031: 受付嬢の一日③ ~彼らの黒歴史~
「――ギルドの受付として、最後まで見させていただきますよ」
たくさんの力自慢が集まるお店の中で、やや迷惑な発言をした私。ところが全く待つことなく決着がついた。
「どれ!」
――――ひょい。
「あ」
店にいた全員が固まる。あっけなく剣が台から抜かれてしまったからだ。
「おお! お見事!」
店の店員さんは「やっと静かになる」と剣の値段を伝えた。
「っははは! これからは剣士の中の剣士になる!」
剣を抜いた彼は高らかに宣言した。――――そして本日。
「…………えっ。この依頼……?」
昨日武器屋にて、見事新作の剣を買うことができたこちらの彼。本日朝早くギルドに並んで依頼を受けにきた。
依頼の内容を詳しく見たら、その剣を試すのにはあまりふさわしいと言えない依頼で、かつ別の意味で受けられない依頼だった。
グレートグレイラビット。
とてもよい毛並みだから毛皮が高値で売れる魔物で肉もおいしい。でもすばしっこい。
「すばやい魔物……、いつも避けてましたよね?」
「新しい剣を使ったら身体が軽くてな! だから、今まで避けてきた魔物を狩ることにしたぜ!」
そりゃあ、「速さ:+30%」の剣だからそう感じるかもしれないけど……。もともとの「速さ」、あなた326だからね。上がっても97くらい上昇するだけだから。
いきなりすばやい魔物と戦っても失敗するよ。
それと、気づいてほしい。そこが問題ではないことを。
その剣が条件つきであるように、この依頼もある意味条件つきであることを。
「剣の使い心地を試すなら……、普段倒しているものと近いほうが違いがわかると思いますよ。こっちのベア系はどうです」
別の依頼を探し、彼らに向いているものを見せる。
彼は中ランクの冒険者だ。なのに力が三万もあるということは、“力に特化しすぎて、他の値が低い”ということ。
当たらないと倒せないすばやい魔物より、当たりやすいけど体力がある魔物のほうがずっと向いている。的が大きいものならば、なおのこと倒しやすいだろう。
仲間が魔物の気を引くことに徹して、攻撃は彼が中心に行えばよい戦いができるはず。
本日パーティー内で主役という立ち位置の彼に、うってつけの魔物だと思う。それに――――。
「こちらのラビット。持ってくる数が少ないだけでも“違約金”が発生するんですよ。昨日の剣、お高かったですよね?」
新しい剣を装備している彼は、舞い上がってしまって大事なことに全然気づかない。なので彼の仲間のほうに目を合わせて、依頼書の一点に指をさす。ついでに“違約金”という、彼らにとって耳が痛い言葉を使った。
彼以外の仲間が、私の指先に集中する。
すると、新剣くん以外全員が大事なことに気づいたらしい。
ゆーっくりと、目をむく。そして、がしっと剣の持ち主の腕を掴んで引っぱっていった。
「……っそ、その依頼っ、なしっ!」
ついでに仲間のうちの一人が、去りながら叫ぶ。気づいていない彼は「なぜだ!」と叫んでいたが、かまわず連れていった。
「ねえ。その依頼向こうが受けないなら、うちらが受けたいよ~」
後ろでなりゆきを見ていたパーティー。これ幸いと主張する。
「ええ。どうぞどうぞ。カードを出してください」
「お、おい! 待てよ! それ…………ん? え!」
待ったをかけた新剣くんだけど、仲間からやっと重大なことを聞いたらしい。青ざめた顔で黙った。
静かになったから間違わないよう確実に、目の前のパーティーの受注処理をする。
そして「毛皮を不用意に傷つけないよう倒すこと」を伝え、気をつけていってらっしゃーいとカウンター越しに見送った。
それからぎこちない動作で新剣パーティーが再度やってきた。全員の視線が合わない。何気ない顔をしているけど、気まずい雰囲気がにじみ出ている。
「お、おいぃ! ……こちらのベア依頼を受けることにしよう! ……そうしよう!」
さっきとは一変。私が紹介した依頼を受けることにしたようだ。
うんうん。気づいてよかったよ。
かといって、この依頼なら絶対成功するという保証はない。だから十分気をつけるように言い含めた。どうも気持ちが高揚して行動が空回っているようだからね。
「他の魔物に目移りしないでくださいね」
「なっこのっ! ……いたっ、……その、もちろんだ!」
私の注意に対し、彼はまず頭に来て怒りの声を出し、次に仲間にひじ打ちされて痛がった。最後、虚勢を張った声を出す。私が預かったカードを返した早々去っていった――。
「すごいですわね。やっぱり現役冒険者さんは、そういった依頼の紹介をするんですわね」
いえいえ、メロディーさん。
今回は冒険者とか『鑑定』とか、関係ないのです。ギルドの職員にしかわからない情報に基づいて、彼らに受けさせなかっただけですよ。




