029: 受付嬢の一日① ~一の鐘~
ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ。
私は、剣の素振りの練習をしている。それも軽々と振る!
しゅっとしたデザインなのにすごく重たい剣。
さっき地面に刺さっていたから、抜いたのだ。誰も抜けないといわれている有名な剣を……!
どうだ! こんなにすばやく振れる!
「そんで。雪も降らせちゃうもんね! “きゅあー”」
夏なのに雪が降った!
氷魔法だって、ちょちょいのちょいなんだ~。
「今『鑑定』で見たけど、耐久も力も、30000もあるよー! 今日から剣士になろう!」
わーい。
そうだ。
真っ白な雪原に、この剣を使ってこんなマークを書いちゃおう。
大きく丸を書いて、中にこんな模様を書いて…………。
ん? 何か聞こえた?
ガラーーーン。
――。
――――。
「ん……む」
一つ鐘が鳴った。
チュンチュン。チュンッ。
早朝の鐘。
一人住まいの部屋に鳥の声が聞こえる。
(いつもは鐘が鳴る前に起きるんだけどなぁ……。そうだ、あの30000になった値は……)
結果はわかりきっているのだけど、一応『鑑定』スキルで確認してみる。一応ね。
私の「耐久」と「力」の値は、…………うん、いつもどおり。
下から数えて、一位二位。見覚えのある数値。
三万どころか、二桁と三桁だ。
むしろ私の場合、30000の値といえば「精神」のほう。
精神値は、高いと状態異常にかかりにくく、魔法やスキルが取得しやすいという値だ。
スキルを取得しやすいのは大変ありがたいのだけど、一番低い値も改善していきたいなぁ。
私はがらんと物のない部屋を見渡し、その隅に昔買って結局使わなくなった剣を見つけた。埃をかぶっているけど、『鑑定』スキルで詳細を表示するとなかなか立派なものだ。
子供の頃に剣も使えるようになりたいと思って初報酬で買ったけど、どうも向いてなかったみたいで、たんすのこやし――いや、壁のこやしとなっている。
使えるようになりたいと思っただけで、なぜ買ってしまったのか……。
――いつか使えるかもしれないと、背伸びした結果がこれだ。
売るか誰かにあげたほうが剣も喜んでくれるだろう。
ちなみに夢に出てきた剣はこれではない。
そして“きゅあ”。
その言葉を叫んでも、もちろん氷魔法は出ない。それは私の場合、治癒魔法で使う呪文だ。
私は氷魔法は使えないし、今は雪が降る時期でもない。
たぶん『マーク』が関係するのだろう。
夢の中で剣を使って描いたそれは、フェリオさんから借りた『貴族名鑑』に載っている貴族の紋章と合致している。
その模様が雪の結晶のようだから、夢に出てきたのだろう。
昨日は寝転がって読んでいたから気づかず寝てしまっていた。
「……お腹すいた」
ベッドから起き上がり、顔を洗うために洗面台へ行く。
この世界は魔法が発達した世界で、この国は魔道具の開発にも力を入れている。魔道具のありがたみというのを、こんな普通の朝の支度でも感じられるのだ。
洗面台奥に付いている筒状の金具の根元に、ボタンのようなものがある。それは細長く横に伸びているボタンで、私はその中央を指で押した。すると私の希望している温度の湯が出てくるのだ。
水と火の魔石が内蔵してある混合水栓で、一番右を押すと水、左を押すとお湯が出てくる。今はぬるま湯を出したいので、中央あたりを押したわけだ。
「冷たっ」
……少々右に寄ってしまったかな。
まだまだ改善の余地がある技術なのか、自分の求める温度とは違うお湯が出てくることは、ままあることだった。
私は前世の記憶にある混合水栓を知っているから、改善されるのを楽しみにしているけど、町に住む他の人たちはあまり気にしていないようだ。
「別にこのままでも快適で、他国に比べればこれ以上ないほど便利」
というのが理由だ。
確かに便利であることに変わりない。
他国でも混合水栓はあるところもあるけど、家族用の部屋や家、しかも高級住宅のみに限られてしまう。それ以外の家は、水しか出てこない魔道具が備え付けてあるか、それさえもなく井戸から水を汲むものなのだ。
その点この町は、家賃が手頃な一人暮らし用の家や部屋でも混合水栓が付いている。
何という贅沢。とてもありがたい。
帝国に住んでいた頃は川から水を汲んでいたのだから、たまに温度がまちまちになるくらい我慢しよう。
さて、顔を洗ったら朝ごはんを出す。
収納魔法からほいっと出すのだ。
三日前の夜と四日前の夜に作っておいたものだ。
私の収納魔法は時間経過がほぼないので、夜に多めに作っておいて、次の日以降の朝や晩ごはんに再度出せる。
昨日と同じメニューにならなくていいし、温かいメニューでも三日前なら余裕でホカホカしたまま食べられる。もちろん私の気分次第で作った次の日にまた食べることもあった。
ちなみに本日朝のメニューは、ダイダイコンのミソスープとごはん。
わざと少なくしている。朝からデザートも食べるから。
パテシさんのお店で多めに買ったお菓子を食べるのだ。
立方体のような形に水色の果物のソースがかかっている。中はスポンジ生地で、間に甘い木の実が入った人気のお菓子。
この形どこかで見たことあるけど、どこだっけかな。
私が、パテシさんのところで買い始めたときからあったお菓子。お菓子だからよく見るのは当たり前なんだけど……。もっと違うところで見たような…………。
まぁ、いいや。
仕事にいく準備をしてしまおう。
ギルドに行くときは、制服を着て出勤する。ここから近いから着ていったほうが便利なのだ。帰りにどこかへ寄るときは、収納魔法から違う服を取り出して着替えればいい。自分の服は全部収納魔法に入れてあるからね。
私は自分の持ち物をほとんど収納魔法に入れてある。
これは帝国を出たときから……いや、それ以前からのクセで、自分のものはポイポイ入れてしまうのだ。
おかげで部屋の中は物がない。
人によっては物寂しいと思うかもしれない。でも一人部屋で結構狭い部類なのにのびのびと使えるし、片付けしやすい部屋だ。
あと、これくらい広ければアレが使えるからね。
今夜はアレに入ろうかな――。
私はギルドへ向かうため玄関を出て建物内の階段を下り、外へ出た。




