233: 魔王様に遊ばれる④ ~興奮する治療院さん~
私たちの驚きを意に介さず感動を表しているのは、治療院にお勤めの治癒魔法使いジュリア・ゲンチーナさんだ。
彼女は涙をつーっと流し、とびきりの笑顔でルシェフさんを見つめ、叫んだ。
「やっと、やーっとぉ、会えました~~!! 会いたかったです~!」
「ゲ、ゲンチーナさん! なぜここに!? いえ、ともかく寄らないでください!」
私は急いでルシェフさんの前方に障壁を立てた。
なぜならゲンチーナさんがガバッと抱き着かんばかりに、ルシェフさんに迫ってきたからだ。
先ほど将軍様に目に物を見せられた私としては、魔王様に無礼を働きそうなこの事態に対処しないと我が冒険者ギルドが危ないと案じた。
「ゲイルさんが礼を言っているなら、あなたが私の探し人――! 究極の技を持つ治癒魔法使いですね! そうですね!? お、お名前は~??」
「ゲ、ゲンチーナさん、この方は違います、落ち着いて! ぶつかりそ……、ぶつかりましたよ!?」
ルシェフさんの前方に障壁を一枚立てたものの、彼女はそれが見えないのかそのまま突き進み、衝突したのだ。
「ゲンチーナさん、大丈夫ですか!?」
「……ごんなっ、ごんな゛障害では私を止められませんよ~~!」
彼女のほっぺと鼻がつぶれて変顔どころか怖さがあるけど、そんなことはかまわない様子で横から回り込もうとする。だから彼女を囲むように残り三枚を立てて四方を囲むことにした。
「ぎゃーっ、シャーロット、俺も一緒に入っちゃってるぞー! うわーっ」
障壁はゲンチーナさんだけを囲むことができず、近くにいたゲイルさんまで一緒に入れてしまった。
ゲンチーナさんは自身が囲まれたことに気づくも、上を見上げて閃いた顔をする。
「ゲイルさーんっ、あなたの肩を貸してください! 上から出ますよー!」
ゲンチーナさんは障壁で囲まれてもめげず、天井障壁が作られてないのがわかると、なんとゲイルさんをよじ登り始めた。肩車でもしそうな勢いだ。
そうしながらも彼女はルシェフさんに必死に話しかける。
「あなたにーっ、会いたかったんです~! 教えてください! あなたが凄腕の治癒魔法使いですねぇぇぇ!!??」
「痛~っ! おいっ、離れろよ! 首もげる~!」
ゲンチーナさんが足を滑らせつつ、ゲイルさんの頭を掴んでいた。
障壁の外側では『羊の闘志』たちが「落ち着け!」やら「ゲイルから離れるんだよ!」とてんやわんやだ。
(あれ、この状況……どこかで……あ、夢)
私はゲンチーナさんがよじ登るというこの状況に既視感を感じた。
今朝の夢で見たことを思い出したのだ。
とうとう予知夢のスキルでも発現したのかなとか思いつつ天井障壁も作ろうと手を動かすも、またもやルシェフさんにさえぎられた。
「お前は治癒魔法使いを探しているのか」
「はいっ! ゲイルさんのもげた腕を治した方を探していたんです! あなたですよね!??」
まさかルシェフさんがゲンチーナさんに声をかけるなんて。
彼女の質問を聞いて『羊の闘志』の皆さんは「おい、やめろ」と、私が治癒魔法のことを隠していることを知っているからこそゲンチーナさんを制止した。
「ルシェフさん――! ちょっとお話が!」
私は私で天井に障壁を張るのを中断し、ルシェフさんの腕をがっしり掴んだ。
この際「無礼だ」と怒られてもいい。お願いだから本当のことは言わないでください、と必死に目でも訴えた。その腕を掴んだままゲンチーナさんから離そうと試みる。
さっきはすんなり動いてくれたから今回も、――と願うも動かない。
「あれ、――ルシェフさーんっ」
銅像のようにぴくりとも動かない。
では逆にゲンチーナさんを離そうかと、とっさに考える。
障壁を私たちから遠ざけるようずらせばいい。――いや、ゲイルさんに肩車させている不安定な体勢では、障壁が当たって床に落ちる可能性が高い。そんな危ないことはできない。
ではやはり二人を離すにはルシェフさんに動いてもらうしかない。
「ルシェフさ~ん! 向こうでっ、お話したいんですけど~っ。ぐ、ぐぐぬぬぬ。――くーっ、くぬぬぬ……! ……ぜー、はー……。ルシェフさ~ん、せーのっ、って、ひゃっ!!」
腰を落としても、片足を大きく一歩出して勢いをつける動作をしても、魔王様を動かすことはまったくできなかった。私の力が尽きて息が上がった。それでももう一度だ、と再度足を強く踏み込んだら滑った。
腕を掴んだまま足が大きく振り上がる。
そのまますっ転ぶかと思えたけど、すぐ何もなかったかのように足が床に着いていた。
ルシェフさんが逆に私の二の腕を掴んで軽々と引き上げたからだ。
「あ、あれ、すみま……」
私はこの早業にびっくりしたけど、すぐ礼を言おうとした。
しかしその前にルシェフさんが声を発した。私にではなく、ゲイルさんによじ登っている彼女に。
「治癒魔法使いは俺ではないし、ここで紹介することもできない」
「えぇっ! あ、あなたではないし、ここにはいない、と!? ……そんなぁぁっ」
ゲンチーナさんはその返事に一気に落胆し、ゲイルさんの肩から滑り落ちるように床に足をつけ、ひざから崩れ落ちた。
「ルシェフさん……!」
さっき私が治癒魔法のことを隠していると言っていたこと覚えてくれたんだ、よかったと安心したのもつかの間、彼は衝撃的な発言をした。
「だが、近くこの町に連れてくる。その際会わせてやろう」
…………ん。
――――は?
――その人は、私のはずですが!?
ルシェフさんに裏切られた気持ちでばっと彼を見たけど、そんな彼は私に薄く笑みを見せ「問題ない」と囁き、私の絡んだ腕をそっと外して去っていった。
「……っ、ゲイルさーーん、聞きましたか!? やりましたよ! よかったですね! やったーーー!!! 聞きましたか、受付さん!? とうとう会えるようです! ありがとうございます、ありがとうございます!! また会えるのを楽しみにしておりますーー!」
ゲンチーナさんはまた元気よくゲイルさんによじ登って、高い位置からルシェフさんに手を振る。
「ちょ、俺にまた登るな~! 俺の装備、涙でべちゃべちゃになってるだろー! 王都で新調したんだぞー!」
ゲイルさんは自身のピカピカの鎧が濡らされて怒っていた。
他の『羊の闘志』の皆さんは、ただただルシェフさんを見送った。
私はというと、「待ってください!」と追いかけようとするも、突然サブマスから呼び止められた。
「シャルちゃん、騒がしいよ。それにさっきから怪しい行動を取って、何なんだい!」
「あ、すみません。しかしその、これは……」
つかつかとサブマスがはっきり不審な表情で近寄る。
「どうもおかしいよ。これは……まさか」
私の秘密がサブマスにバレてしまったのだろうか。
私とゲイルさん以外の『羊の闘志』の皆さんが固唾を呑む。
「シャルちゃん、君は魅了にかかっているかもしれない。治療院で診察を受けてきなさい!」
「……んぇ、はい……? み、魅了って、状態異常の『魅了』のことですか? 今日はそんな攻撃をする魔物に会ってませんけど……」
「ルシェフとかいう冒険者に腕を絡ませて、顔を赤らめているようだったからね。シャルちゃんに言うことを聞かせようとして、彼が仕掛けたのかもしれない」
「ええっ、いやいやいや!」
魔王様にそんな失礼なことを言わないでください。それにサブマスはどのへんから見ていたんですか?
腕を絡ませていたのではなくて、彼を後ろに引っ張ろうとしていたのだし、顔が赤かったのは力を入れていたからですけど。
それにゲンチーナさんのほうが明らかに異常な行動をしていましたが!?
「今すぐ、治療院に行って検査をしてきなさい! 『羊の闘志』の君たち、悪いけど協力してくれないかい!?」
「サ、サブマス、私大丈夫ですよ! 勘違いされているようですけど、『魅了』だなんてありえないですよ~」
「『魅了』にかかっている人はだいたいそう言うんだよ」
そんな、酒に酔っている人が「酔ってませーん」って言うみたいな……。
ルシェフさんが私にわざわざ魅了をかけるなんて、どんなメリットがあるというのか。そんなことをするはずがないし、『鑑定』で見てもそんな状態異常にかかってないとわかる。
そこにやけにはっきりとした声で名乗り出る人がいた。
「ギルドのサブマスターさん、魅了の状態異常にかかっているかは、私が確認できます。わざわざ治療院まで行かなくてもこの場でできますよ。おまかせください!」
「ゲ、ゲンチーナさん……」
彼女は先ほどと打って変わって真剣な顔をしていた。
障壁に囲まれたまま、新調したというゲイルさんの装備品を彼女はハンカチで拭いていたけども。
「あの方に会えると決まれば、私がやることはただ一つ! それまでに私も恥ずかしくない自分であらねば。たくさんの経験と知識を積むため、がんばりますよ!」
高速で拭いて、ゲイルさんに「もういいって」と止められた彼女は「シャーロットさん、ほら障壁をはずしてくださいっ」と自信満々の笑みを見せた。
いや、本当にゲンチーナさんの魔力の無駄になるのでいいです、遠慮します……。




