042: 受付嬢の一日⑭ ~風呂~
我が家にシャワー室はあっても、備えつけの浴槽はない。まあ、風呂がない家が大半なので、普通といえば普通だ。なぜシャワー室があるのかと聞かれても、ここがフォレスター王国だから――という説明しか私にはできない。
他国では桶を使って、体を拭くのが一般的だ。
ちなみに私の元故郷ではそうだった。あとは川で水浴びといったところかな。
さて、そんな我が家で風呂に入るとは、いったいどうやるのかというと――――。
まず部屋の窓をすべて閉め、カーテンも閉める。『探索』スキルで、家の周りに不審人物がいないか確認する。
いないことを確認し、床に正方形の障壁を敷く。広めに敷くのがよい。
(――けど、こんなもんかな)
そして、それぞれの辺に壁を作るように障壁を張る。天井の高さまではなくてもいいけど、私が立って手を伸ばせるくらいには高さがほしい。
(あ。……まあまあ。大丈夫大丈夫)
少し低くなってしまったけど、手を伸ばさなければいいのだし。……いや、腰をかがめるくらいになってしまったけど、大丈夫。
そして真上にもしっかりと障壁を張る。六面体の完成だ。これで湿気がもれなくなった。
次に、この六面体の中へ、先ほどよりは面積を狭くした長方形障壁を底面に敷く。長い長方形にしてはいけない。あとが面倒だから。
縦幅は私が座ったときに、膝を伸ばせるくらいの長さにする。横幅は、同じく座ったときに多少ゆとりのある長さにした。
そしてその長方形の四辺に壁を作る。今度の壁の高さは、立ったときに私の膝とももの中間くらいの高さで作った。当然上にふたはいらない。
「さあ! 湯船にょ完成!」
そう! お風呂は作れるのだ!
しかし、お湯はどう入れるのか。それは簡単。目の前にキッチンがあるので、水栓にホース(のような形状のもの)を取りつけるのだ。といっても蛇口にかぽっとは嵌まらないので、ホースに蛇口の先端を少し入れ、蛇口の先端ごと紐でぐるぐる巻きにして固定する。そして、蛇口に結んでいないほうのホースの先を湯船障壁の中へ入れた。そう、一番外側の障壁は、外側からは素通りできる状態にしてある。だからホースはちゃんと通る。
湯船障壁は、外側も内側も通さない仕様だからお湯が溜まるのだ。
「さて~。あらいに、ぃこ~」
風呂は入るけど、この障壁の中では身体も髪も洗わない。洗えない。
それは下水溝が私の障壁に作れないから。
現在の私の障壁は、作ったあとに形を変更することができない。一度作ると固定される。縮小することも拡大することもできない。穴も私の意思であけることができない。
だからこの障壁の中で洗うと、洗ったあとの汚れた水が溜まってしまう。
なので、風呂に入る前にシャワー室で洗っておくのだ。そのあいだに湯船にお湯も溜まるのでちょうどいい。
パタン。
ザアアア。サァァァァァ。
――――カチャ。
さて、シャワー室から出た私。
湯船のお湯の温度を確認した。――熱いので水を足す。
「これくらいでいいかな~」
待ちに待った、自分の力作の湯船障壁に入る時間だ!
「ん~~ん~~。ふふふ」
自分で作った風呂は角ばっているけど、なかなかよい。
しかし、問題点がいくつかある。
一つめ。
私の障壁はどんなに色をつけても、不透明にはならない。いつもの青い障壁も、黄色の障壁も、何の色をつけようとも透明度は保ったままだ。だから外から丸見え。最初に窓を閉めて、『探索』で周囲の人の有無を確認したのもそのためだ。
まさに、一人暮らしにしかできない業なのだ。
二つめ。
障壁に穴が空かないということは、空気の入れ換えがされていないということ。よって、ずっと入っていると息が苦しくなる。
では空気が入るように、最初から外側の障壁に隙間をあけたらどうかと思うだろう。しかしそうすると水気も外に出て、部屋に湿気が溜まる。窓を閉めているからなおさらだ。
ならば、窓を少し開けるのはどうかと考えるだろう。
しかし世の中には、『遠視』系のスキルを持っている人がいるのだ。『遠視』系のスキルで、遠くから窓の隙間を覗かれたらたまらない。私の自意識過剰と言われても嫌な物は嫌だ。
だから窓は全部閉め、隙間を作らない。
あと改善策としては、私が風魔法を習得する――というのはどうだろうか。
風魔法を習得して、中の空気を入れ換えることができれば、もっとゆっくり入れるかもしれない。
(……そう、…………風魔法が使え……れば………………)
――そうだ! 風魔法を習得しよう――。
「風~~かーぜー! ふううぅぅ!」
何をやっているかというと、風魔法を覚えようとしている。
「ふううぅぅぅ! んんんん! ふううぅ」
私は『精神』の値が高いので、ふとした瞬間に覚えられるはずなのだ。物理系ではなく魔法だし。最近では人体学も覚えたので、調子がいいはず。
全身で深呼吸だ!
「ふん~~~。はぁ、はぁ、はぁ」
傍から見れば全面透明な湯船に入って、気合を入れている女……というおかしな状況だけど、私はいたって真剣だ。
「ふう、ふうっ。こい~~! 風~~! はあ、はあ」
魔王様みたいに、魔物の首をスパッとしたいとは言わない。とりあえず空気の入れ換えがしたい。
「はああああ! ぜーはーぜーはー……そよそよ~~……」
すると。
――――ふわっ。
「えっ!! はあ、はあ。 おっ……!」
おおっ。『鑑定』だ! 魔法欄だ!!
【魔法: 障壁魔法、治癒魔法、収納魔法、風魔法】
「おおお! ぜー……はー……やったあ! はあ。……はあ、わーいっ。ぜぇぜぇ……わー…………もっかい!」
そう考え、もう一度集中してみる。
「ふんん! …………んん?」
でないなぁ。呪文ぽいのはどうだろう。
「風よ。ふいて空気をいれかえたまへ~~。…………ふうっ……ふう」
………………。
「ん~~?」
出ないなぁ。出たときなんていったっけ。ああ、そうだ。
「……ハァ……ハァ……そよそよ~…………」
――――ほふっ。
手の中で小さな風が起こる。
「やった……! はあ、はあ! ゼぇ、はあっ……ゼェ、はあっはあっ」
――ヤったーァ! ……ん……。まてよ……、こレは…………。
いまさらながら、少々危機を感じた私。障壁から出ようとしたけど…………。
こんなおばかな回も、
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』Chapter22にて
ご覧いただけます。
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スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
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