028: 二年前④ ~アーリズの町の新人受付嬢~
「本当にすまんな! 長く騒がせるけど我慢してくれ」
広場に鎮座しているやかましい立方体を前に、住人に謝っておく新しいギルドマスター。
町の住人も騎士たちも驚いた顔をしている。まさか、断られるとは露ほども思わなかったといった表情だ。
数人で倒すより大勢で倒すほうが、早いし疲れない。スタンピードを数多く経験している人たちにとって、とても常識的なことである。
「――な、なぜだ」
だから当然、隊長は聞く。
理由はとんでもないことだった。
「俺たちはこれを売って、ギルドの床と壁を改装するんだよ。費用に充てるわけだ」
「な……っ」
騎士も住人も、周囲にいる人々はびっくりしている。
隣でうんうんと頷いていた受付嬢は続けた。
「山分けしたら、床が直らないじゃないですか。なので騎士さんは、本当にすみませんが、どうぞお引き取りください」
「…………まさか、攻撃魔法も使うのか」
こんな巨大な障壁を出す魔法使いが、攻撃魔法も使うのか。
「攻撃は主にギルマスにお願いします」
さすがにそれはなかった。
「しかし、どうやって奴一人で倒す。この町に被害を与えるようなことは許さんぞ」
騎士として真っ当な意見だった。
「被害なんて与えませんよー。障壁はこのままにして倒すんですから」
「何?」
「今この障壁は、内側にいる魔物の攻撃をはじいています。しかし、外側にいる人は通り抜けられるようにしています。なので、――――あ、そこにいる方、手を入れては危ないですよー」
つい好奇心で障壁を触ろうとした若者。障壁が素通りすることが面白く、指を中まで入れていた。
――そこを目ざとくキングコカトリスが襲いかかる。
ガキンッと音がしたが、その若者は持ち前の速さで指をすばやく抜いていた。中の魔物は、障壁の内側に阻まれて獲物を狩り損ねる。
「あっぶねー!」
魔物から逃れた若者が叫んだ。
「はい、ご覧のとおり。外からは通り抜け可能で、中の魔物は阻まれます。ちなみに外から中へ、完全に入ったあとも自由に出られます。なので、私たちが魔物の気を引いているあいだに、ギルマスが攻撃する作戦です」
障壁使いの女性と査定担当が、キングコカトリスの注意を引く。その隙をついてギルマスが熊パンチする。そして、攻撃を受ける前に障壁の外に戻る。それを繰り返す。
「だ、だとしても、いくら何でも……どれだけかかると思っている!」
「はて。何とか夜までに終わればいいですけど……」
シャーロットはギルマスに確認すると、留守番のサブマスも呼んでくるか会議を始めようとした。
「夜まで? そんなに君の障壁は持つのかね」
「当たり前じゃないですかー」
ははは、と笑うギルドの受付嬢に、数人が面食らう。城門くらいの大きさのキングコカトリスを囲んでいる障壁。それを夜まで持たせるというのだ。驚きもする。
「じゃ、始めるぞ」
サブマスを呼ぶとギルドががら空きになってしまうので、結局三人のままで倒すらしい。
「ま、待ちたまえ!」
「……何でしょう」
まだ何か、と言いたげな二人。査定担当は投石用の石をさらに拾っていた。
「君たちは、キングコカトリスの素材を売りたいのだな」
そうだ。と肯定する受付嬢とギルマス。ついでに査定担当。
「では、その魔物の素材は、すべてギルドが持っていけばよい。その代わり、我々にこれを倒す経験を積ませてくれ」
このような上級の魔物を倒す機会はなかなかない。しかも安全といえそうな状態で。ぜひ訓練させてほしいと申し出た。
「騎士さんたち、ただ戦って疲れるだけですよ。本当に何か要求しないんですか」
「君は元々冒険者か? 戦って報酬がないのはおかしいと思うかもしれないが、我々は騎士だ。この町の人々に、我々は町を守れるのだと示したい。後ろめたいことは何もないと……」
今回領主が大罪を犯したことで、騎士団にも変化があった。同罪で連れていかれた者や、罪には問われずとも何か思うところがあって辞めた者。領主がいないなら辞めるという忠義を尽くした者。
彼らアーリズの町の魔物討伐部隊も、領主に誓いを立てた身。いくら今回の件に関わっておらず、むしろ寝耳に水だったとしても、ここを追われるのだと思っていた。
そう。騎士は騎士でも魔物討伐部隊の彼らは、領主の側近にいた騎士と違い、何も知らされていなかった。前領主は、計画を知る者を少数にとどめていたようなのだ。
そんな魔物討伐部隊は、領主が悪事を働いていた最中、スタンピードによって壊された町を復興する手伝いをしていた。
破壊された城壁の隙間から魔物が入り込まないよう防衛し、破壊された家の瓦礫を片付ける。前領主に、町を視察するよう進言したこともあった。
そしてやっと町が元に戻ってきたと思ったら、あの騒ぎである。
最近就任した新領主に呼び出されたときは、当然「去れ」と言われるものだと思っていた。
しかし新領主は、彼らを追い出さなかった。
『身の潔白は確認済みだから、このままいてくれないか。私はスタンピードのときの対処法に疎い。むしろいてくれないと困る』
魔物討伐部隊の彼らはこの町に家族もいる。正直ありがたかった。
「キングコカトリスを安全圏から攻撃するとしても、倒せるということを示したい。町の者たちにも、我らの部隊は、これからも町の味方であることをわかってもらいたいのである」
それを聞いてギルド関係者――新ギルマス、新人受付嬢、再雇用の査定の三人で話し合いをした。
…………話はまとまったらしい。
「いつもどおりできるんだよな? 毒も使わんでほしいんだ。どのくらいかかりそうだ」
「精鋭でやらせてもらう。昼の鐘は……過ぎると思うがそれでも早く済まそう」
ギルマスが隊長に確認すると、すぐに反応したのはこの女性。
「わぁ! それで提案なんですけど、もうすぐお昼じゃないですか。騎士さんも町の皆さんも、一緒にキングコカトリス食べませんか?」
受付嬢の言葉に野次馬たちがざわつく。
「キングコカトリスを人生で食べることなんざ、あまりないぞ。お前ら食べたくないか?」
新ギルマスが周囲の人たちに語りかけた。
「もちろん、肉以外はギルドの改装代だ」
先ほど査定担当のフェリオから聞いて、肉以外の素材は十分改装代になると確認済みだ。
意見が合致したので、騎士の隊長は人を集めるよう部下に指示。
他の騎士は、一般人をこれからの戦闘に巻き込まないよう、でも見物できるよう誘導している。
新ギルマスは、ギルドにいる解体チームを呼びに行った。
鼻の利く孤児院の子供たちが、わらわらとやってくる。
肝心の料理ができる人は、募集しなくてもやってきた。
屋台をやっている人たちが、自身の店ごと持ってきて準備する。料理屋を営んでいる人たちは、野外で調理する用のテントを持参。キングコカトリスを料理できる機会を逃したくないようだった。
シャーロットは障壁を張っていることでその場を離れられないから、フェリオと魔物の勉強をすることにした。手には二本目の魔力回復ポーションが握られている。その周りには護衛の騎士が数人いた。隊長が置いていったのだろう。
広場には冒険者もいた。
この町はギルドの不祥事があって、冒険者はあまり滞在していなかったが、こちらのパーティーはたまたま広場に来ていた。
遠征中にギルドの事件を聞いて、アーリズに帰ってきたパーティーだ。
彼らは帰ってくる途中、前ギルドマスターの仲間が、ポーションを盗んで町を出たと聞いた。その盗人を見つけぼこぼこにし、品物と一緒に持ち帰ったのがつい最近。
「ほら、邪魔するんじゃないよ」
背の高い女性が、障壁の周りをうろちょろしていた若い男に注意する。
「なー。俺らも交ざろーぜ」
彼は、先ほどシャーロットの障壁に手を突っ込んで、危うくキングコカトリスのえさになりかけた男だった。
「今回はあっちに花持たせとけ。帰るぞ」
リーダーの一言でここから去ることが決定した。
「えー! せめてキングコカトリス食べていこーぜ」
「ゲイル。『羊の闘志』はな、タダ飯は食らわねぇんだ。――――それにしても、今度の受付は面白ぇの入ったな」
シャーロットを見た『羊の闘志』リーダー。その視線を追ってゲイルも見る。
「あっさりした体格の子だなー。もっと胸のある子がよかったー」
「受付は胸じゃないよ。馬鹿だね」
参加しないのならば、ただ邪魔になるだけなので彼らは去っていく。
シャーロットの感想をつぶやいた彼は二年後、その出来事を覚えていた仲間たちから、からかわれることとなった。
「シャーロットが聞いていたら、お前ぇの腕は今なかったな」
「冒険者生命、終わってたね」
「今伝えたら腕落ちるかのう」
たとえシャーロットが聞いていても、彼の結果はたぶん変わらなかっただろう。だが、ゲイルはその可能性に珍しく恐れおののいていたという。
さて、彼らが去ったあと、騎士の人数が膨れ上がっていた。
「これだと全員にお肉が行き渡らないですよ」
シャーロットは人数を確認して、不安な顔をした。
「騎士見習いを見学させてやっているだけである。肉はもらわなくて結構」
隊長は声を張り上げ、数人の騎士見習いをしょんぼりさせた。
これだけの人数を連れてきたのは、見学させるだけではない。野次馬が必要以上に前に出ないよう、誘導する役も含める。そして、もしもシャーロットの障壁が消えたり、機能しなくなったときのための戦力だった。
そんなことをシャーロットが気づく暇もなく、隊長は続ける。
「それよりもだ。スタンピードのときだけでよい、城門に同じように障壁を作ることは可能かね――――」
シャーロットが騎士の隊長に、今後のスタンピードの作戦案を聞かされていた頃。
「いやあ。きれいな壁じゃのう」
城壁の上で真っ先にキングコカトリスを見つけていた壁職人の老人も、広場に来ていた。
様子を見てきた仲間に、「キングコカトリスはこれから退治されて、住人に肉が振る舞われるそうだ」と聞いたからだ。
「ああ。壁職人のおじいさん。あの子の障壁、なかなかいい出来だと思うのかい?」
職人の意見に興味があった一人が彼に聞く。
店のお菓子を並べようとした矢先に騒ぎがあって、ついつい見に来た菓子職人だった。
「そうじゃ。見てみい。角がぴたっとくっついて、表面が滑らかじゃ。障壁魔法といえど、こんなにきれいなのは、なかなかないぞい」
「壁職人のおじいさんも認める壁か。あの子も立派な壁職人ってわけ。確かに形がきれいだね。こっちも参考にしようかな」
菓子職人も何か閃いたらしい。
壁職人と菓子職人。
二人の職人の小さな会話がきっかけで、二年をかけて町に浸透していく。
彼女はそのとき『鑑定』で、自身の称号に愕然とすることになるだろう。
広まりを止めるのはこのタイミングだったが、どうにもできなかった。なぜなら彼女は開始された戦闘を見学し、さらにお腹が空いたため、周りを確認する余裕がなかったからだ。
子供たちは、親のいる子も孤児院の子も皆、興味津々。技を盗もうと目を離さない子もいる。皆で観戦し、大声で応援した。
退治されたときは大歓声を上げた。
そこに商人ギルドの職員が、お金のにおいをかぎつけたのか、単に話をしに来たのか、フェリオの元にやってきた。
「おや。新しいギルドになって戻ったのですか」
「そう。今日からというところ」
見るともう必要なくなった障壁が姿を消し、キングコカトリスの解体が始まっていた。
● ○ ●
皆と一緒に、キングコカトリス・ドン(炊いたコメの上にキングコカトリスの肉が載ったドンブリ飯のこと)を食べたシャーロットたち。
留守番をしている新サブマスのため、串焼きを持って帰る。ドンブリはすぐなくなったので、串焼きしか持ち帰れなかった。
「――うおっ。……やるじゃねえか」
ギルドの入り口横にこんもりと人が積まれていた。前ギルドマスターの手先と思われる者たちだ。全員びしょぬれである。
「このギルドはどうなっているんだい。稼いでこいといったけど、本当に討伐するとは思わないよ」
「おじいちゃんサブマスー。串焼きもらってきましたよー。これでやっと安全な床になりますよ」
サブマスと呼ばれた人物は、「誰がおじいちゃんだい」と怒りながら、串焼きをしっかり受け取っていた。
問題の床は入り口すぐ。
新ギルマスは大股で特に気にせず越え、新人受付嬢は迂回して通った。
羽を持つ査定担当は、羽ばたいて飛び越える。
やっとこれから、――――アーリズの町の冒険者ギルドが、新しく始まるのだ。




