁は消した。魔物にとっては広々としてしまったけれど、この倉庫からは出られないのでよしとしよう。


「しっかし、どうする? このメンバーでは倒せないよ」


 先ほどジャガーの爪攻撃をはじいた冒険者さんが聞いてきた。

 今ここにいる者たちで討伐は不可能ということだ。Aランクパーティー一組なら討伐できるくらいの魔物だ。こちらはC~Bランクだし、人数も少なければ、同じパーティー同士ではない。さらにさっき帰ってきたばかりでお疲れだ。


 ジャガーは大扉側に突進したり、こちらの障壁に爪をたてたりと忙しい。爪をたてた音が、これまた不快極まりないけど話を続ける。


「その辺は大丈夫で……」


 大丈夫ですよ、と言おうとしたところ。


「さっきから、何している――」


 カウンター側のドア近くで、どったんばったんしていたせいだろう。不審に思ったフェリオさんが入ってきた。

 ドアには上部分に小窓があるけど、フェリオさんの身長では覗けない。羽を動かして飛べば見れるけど、それも使われることがなく普通に入ってきてしまった。


 音を聞いたインペリアルトパーズジャガーが身体をしなやかに動かし、フェリオさんのところへ一息で飛びかかった。おそらく出られると判断したからだろう。


 当然――ばんっ、と障壁に阻まれた音が響く。さすがのフェリオさんも突然のことに羽をびくぅっとさせ、続いてふるふるっと小さく動かし飛び上がる。久しぶりに彼の驚きの表情を見てしまった。

 ジャガーはその後、私の障壁に引っかき攻撃をした。


 ギャリギャリィィィィ!!


 本日何度も聞いているひどい音が聞こえた。そのあとも続くひっかき攻撃は、障壁魔法の表面は傷つけなくても、耳のほうは我慢できなかった。「ギエエェ」だの「いやあああ!」だの、皆して大変そうだ。


 そんな中フェリオさんは、まだそこにいた。というより……。


 ――――ひらひらひらひら、と障壁ギリギリまで近寄って舐めるように見ていた。この不快な音が聞こえないかのように、いつもの静かな表情で、天井までわざわざ飛ぶくらい熱心な様子だ。


 インペリアルトパーズジャガーは、この町では確かに大変珍しい。しかし興味本位ではなく、ジャガーの身体についている宝石の位置を確認しているはずだ。


 一通り見たあと、こちらを見て『こくん』と頷いて出ていった。

 どうやら私と同じ解決策を思いついたようだ。まだギルドに残っているあの人たちにやってもらうのだろう。


 そういえばなぜドアが開くのに、誰も助けを呼ばなかったんだろうと思ったら、ここの安全地帯とドア側の通り道を作ってなかったからだと気がついた。うっかりしていた。

 急いでドアへ続く壁を張る。


「あのドアから逃げてください。怪我した人優先ですよ」


 何人か逃げるときに攻撃を受けたり、机の角でぶったりして、かすり傷や打撲などの軽傷を負っている。

 今はギルド内に、本日当番の駆け出しの治癒魔法使いさんがいるので(さっき来たのを『探索』で確認済み)、そちらで治してもらうといいだろう。


 いまさらだけど、インペリアルトパーズジャガー……もっと早く『探索』使えばわかったかな……。

 ――いや。パンパンプキンの頭と一緒に入れていたなら、結局見すごしていただろう。あの頭は魔石が埋まっているので、まだ生きているという判定になる。だから箱を『探索』しても判別がつかない。

 何よりまず、パンパンプキンの中にインペリアルトパーズジャガーが潜んでいると、誰が考えるだろうか。


 門に入るときの様子はどうだったのかな。門番さんもやっぱり冒険者が顔なじみで、雨も降っていたからパッと確認して終わったのかな。

 そもそも、保存箱にもぐり込まれて気づかないものなのか……。


 ついつい今回の珍事件について考えていると――。


「じゃ、姐さんが先だな」


 解体メンバーはタチアナさんのことを姐さんと呼ぶ。

 自身も怪我をしていたけど、タチアナさんを優先させるらしい。肝心のタチアナさんは、まだぐったりしている。

 そのとき、先ほどから治癒をかけていた女性治癒魔法使いさんが、私に泣き言を漏らした。


「受付さんっどうしましょう……! 私の力ではこれが限界です……!」


(え、さっきまで骨を治してたのに? 彼女であれば治せると思ったからそのまま任せたのだけど……)


 それを聞いて『鑑定』と『探索』スキルで確認すると、タチアナさんの内部は深く損傷していて……内出血の状態だった。決して小さくはないけれども、普通の内出血だ。臓器や呼吸器に損傷があるわけではない。


「ただの内出血ですよ。骨折は治ってそうだし。それと同じ要領で血管も閉じるようにやれば大丈夫ですよ」


 確かにタチアナさんの胸部は、内出血をしていて傷口はないのに周辺が青く腫れている。皮膚はちゃんと閉じているし、骨も治っている。あせらず次は内出血を治せばいい。彼女の魔力もまだ残っているのだから。


 私は人の仕事をとってはいけないと思い、彼女にそのままやらせることにした。

 タチアナさんが危なかったらすぐ私がやるけど、言葉数が少なくなっただけでまったく緊迫してない。治癒魔法の経験を積めるいい機会だ、彼女にゆずろう。


 簡単なことなのでそれを指摘したら、彼女は目に涙を浮かべてしまった。


「わ、私……、骨は治せても中の血管は治せないのです~~! 表面だけなんですぅ。わーーん。役立たずなんですーー!」


 うわ~~ん! と、床に伏して泣き崩れる治癒魔法使いさん。

 突然のことに私たちギルドの者は呆然。

 他の冒険者さんたちを覗き見ると、気まずそうな顔や我関せずといった表情だった。


(これは……討伐時も揉め事があったかな。となると、このジャガーが紛れた件に関わってくるのかな)


 そういえば彼女のパーティーは六人パーティーなのに、彼女一人しか残ってない。

 ……だがしかし、その辺の確認はあとだ。先にタチアナさんを治さなければ。それに、こういう出来事の確認はギルマスの仕事だ。


「――では、私がやりますから」


 できないならしょうがないので、退()いてもらう。“きゅあ”と治癒魔法を使おうとしたとき、タチアナさんがあせった声で、でも苦しげに「やめろぅぅ」と私を止めた。


「しゃー、ろっと……。私を、治すんじゃない……」


「へ……。何でですか?」


 内出血で脳みそへの血が足りなくなったのだろうか。今度はタチアナさんが不可思議なことを言い出した。




解体リーダー・タチアナ編 の話は、

コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』chapter23~27 でも

ご覧いただけます。

ご興味ありましたら、ぜひスマホにてご覧ください。


スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌

https://www.yomonga.com/title/883


お手数ですが、スマホで上記のアドレスをコピペしてご覧ください。


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