240: 皆待ってるよ② ~三人を連れ出そう~
私はコトちゃんの返事に少し戸惑ってしまったけど、大きな声で問い返す。
「い、『いい』って何かな? 今夜は、お食事処は皆広場で出すから早くしないと食いっぱぐれちゃうよ? それとも誰か具合が悪いのかな?」
「いらないっす……、ボクたち元気っす……」
まったく元気そうに聞こえないのだけど……。
「元気なら一緒に行こう! 熊とか蛇の肉以外もあると思うよ。それに熊も蛇も意外とおいしいから大丈……」
「そういうことじゃないっす! ……いいっすよ。ボクたち食べる資格ないっす……」
私と『羊の闘志』の二人で顔を見合わせた。そういうことではないというのなら……。
「……ランクポイントが減らされたのは、ギルドの職員に攻撃しちゃったからだからこれは仕方ない処分なの。そこに怒ってるわけじゃないんだよね?」
「もちろんっす。ボクたちが、ううん、ボクが悪いっす!!」
コトちゃんは今回の処分に納得しているようだ。では他の二人はどうだろう。
「ワーシィちゃんとシグナちゃんは巻き込まれてふてくされているわけじゃ……」
「ちゃいます。うちら三人とも納得してます」
「私たち三人は反省するために今日はこのまま寝ます」
寝るには早すぎる。子供だってまだまだ起きている時間だ。
「変なこと言ってないで、出ておい……」
「ボクたちのことはほっといてくださいっす!」
ふてくされているのではない、ということは恥を気にしているのだろうか。
ドアの外で私たちはお互い視線を交わした。
「コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃん、大丈夫だよ! 誰も三人のこと笑ったり怒ったりしないよ」
「誰もあんたたちの失敗なんて気にしちゃいないよ。それにあたいだって、いくつも失敗ややらかししてるよ。それでも冒険者を続けてるんだよ」
「失態を晒してない冒険者のほうが少ないわ。ちょっとサブマスターを倒しちゃっただけじゃない。問題ないわよ」
私たち三人は優しく語り掛けるけど、「うちらはアカンのです」「私たちのことは気にしないでください」とワーシィちゃんとシグナちゃんの暗い声が少し聞こえたくらいだ。
「学園生だけでスタンピードに立ち向かうなんてすごいよ! 広場で皆さんに称賛されるべきだよ! 『キラキラ・ストロゥベル・リボン』は本当にすごいね、って!」
「そっちがスタンピードに対応してくれたから、あたいたちはすごく助かったんだよ?」
「ありがたかったわ。でもお礼ができないなんて悲しいから、わたしたちと広場に行きましょ?」
ドアの外の私たち三人はドアにぴったり耳を寄せる。一番上にマルタさん、中間にイサベラさん、一番下の位置で聞いているのは私だ。
しかし部屋から返事はなかった。
「……ドアは蹴破らないほうがいいんだね?」なんて短気なことを言うマルタさんたちに、ちょっと待ってくださいとドアの前に待機してもらい、私は一度外に出た。
「よし!」
今は真夏なのだ。
暑いからちゃんと窓が開いていた。
その窓をさらに開けて私が入りやすくしてから「ごめんね、失礼するね」と侵入する。
暗いとはいえまだ日が完全に沈んだわけじゃないので、うっすらどのような状態かわかる。
私は明かりを見つけて点灯し、ドアを内側から開ける。
コトちゃんはベッドにうつぶせになっていて、ワーシィちゃんは氷で作った歪なかまくらのような物の中に、シグナちゃんはここでもまたテーブルの下にもぐっていた。
「なんだい辛気臭いね」
「カビどころかキノコが生えちゃうわよ?」
三人はキノコと聞いてびくっとするも顔を上げない。
「入ってこないでほしいっす」と細々と言われたけど、私たちはずかずかと入室した。
「コトちゃん、学園の皆も広場に来てるよ。サブマスももう怒ってないし! ほら、『羊の闘志』の二人がわざわざ来てくれたんだよ?」
「あたいらもだけど、シャーロットは特に心配して戻ってきてくれたんだよ?」
「わたしたちはともかく、姉貴分のシャーロットの顔を立てて広場まで行きましょ。ね?」
意気消沈の三人に話しかけるも、コトちゃんは両手でがっしりシーツを掴み、ワーシィちゃんはかまくらから出る気配がなく、シグナちゃんはテーブルの脚に抱き着いた。
「今日、ちゃんと謝ったんでしょ? なら、もうそれで終わり。夏の修業を続けていけるよ」
「サブマスターも元気でピンピンしてるんだから問題ないよ」
「ごっそりランクポイント減点の罰を受けたんだから、この話は終わったのよ?」
私たちが賢明に諭すも、三人は黙って動かない。
とうとうしびれを切らした様子のマルタさんはテーブルに向かう。
「ちょっとサブマスターを障壁で轢いたくらいでなんだい。あたいなんて前のギルドマスターの首に蹴り入れてやったけど、今も普通に冒険者やってるよ」
マルタさんはシグナちゃんと自分を交互に指さし、私たちに目で合図をした。
「あ、マルタさんもですか。私も障壁で前ギルドマスターの首をバシンって叩きましたよ」
私はその意図を察してベッドへ足を運ぶ。
「やるわね~。わたしは炎のマフラーって知ってるぅ? って脅したわ」
イサベラさんもかまくらに向かった。
私たちは、あはははと笑い合うも、気落ちした三人は相変わらず無反応だ。
「……私たちお腹空いちゃったなぁ。コトちゃんとワーシィちゃんとシグナちゃんと一緒に食べたいなぁ」
「あたいらもご一緒したいね」
「行きましょうよ、ね?」
と、私が三人に向けて話すも、「ボクたちのことはほっといて勝手に行ってくださいっす」とまだ断る。
私たちは「では強硬手段に移行しよう」と合図を送った。
「コトちゃーん……、今日は、私も、タチアナさんも、お小言食らったんだよー。困ったおじいちゃんサブマスだよねーっ」
まずは私がコトちゃんの腕を何度も何度も引っ張ったけど、ちょっと浮くくらいで完全にはがせなかった。
私も私で、今日は何人の腕を引っ張っているのだか。
「サブマスターはアレかい、――女性を叱るのが趣味なのかいっ」
「きゃー!」
マルタさんはテーブルの脚にしがみついているシグナちゃんを両脇から掴んで、一度でベリッと引きはがしていた。
シグナちゃんが叫んで暴れたけど平気な様子で抱える。
「いえ、ギルマスともやり合うときもありましたよ。ギルマスが熊さんになっても、その目の前で堂々と説教をかましてました」
マルタさんは成功したけど、私は出遅れてしまった。
力でコトちゃんを引っ張るのは無理なら別の方法に切り替えよう、と障壁を一枚、ベッドの隣に配置した。
「それくらいじゃないと王都から異動してこないわよね。――ほら、氷はなくなっちゃったわよ。立ちなさいな」
「うちの、氷が~」
イサベラさんはワーシィちゃんの氷だけを瞬時に溶かして、丸まっていた彼女の両脇を抱えて立たせた。
私一人で来なくてよかった。二人がいてくれたおかげで、意固地な状態の三人を苦労せずに連れていけそうだ。
「コトちゃんっ、今夜は町の人たちがお礼を言いたいって学園生をもてなそうとしてくれてるんだよ。――こちょこちょこちょ~!!」
「うっきゃーー!」
私はコトちゃんの両脇をくすぐる。
ぱっと手を放したところを狙って横方向に転がした。
コロコロと転がしベッドから落ちる前に、床と平行に配置しておいた障壁が受け止めてくれる。
それを確認してからお風呂障壁のように囲んだ。「うわ~ん!」と泣かれても無視した。
「さー、お腹減ったでしょ。行こう!」
「本当に食いぱぐれちまうよ」
「お腹が減るから気分も落ち込むのよ」
私たちはそれぞれ一人を担当し、部屋から出させようとする。
「ボクたちお腹減ってないっす(ぐぅぅぅごぉぉぉ~~」
「うちらのことほっといてください(ごぐぐぅぅぅ~」
「私たちはごはんを食べるほど立派な冒険者じゃないんです(ぎゅるるるぅ~」
抗議の言葉より大きい音と一緒に聞こえて、私と『羊の闘志』二人は笑った。
「「「…………」」」
三人が押し黙ったのでこの隙にさっさと家から出てしまおう。
「あはは! いい音鳴らしてるじゃないか」
「ご飯を食べるのに、立派か立派じゃないかは関係ないわね」
私たちは広場へとやや足早で向かう。
「さぁ。皆、待ってるよ」




