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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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025: 二年前① ~フェリオと新人受付嬢~


過去の話なのでいつもと雰囲気を変えています。

シャーロットの口が滑りまくる様をご覧ください。



 日の光が、カーテンの間から差し込む一室。ぼんやり差す光が、室内の(ほこり)と重なりきらきら光る。

 この家に長く住んでいる主と馴染み、部屋からは静けさと風格がにじみ出ている。

 それを際立たせているのが、室内にある本棚。部屋の主の五倍ほどもある高さだ。そこに、びっしり並べられている本。さらに床にも横積みにして置いてある。


 世界的に紙は貴重で、本を持っている家は貴族くらい、というのが他国の常識。だが、この国では貴族でなくとも、多少高価であることを覚悟すれば買える。『多少高価』で済むところが、この国の豊かさを表していた。


 フォレスター王国。

 五百年ほど続いている、多種族国家だ。

 それぞれの種族の得意分野を活かして、農業、商業、製造業などが盛んである。それにより、製紙技術も他国よりずっと高い。


 そんな本は、横に積まれて上の面が少し埃をかぶっていた。

 本は横にして積むと下の本が傷む。それくらい部屋の主はわかっていた。その本は捨てるなり、売るなりしてやろうとわざと置いていたからだ。


 装丁が立派な『魔物図鑑』。

 ギルドを辞めたのだから捨ててもよかった。だが本に罪はないし、せっかく買ったのだから置いたままにしてある。


 パタン。


 彼は読んでいた本を閉じ、しまうことにした。

 今日は、このあと人と会う約束があるからだ。


 しまうときはもちろん元の場所へ戻す。だが、本は彼の身長よりずっと高いところから持ってきていた。この部屋には、(きゃ)(たつ)など足場にできるものはない。

 ならば、どのようにして本棚の上から取ったりしまったりするのか。


 ――少年の姿をした彼は、本を持ったまま、自身の背にあるガラスのような羽を広げた。羽ばたかせて、予備動作もなく天井の高い室内を舞い、元の位置に本をしまった。




「初めまして! シャーロットです。十五歳です。このたび、こちらのギルドの受付をやることになりました!」


 フェリオの家で、その元気な声は響いた。

 彼女は冒険者ギルドの職員の制服を着て、礼儀正しく挨拶をする。

 フェリオから見れば彼女は若すぎるが、それは今置いておくことにした。きっと、今のギルドに好き好んで入りたいという者は、彼女ぐらいなものだから。

 それよりも――、彼女はファミリーネームを言わなかった。言いたくないのか、言えないのか。フェリオはかすかに片眉を上げた。しかし、それは単純なことだった。


「実は私、今まで冒険者をやってまして。最近Aランクになりました」


 テーブルの上に出した、Aランクを証明する新品の金のカード。そこに『シャーロット』としか表示されていなかった。


 この国では、平民でもファミリーネームを名乗る文化があるが、他国ではほぼない。

 冒険者ギルドの登録者カードには、偽名はもちろんのこと、省略した名前も記載することができない決まりだ。

 彼女は、Aランクを自慢する意味で登録者カードを提示したのではない。自身の身元に間違いがないことを証明するために出したのだ。

 彼女の腕に、年齢に反してやけに年季の入った腕輪があったが、冒険者なら持っていてもおかしくない。


 そもそも、彼女の表情は明るく快活で、特に後ろ暗そうな雰囲気はなかった。


「フェリオ・ピクス」


 対するフェリオはそれだけを名乗った。それしか名乗るべきものがなかったから。

 以前は「冒険者ギルド・アーリズ支部の査定担当」だったが、現在はその職に就いていない。

 前ギルドマスターのやり方に猛反発して辞めたからだ。いや、辞めさせられたというべきか。

 ――どちらも結果は同じだ。


『これからは買い取るときに、より安い値段で買い取る。さらに、今まで以上に上乗せをした金額で売る』


 当時のギルドマスターは、そんなことを言い出した。

 ギルドだって商売だ。売り上げを伸ばすことは大事だろう。だがそのようなことをしては信用をなくしてしまう。

 フェリオはもちろん反対した。


 しかし、そのときすでに周りは、前ギルドマスターの息がかかっている者ばかりになっていた。

「固すぎる査定」だの、「もっと利益を上げろ頑固親父」だのと言う声が多く、しまいには「方針に逆らうやつは辞めろ」と、前ギルドマスターが言うので辞めた。フェリオは「馬鹿馬鹿しい。こちらから辞める」と出てきたのである。


 そもそも、利益を無理に上げる理由を見出せなかった。このギルドはダンジョンが近くにある有名な町。わざわざそのようなことをしなくとも、利益は十分あった。



 それでもお金を得たかった理由。

 それは、この町を治めていた領主が進めていた計画に必要だったからだ。


 こんなことが起きるなんて、誰が想像しただろう。いや、誰も想像していなかったから、計画が人知れず進んでいたのだ――。


 前ギルドマスターとともに王都に連行された者。

 その人物は、アーリズの町とテーブル山ダンジョンなどを領地としていた領主だった。


 この二人の罪状は、国家反逆罪。

 王位継承順位第一位の王太子と、その他王族の殺害を計画していたとされている。

 堂々と言の葉に乗せるのもためらわれるので、街中でこの話題は積極的にはのぼらない。

 ただ、アーリズの町の住民は動揺を隠せず、今も町は重い雰囲気のままだ。


「本当に……彼らは、そのような大それたこと……」


「――ま~。……お触れどおりだ。俺から言えるのは、『事実』だったということだ」


 今日フェリオを訪れたのは、こちらの女性だけではない。前サブマスターであり、つい先日、新しくギルドマスターになったアトラス・アレクトスも一緒だった。


 彼は、前ギルドマスターたちがしでかした事件を解決した一人として、評価が上がっている。その功績により、このたび冒険者ギルド・アーリズ支部のギルドマスターになった。

 そのギルドマスターに昇格した男が、フェリオへ面会をもとめてきたので本日会っている。


「それでな。前言ったように、全部終わったから戻ってきてほしい。……いや! むしろ戻ってきてください!」


 お願いします! と、二人とも声を揃え頭を下げた。


 頭を下げた新ギルドマスターは、耳と尻尾に熊の特徴が出ている獣人で、隣の小柄な女性と比べると三倍くらい大きく見えた。

 シャーロットは十五歳と自己紹介していたが、それにしては小柄である。


「前言ったように」というのは、当時サブマスターだった彼が、ある日神妙な顔をして言いにきたときのこと。


『そろそろ片がつくからよ。落ち着いたら戻ってきてくれないか』


 そのとき今後の展開を知らなかったフェリオは、「ギルド内で反乱でも起こすの」と聞いた。彼ははっきりと答えなかったが、表情では決着をつけると物語っていた。

 だからフェリオも「環境が整ったら考える」と答えている。


「それとな。これで、俺も晴れてギルドマスターになったからよ。正式に謝らせてくれ。ギルドを不当に辞めさせてしまって、冒険者ギルドのマスターとして、すまなかった」


 ――彼が謝らなくてもいいのだが、アーリズ支部の長として、そうも言っていられないのだろう。


「謝罪はいい。……いやこういうの、謝罪を受け入れる、と言ったほうがいいのか……」


「お、じゃあ……?」


 新しいギルドマスターが来訪すると決まったときに、フェリオも話の内容に見当がついていた。

 もう答えが決まっていたので即答する。


「うん。ギルドに戻る。でも査定額はごまかさない」


 必要ないだろうけど釘をさしておく。


「おお! ありがとう!!」

「わぁ! ありがとうございますー!」


 二人は盛大に喜んだ。

 喜び方が尋常ではない。

 少女がぴょんぴょん跳ねるのはいいが、新ギルマスのぴょんぴょんは床が心配になり止めた。


「……人手、足りない?」


「そのとおりなんだ!」


 前のギルドマスターが捕まったあと、関係者も連行された。

 ギルド内にいた職員は、解体チームの一部を抜かして全員お縄。現在ギルドの受付は新ギルマス、サブマス、こちらのシャーロットで回しているらしい。


「シャーロットも少しは査定できるんだけどよ。他の仕事もあるから、さすがに一人では無理……というか、買い取ったあとが大変でな。売りつけのとき、肉やら、足の早い物しか持っていってくれん……。毎日、商人どもに早くお前を戻してこい、話はそれからって言われてな」


「商人さんが信用するのもわかります。とてもしっかりとした査定をするので、買うほうも安心と言ってました。私もそうお見受けします。何たって、『魔物学』ス……」


 やや興奮しながらしゃべっていたシャーロットが、言葉に詰まってしまった。


「……魔物学す?」


「いえ、そう! 魔物学習が素晴らしいと思ったんです! あんなにたくさんの魔物の図鑑をお持ちだなんて」


 左右を見、床に横積みしてあった魔物の図鑑を指さした。言い間違える(・・・・・・)ことは誰にでもある。フェリオも特に気にした様子はなかった。


「この、ばかデカい本棚……圧巻だな」


 こちらは上を見て感想を漏らす。


「……それより。いつから行けばいいの」


「すごく申し訳ないんだが、本当にすぐ来てほしい……」


 アトラスは切実に言い、逆にいつから来られるか聞いた。


「暇だから、すぐ行ってもいい」


「やったー!」


 でこぼこコンビの二人は、手を叩きそうな勢いで喜び、同時に安堵したようだ。


「よかったよかった。一応、泣き落とし要員としてシャーロット連れてきたけど、杞憂だったな」


「え、私、荷物持ち要員じゃなかったんですか」


 その細腕では、到底荷物持ちは無理。彼女の外見から誰もが冗談と感じる。フェリオも例外ではなかった。


「とりあえず、今は必要最低限のものだけ持っていくよ」


 そう言い置いて、フェリオは自身の机まで向かった。そこの引き出しから、ペンを取り出して用意する。


「白金貨一~二枚……? 高価なペン……」


 シャーロットが驚いたようにつぶやく。

 それは、彼が数十年前に買った、ペン作りで有名な商会のペンだった。妖精族は愛用品にうるさい者が多く、フェリオもその例に漏れない。

 彼は、彼女がどのくらい高価な物を見たことがあるのか知れた。


「触ってもないのに。よくわかる……」


 シャーロットはペンも持たず、一目見てあっさり答えた。フェリオはそれに少し感心する。


「え、あ」


「どこかで見た?」


「そう! どこかで見たことがあって……ははは」


 慌てていたシャーロットは、フェリオの言葉を肯定する。

 高価な物を扱う商会だ。彼女は冒険者をやっていて、さらに高ランク。もしかしたら高価な物を見慣れているのかもしれない。

 その様子を見て、フェリオは確認のために新しいギルマスに聞いた。


「で。この子を育てることも考えていると……。だから今日連れてきた」


「おお! 言わなくてもわかるか。助かる!」


「よろしくお願いしますっ」


 シャーロットは先輩職員に再度頭を下げた。職員がほとんど抜けているなら、一人でも多く査定ができる人物が必要だろう。フェリオでなくともわかること。しかし、彼女にはしっかりと念押しをする。


「すぐにできるものじゃない。そこは根気よく」


「はいっ! お願いします」


 フェリオは、ギルドを追い出される直前も、同じことを当時の査定担当候補に言った。そのとき言われた返答と正反対の返事を、彼女は返す。


「しかし……。君はまだ若い。冒険者としてもやっていけるはず」


 人手も少なく信用も落ちたギルドにわざわざ入職する理由は何だ。Aランクなら、そのまま冒険者をやっていたほうが若い彼女には似合う。いくら十五歳で成人したばかりといえど、新ギルマスやフェリオにとってはまだ子供だ。


「人数足りなくて大変だと思いますけど……。でも、これは私にとって幸運な出来事なんです。通常の状態だったら、こんな大きな町のギルドに入るのは難しかったはずです」


 つい最近やってきた若者がギルドの受付をやりたいといっても、なかなか入れなかっただろう。しかし、今は空きがたくさんある状態。今を逃してはならないとのことだった。


「それに私、事務は初めてじゃな……いえ、感覚としてはその……、と、とにかく頑張ります!」


 冒険者になる前に、何か近いことをやっていたのかもしれない。フェリオはそこまで深くは考えなかった。


「この町にあこがれていたんです。この町に住めて、職もある。一石二鳥です!」


 この町は冒険者にも愛されているが、町の景観から一般人にも人気があり、定住希望者が多い。彼女も定住狙いだったのだろう。嬉しそうだった。




 ◆ ◆



 その襲来の際、誰が一番早く気づいたのだろうか。


 少なくとも『探索』スキル持ちのシャーロットではなかった。

 彼女は先ほどから失言に失言を重ねていて、バレないよう、その辺の普通の娘に見えるよう、考えを巡らせていて気づけなかった。それに彼女の『探索』範囲では、空高く飛んでいるあれをまだ感知できなかったはずだ。


 先に気づいたのは、城壁を修理している老人だった。

 彼は、長年城壁などを修理する壁職人。

 彼と仲間たちは本日、城壁の真上で作業をしている。風が気持ちいいけれど、その風に吹かれて事故が起こらないよう十分注意していた。


 今日は天気もいいので、さらに仕事が進むだろう。

 そんないい気持ちで、少し上の空を見上げた。昼が近いので真上を見ると目が痛そうだし、首も痛めそうなので少し斜め上を。


 そのとき大きな影を見たような気がした。


 彼はこの町に長年住んでいる。この町はしょっちゅうスタンピードが起こるので、また魔物かもしれないと警戒した。

 目を凝らした彼の表情はだんだん(こわ)()っていく。

 そして、近くの仲間を呼んで急いで作業を中止し避難を始めた。逃げる際に周りにも注意喚起(かんき)する。


「慌てず下りるんじゃ。……そんな、あんな魔物が……数十年見なかったというに……」


 彼の仲間たちもおおむね同じ感想だった。

 あの空を飛ぶ魔物は、明らかにこの町を狙っている。

 今度は何人死ぬのだろう。自分は生き残れるだろうか。


 この町は魔物慣れはしているが、唯一城壁の構造上、空から来る魔物に弱かった。

 いつもなら魔物の情報に強い冒険者ギルドが、いろいろな町から情報を仕入れて警告を発し撃退計画を立てる。だが、ギルドは最近ごたごたが収束したばかり。飛行する魔物の情報を集めて精査する時間がなかったのだろう。

 それか、領主が周辺の領地から情報を掴むこともできたはず。だが領主も最近新しく着任したばかりだった。

 すべての要素において今回後手に回ることになってしまったアーリズの町。



 この日は冒険者ギルド再始動後、初の大仕事となる――――。




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