034: 受付嬢の一日⑥ ~依頼を貼る~
手元には、パテシさんが記入した採取の依頼書。
まずこの用紙は、こちら事務室の控えになる。依頼として貼り出す用の紙は、さらにこちらで記入する。
その際、重要な部分を大きく書くなどして受注する冒険者のために見やすくするのだ。
ここで発揮される『美文字』と『速記』スキル!
早く貼り出したいので、急いで、速く、しかし読みやすく書いていく。何もパテシさんが特別だからということではない。依頼発注が来たらすぐ対応する。これは大事なことであり、普通のことだ。
なぜ先ほどのパテシさんの直筆を貼り出さないのかというと、掲示板に直に貼ってしまった場合、もし紛失してしまったら対応が遅れてしまうからだ。
例えば冒険者が依頼書を掲示板から剥がしたまま、受注し忘れて持って帰ってしまったら。いつまで経っても依頼が遂行されず宙ぶらりんになってしまう。
掲示板には『依頼書はカウンターに持ってきてください。受注しないまま持ち帰らないでください』と、ちゃんと注意書きはしてある。でも持って帰ってしまう人が、たまにいる。悪意ない初心者さんや、うっかりさんなどに多い。だから再度貼り出すときのために、事務室控えをちゃんと残しておくことが重要なのだ。
さて、冒険者の皆さんに見やすい依頼書を書いたなら、次の作業だ。冒険者ギルドで必ず記入しなければいけないことがある。
ランクポイントの設定だ。ランクポイントも相場というものがあるので、採取依頼という点、採取場所・採取の難易度という点から、依頼完遂後に入るランクポイントを設定する。同時にどのランクの依頼で出すかも考える。
「今回は……ランクポイント8ポイントで、Fランク依頼っと」
これはE~Gランクのパーティーが受けることができて、依頼完遂後パーティーに8ポイント入るという依頼だ。
一人で受ける場合はそのまま8ポイント入り、四人パーティーならば一人2ポイント。六人パーティーならば1ポイントずつ。ポイントを入れる魔道具の都合上、ランクポイントは小数点以下切り捨てだ。
ランクポイントが決まったら、今度は『完了確認報告書』を作る。簡単に説明すると、依頼人に採取物を渡した際、完了のサインをもらう書類だ。
今回の採取依頼は、取ってきた物を依頼人に直接納品する流れとなっている。納品されたものをパテシさんが確認して、完了か否かを確定する。傷んだ物だったり、取り方が雑であれば報酬が下がる。ひどければ未完了とされ、もう一回やり直しと言われることもある。逆にとてもきれいに取ってあったり、量が多ければその分報酬が上がる(色をつけてくれる)。
ちなみにこのタイミングで、依頼人から拒否されている冒険者がいないか確認していた。二の鐘のときに来た新剣パーティーのような……ね。
パテシさんの場合、特になかった。
そして自分以外に、本人直筆用紙・掲示用依頼書・完了確認報告書が間違いないか確認してもらう。今はフェリオさんに確認してもらった。
そのあと二階へ。
「ギルマスー。確認サインお願いしまーす」
「おう」
ギルマスの部屋のドアをコンコンと叩き、返事があったので入室。
依頼を掲示板に貼る前に絶対必要なのが、ギルマスかサブマスのサイン。
ちゃんと確認しましたよ、という証が必要なのだ。依頼内容とランクポイントが合致しているかや、依頼の難易度がおかしくないかの確認だ。
サインがない状態で依頼を受注処理しようとすると、専用魔道具が“ブー”と鳴るので、恥ずかしい思いをすることになる。
「いいぞ~、持ってけ」
パテシさんの依頼の他に、サイン待ちの依頼も一緒に持ってきていたけど全部大丈夫だったようでよかった。「失礼しますー」と言って部屋を去る。
やっと貼り出しだ。
依頼掲示板は、入り口から入って右手側の壁だ。カウンターからだと左側。ランク別に貼ってある。
高いランクの依頼は奥のカウンターに近く、低いランクの依頼は入り口近くに貼る。
雑多に貼ったり、新着とそうでないものとに分けている町や村もあるけど、アーリズの町ではランクである程度分けていた。
低ランクの人たちが高ランクの人たちに割り込むのはなかなか難しいだろうから。
ということでパテシさんの依頼はFランクなので、入り口から近い場所に貼る。
あとは、依頼を受けたいという人が来るのを待つのだ。
「お、いいのあるよ」
「採取は久々だねー」
「採取だけじゃ、腹はふくれねーよ。他のも受けようぜ」
「あたり前よ」
「おなか減った」
「…………」
早速やってきたのは、孤児院の子供たちでやっている六人の冒険者パーティーだった。
「この依頼ちょうどいいかもね。でもちゃんとランクポイントは数えるんだよ」
私は受注の基本を再度教える。
「わかってるよー。六人でわれるように、ほかのも同時にうけるんだろ」
「そう。といっても今はちょうどいいの……ないかな。あとは、その採取場所の近くにホーンラビットとかミニスライムがいるから、上手く倒せればいいね」
依頼として出していなくても、魔物と遭遇して倒せばその分ランクポイントも入るし、魔物の素材を売れば報酬がもらえる。
採取の完了と同時に出してもらえれば、合算が可能だ。
「じゃ、そうしよっかな」
登録者カードと依頼書を出した子供は、赤い髪と赤い目をした少年だ。
建国祭のときの劇で、黒髪のかつらをかぶって演じた勇者役の子。他の仲間たちもあのときの演劇に出演しているヒロイン、ひょろい男、悪女、魔王、悪の王役の子たちだ。
「ホーンラビットだと一匹、2ポイントだからね。二匹狩ってくるといいよ」
パテシさんの依頼は8ポイント。あと4ポイント増やして計12ポイントにすると、一人2ポイントになる計算だ。
ミニスライムだと核を壊して倒しても極小の魔石か魔石屑。下手すれば何も残らない。肉のほうがいいだろうと提案した。
「ぜったい、ラビット狩ってくるから!」
「に~く、に~く!」
子供たちが合唱して、平和なギルドの一場面のように感じた。
建国祭の劇の話は『015: 建国祭 ~召喚勇者王~』に載っています。




