235: 『魔物図鑑』会議② ~この称号、何だろな~
アーリズの冒険者ギルドのカウンター奥にある広い解体倉庫は、魔物を捌く場所柄、真夏でも涼しい。
その解体倉庫では本日、昨夜倒した蛇の魔物を解体している区画や熊の魔物を解体している区画に分かれて、解体メンバーたちが作業をしている。
そこから少し外れた一角にて、顔のつぶれた新種の魔物と、首だけの状態のものと、切り落とされた左腕が置かれて会議が始まった。
この新種の魔物の死骸たちは、今日明日では解体されずにしばし保留する。
解体する前にやるべきことがあるからだ。
そのため四、五日の保存をさせるのに、左腕は丸々氷漬けにされ、顔のつぶれた死骸は首を残した体全体を氷漬けにし、頭だけのパーツは氷で作った台とその周囲に氷を置くだけにとどめている。ペリドットの品質を保つためだ。
顔がつぶれてペリドットが砕けていても、額にこびりついて残っているペリドットの品質は軽視できない。それに元々が大きいため、残り物でも価値が十分にある。
その正面で我がアーリズの冒険者ギルドのギルドマスターは、新種の魔物の死骸たちの前で『魔物図鑑』に載せるための説明していた。
「『魔物図鑑』に載せるための必要事項がいくつかある」
さっきまでいたタチアナさんとゲンチーナさん、サブマスはいないので倉庫内は解体作業の音が聞こえるだけの比較的静かな状態で説明を聞けた。
彼女たちがなぜいないのかというと、ゲンチーナさんがタチアナさんに一度治療院に来ることを勧めたからだ。
タチアナさんは「新種の魔物と離れたくない~!」「入院は嫌~!」と叫んでいたけど、サブマスから「今治療しないならば新種の魔物の解体は許可しない」と怒り交じりにお説教を続けられ、辟易した様子で治療院へと向かった。
どうせ解体は数日後になるのだから今のうちに完治を目指せ、とギルマスも説得していたのも利いたのだろう。
サブマスは倉庫内にギルマスと私とフェリオさんがいるので、メロディーさんの手伝いとしてカウンターに出てもらっている。
「『魔物図鑑』には身長と体重、姿絵、生息地、弱点・耐性、どういった攻撃・防御をするか、考えられるスキル、解体の仕方、解体後の高価部位や食べられる部位などを載せる。すでに身長と体重、胴回りなどは計測してある。生息地の項目は、発生源と思われる“オリビーの森”を記載する予定だ」
『魔物図鑑』に新しく載せるには、記載できる項目をなるべく埋めることが大事だ。
フェリオさんはこの会議に集まっている全員に用紙を渡している。
「この用紙に各自必要事項を記入して。次の会議でまとめる」
その用紙には、ギルマスの言った内容――主にどういった攻撃をしてきたかを書いてもらう様式になっているようで、それを後日まとめるとのことだ。
「フェリオさん、用意してくださってたんですね。私ったらお手伝いしてなくてすみません」
「大丈夫。昨夜皆が戦っているときに作ったから」
フェリオさんは改訂するたびに出版される『魔物図鑑』をすべて収集しているほど『魔物図鑑』にくわしい。だからこの会議に必要になるであろう書類をすでに作ってくれていた。
「領主から町の住民にも見せてくれないかと打診されているので、新種の魔物を広場で見せることも検討中だ。三パーティーにはこの死骸の警備を兼ねて討伐者としての顔見せをしてもらう予定も入っている」
この三パーティーとはもちろん新種の魔物を倒した人たちのことだ。『魔物図鑑』に表記される初期討伐者として、その三パーティーが記載されることが決まっている。
町の人たちは昨夜不安な夜を過ごしただろうけども、一晩で倒された新種の魔物に大変興味を示し、それを退治した冒険者を間近で拝見したいようだ。
「んで、これが今回集まってもらった一番の理由だ。この新種の魔物の“名前”を決めないといかん」
ギルマスが本題を発表したとたん「名前決めだー!」と三つのパーティーが盛り上がる。
その一つのパーティー『羊の闘志』さんたち六人がまず話し出す。
昨夜途中から参戦したゲイルさんは特に気合いが入っていて「はいはーい」と手を上げた。
「俺、かっこいい名前考えたんだよなー! ゲイルジャイアントペリドットゴリグリンとか、ペリドット羊の闘志ブラッキョゴリグレッドどうだよ!?」
一回聞くだけでは覚えられないし、聞いたことのない単語もある。ついでにご自身のお名前も入っているようだけど……無理やり入れた感がある。
私の疑問には『羊の闘志』リーダーのバルカンさんも、同じことを思ったようだ。
「ちゃっかり自分の名前やらパーティー名入れんじゃねぇ。それにお前ぇそんな長い名前、一日もたたずに忘れるに決まってるだろうが」
パーティー内で二人いる女性の一人マルタさんも、困惑した顔をする。
「何だい、そのゴリ……ブラッキ……何とかって……。まさか語感がかっこいいって理由だけとか、言わないだろうね? まぁ『ペリドット』を付けるのはいい案だとあたいは思うよ」
そんな彼らの会話に入らないパーティーメンバーもいた。
いつもふとした時に知識を教えてくれるおじいさんの、ブルター・ニューさんだ。彼は新種の魔物の死骸をしみじみとした表情で見ていた。
「長年冒険者をやっているがの、よもや新種の魔物を倒すばかりか、名前決めにまで参加できるとはのぅ」
彼の隣にはメンバー内のもう一人の女性、魔法使いであるイサベラ・コロンさんがいる。彼女は、いつも色気のある恰好で戦っていて、今日もそんな恰好で会議に参加している。
「わたしは反対にかわいい名前にしてもいいと思うの。でも昨夜はわたし、活躍できなかったものね。あまり口に出さないほうがいいかしら」
彼女は集団を一掃する大技系の火魔法が得意だ。だから新種の魔物を綺麗に倒すというのが目的だった昨夜の戦闘では、思うような活躍ができなかったようだ。
「名付けはセンスが問われるな……」
名付けに盛り上がっている彼らを見てぽつりと言ったたのは、斥候のキー=イさん。彼は、上半身がパンダの獣人の姿をしている。
静かに敵や魔物の位置を把握する仕事柄のためか、『羊の闘志』内ではあまり話さないタイプだ。
「おいおい、『羊の闘志』だけで話進めるなよ! 最終的に倒したのは、こっちの二つのパーティーの攻撃役なんだからな!」
「そうだよ、こっちにこそ決定権があるってものだ!」
他の二パーティーも負けじと名付け会議に参加する。
それでもまだ大きい声でゲイルさんが主張した。
「わかりやすさより、かっこよさじゃんかー。俺はファンタズゲシュトルを参考にしたんだ! あれなんてただのオバケでよかったのにファンタとか、ゲシュとか、変にかっこいい響きじゃんかー」
この主張に、ブルターさんは新種の魔物の無傷のペリドットを見ながら言った。
「ゲイル、『ファンタズゲシュトル』というのはのぅ、はるか昔の時代の人たちの言語で『闇の中で光る魂』――つまり幽霊という意味のままじゃったはず。じゃからとてもシンプルな名前なんじゃ」
ブルターさんの披露してくれた知識に、『羊の闘志』だけでなく他の二パーティーも関心を示す。
そんな会議から少し離れた場所に立つ私は、『羊の闘志』たち三パーティーを『鑑定』スキルで一人ずつ確認していた。
今回は彼らの能力が上がったかの確認ではない。とある項目に私と同じものがないか見ていたのだ。
私は実はこちらの三パーティーが集まるのを待っていた。
昨夜、私の称号におかしなものを見つけたからだ。
その称号が出たタイミングから、たぶん新種の魔物に関することだと予想していた。だからこちらの三パーティーにもそれがあるか知りたかったのだ。
私に付いているおかしな称号とは、
『称号:オリ●ーの森ダンジ▽◆踏破者』
本当に、この称号なんだろう……。
他の三パーティーには誰一人付いてない称号なんだけど……。
なぜ文字化けしているのかもわからないし……。
ルシェフさんがいるときに聞けばよかったのかな。




