044: 受付嬢の一日⑯ ~手紙~
ベッドに寝転がって、届いた手紙を開く。光の魔道具はサイドテーブルに置いた。
『シャーロットへ』
おかあさんの字に間違いなかった。
おかあさんはちょっと有名人だ。だから私に手紙を出すとき、差出人名に堂々と名前を書かない。その代わり私にだけわかるマークを、宛先の面の隅に書く。
だから手紙が来たときすぐにわかった。
『元気そうでよかった。
そういえば前にそちらに行ってから、もうすぐ二年経ちそうね。
問題のあったギルドで仕事するなんて、あの時はびっくりして、すぐアーリズに行ったけど、続いているなら、よかったのかしら』
確かに、そんなことあったなぁ。
「アーリズの冒険者ギルドに仕事が決まったので、定住しまーす」と手紙を送ったら、すっ飛んできたもんね。
不祥事を起こしたばかりのギルドに就職なんて、脅されているのか、別の困ったことがあるのかと思ったらしい。当初、テーブル山ダンジョンに入る目的でアーリズに行くと伝えていたから、なおさら何か問題が起こったと考えたようだった。
ギルドに乗りこんできたときはびっくりした。まぁ、逆におかあさんを見て、皆がびっくりしていたんだけども。
『つい最近まで、南のダンジョンに入っていたのよ。生活しやすいから、気づいたら一年以上経っちゃってたみたい』
実は、おかあさんは有名な冒険者なのだ。
私が元故郷を出たあとは、冒険者の心得を教えてもらったし、一緒にパーティーも組んだ。私が障壁で防御をし、おかあさんが攻撃するというスタイルで、数々の依頼をこなしていた。それが十五歳まで続いた。
その間おかあさんにこの世界のことを教えてもらう代わりに、私は前世のことを教えたり、『鑑定』結果を伝えたりしていた。
おかあさんは物知りだった。『鑑定』スキルが世の中になく、そういった魔道具もないと知ったのもおかあさんのおかげだ。まぁ、スキル自体は魔王様も持っていて、魔道具もそろそろ世の中に出てきそうではあるけど。
そうそう、おかあさんを『鑑定』して、体力やら魔力やらの数値を教えたらびっくりしていたなぁ。彼女の保有しているスキルも言ったら「そんなに私持っていたの!?」と驚いていたっけ。
私はその過程で『精神』値やスキルの種類が、世の中に知られていないことのほうが驚いたんだけども。
『そっちは、うっかりと何か、やらかしてないわね? 前みたいに見たこと思ったことを、すぐ口にしてはいけないわ』
風呂でやらかしそうになりました……とは伝えないようにしよう。
見たこと、思ったこと――。それは『鑑定』で“見たこと”、前世の記憶関連で“思ったこと”だ。
当時は『鑑定』の称号欄などで不審人物がいたら逐一おかあさんに教え、仕事のときなどに前世の記憶が参考になるなら伝えた。これで快適な旅を送っていたのだ。
『でも、アース物語の内容をはっきり思い出せなくなったのは、それが原因かもしれないわね』
アース物語とは前世のこと。前世のことは、周りに誰もいないときに二人だけで話すと決めていた。手紙など他人に見られる危険があるときは“アース物語”という言葉を用いる決まりだ。
『旅をしているときは、ほぼ毎日話してくれていたでしょ? 誰かに聞かせていないと、忘れやすくなっているのかも』
うーん。どんどん記憶から抜けていってしまうということか。かといって誰かに話すというのもね。
それに、今住んでいる国が国だけに、あまり言わないほうがよさそう。何たって、初代王の元いたところと似ているようなのだから。
王家の耳に入ったら、とんでもないことになりそうだ。下手したら「初代王を侮辱した」と、いちゃもんつけられるかもしれない。「王族に取り入ろうとしている」と思われても心外だし……。どちらにしても面倒そう。
『だからといって、近くの人に話すのは考え物だわ。恋人に話すのも気をつけないとダメよ。そう! モテモテになっても気をしっかりと持つのよ』
そんな人は元からいないし、全くモテないので心配いらないね。
『そこで、アース物語専用の記録を、書いておいたらどうかしら。物語っぽくなくてもいいじゃない。日記のような物でもいいし』
なるほど。紙に記録するのはいいかも。
『最後に、私が聞いたことを書いておくわね。
思い出の洞窟の東側が騒がしいわ。もしかしたら中央も。そこにいるなら大丈夫だろうけど、一応教えておくわね』
――――そっか。
“思い出の洞窟”
それは、『エーリィシ帝国』のこと。私の元故郷だ。
その国の東と中央がきな臭いということだ。東は、ここフォレスター王国の西の国境と接している。
西の辺境領は二年半前も、帝国にちょっかいをかけられて、追い返していた。まさかまた、似たようなことが起こるのだろうか。
――手紙の内容をすべて読んだ私は、早速アース物語を記録すべくペンを取った。
(んーと。『ある日普通のオーエルがいました。その人の名前は…………』)
冒頭一行で詰まってしまった。
主人公の前世名も覚えていないうえに、何だか物語にしては微妙だなと思う。誰でもすぐ本を閉じちゃいそうだ。
(やめよやめよ。日記的なほうがいいかな)
今日、前世を思い出したことと言えば、やはりこれ。
『アイスクリーム:チョコレート味。
冷たい食べ物。口に入れるとすぐ溶ける。暑い季節にぴったりのお菓子』
どうも、パテシさんのお菓子の説明をしているだけのような……。
『ダイダイコンのミソスープ。
大根の味噌汁とほぼ一緒。たまに懐かしいと思うことがある』
『コカトリスボール。チキンボールと同……』
食べ物しか書いてない。
しかも日記ではなく、設定資料を書いているみたいだ。
……まぁ、おいおい書いていこう。収納魔法に入れておけば、すぐ取り出してすぐしまえる。誰かに見られることもないだろう。
おかあさんに手紙を書こうかな。
おかあさんは現在少し慌しいけど、返事はかけそうだと伝えている。情報もかねて返信することにした。
ところで、どこで慌しいのかがわかるのかというと、手紙の文でわかる。
おかあさんからの手紙の文体が、口語文だからだ。現状忙しいけど、手紙を送っても問題ない場合、口語文で書くように二人の間で決めているのだ。
そして、現状では特にトラブルがなく、全く心配しなくていいと相手に示すときはこのように丁寧語で書く。
おかあさんへ
元気そうですね。こちらはいつもどおりです。
恋人の件ですが、私には言い寄る殿方が皆無なので、そういった心配は全くありません。
おかあさんが書いてくれた件、早速やってみました。
しかし、肝心の主人公の名前を、すっかり忘れてしまいました。
覚えていたら教えてください。
そして技術が上がりました。参考になるかもしれないので、会ったときに楽しみにしていてください。
それと見ることについて。どうやら中心部にて作っている最中のようです。
シャーロット
この手紙の内容について、まず一つめは――。
“私の前世のときの名前を教えてください”
おかあさんには以前話しているので、きっと覚えているだろうから教えてもらうことにした。
二つめ。
“スキルがまた増えました”
技術が上がりましたとは、『スキルがまた増えました』ということ。『人体学』は図鑑を読んで、それを生かして治癒魔法を使ったから増えたんだと思う。おかあさんは治癒魔法を持っていないけど、図鑑を参考に別の魔法を使ったら『人体学』が増えるんじゃないかなぁ。ぜひ挑戦してほしい。
三つめ。
“『鑑定』スキルと似た魔道具を、ギルドの本部が作っています”
……と伝えたかったけど、果たして伝わるかな。伝わらなかったら今度会うときに教えよう。
私はその手紙を封筒に入れて、宛先だけ書く。封筒の隅に私からであることがわかるマークをいれた。おかあさんからの手紙と同じ方法だ。明日送ろう。
さて、今日はもうこのまま寝よ……ぅ…………おっ、そうだ。寝る前に窓の外を見てみよう。今日はまだ晴れているかな。
窓を開けたら、暗い空に光の河が縦に流れているのが見えた。
前世での表現も河だったかな。
ただちょっと惜しいのが、快晴ではないところ。雲が少し出てきている。
快晴であれば光の河がもっときれいに見られただろうなぁ。
……うん、それでもいい夜空だ。
私は充分堪能してから窓を閉めて戸締りをし、今度こそ本当に寝ることにした。
今日は、やけに忙しかったなぁ。……いや、こんなものだろうか。
明日は何がある……か……な…………。…………zzz。
こちらのシーンは、
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』Chapter21 にて
ご覧いただけます。
“おかあさん”のビジュアルが見れますよ!
ご興味ありましたら、ぜひスマホにてご覧ください。
スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
https://www.yomonga.com/title/883
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