232: 魔王様に遊ばれる③ ~あの手紙の内容~
「ルシェフさんどうぞ、こちらの用紙にご記入ください。それから、さっきお見せくださったグリーンベアの首を出していただけますか? 解体に出しますので」
先ほどの騒ぎのあと、ルシェフさんはいつもと変わらない涼しい表情のまま「いつもの」と言ってきたので、カウンターに案内した。
この騒ぎで冒険者たちは仲間と夢中で話していてカウンターは空いているから、すぐご案内できた。
「おい、シャーロット。この書き方でいいんだな?」
「そうです、カイトさん」
目ざといカイト王子もあとをついてきて、ルシェフさんが何をするのか私に聞いてきたので、ランクポイント減点の話をすると王子も同じことを要求したから書かせている。
私は王子に答えながら熊の首が乗っかる程度の大きさで障壁を出す。
平行に作って、その上にルシェフさんにグリーンベアの首を置いてもらった。
「解体おねがいしまーす! 解体倉庫に保存してある、城内で倒されたグリーンベアと同一個体です、確認お願いします!」
私は解体カウンターまで持っていき、そこにいた解体メンバーに渡す。
タチアナさんはカウンターにはいない。例の魔物の死骸を前に陣取って、ずっと動いていないようだ。
「なーなー、シャーロットー!」
私が解体カウンターから戻ってくるあいだに、『羊の闘志』のゲイルさんに声をかけられた。
「さっきの魔国のお偉いさんが持っていた封筒って、さっきシャーロットが持っていた封筒と同じじゃねーか!?」
「……えーと」
さほど大きな声とも思わなかったけど、ギルド内にいた冒険者たちが先ほどの騒ぎについて語り合っていたところだから全員息をひそめて、しーんと静まり返ってしまった。
「シャーロット! 魔王から手紙なんだろー? 何が書いてあったんだよ」
「え、あの……えーと」
他の冒険者さんたちからも注目されて焦る。
そういえば……、魔王様とカイト王子が来る前、皆が見ている前で堂々と黒い手紙を出してしまっていたっけ。こっそり見るべきだった……。
「それには答えられんな。用件をおいそれと話すわけがないだろ」
どうしようかと思っていたら、ギルマスが待ったと声を出してくれた。今後戦争に参加する予定です、なんて言えるはずがないので助かった。
ゲイルさんは残念そうな顔をしていたけど、「ギルドマスター、うちのゲイルがすまんな」とあとからバルカンさんが割って入った。
ギルマスが私に振り返る。
「とにかくシャーロット、あのしゃべりかたの龍族と、礼儀正しい仮面の魔族とか、それっぽい奴らが来たら俺らに通せよ」
「そうします……」
仮面の魔族の方は会ってないからどのような方かわからないけど『鑑定』で見たらわかるだろう。今後また来るかはわからないけど、その場合は上に通そう。
「――ふむ、手紙の内容くらい別に教えてもかまわん」
「ル、ルシェフさん!?」
これで手紙の件は触れられることはないだろう。と安心していたら、ルシェフさんが蒸し返した。
しかも道路でのときと同じくギルド中に聞こえる音量なものだから、またしーんと静まり返ったではないか。
「お、おい?」とギルマスが制止しようとするも、ルシェフさんは続けた。
「簡単なことだ。身分もランクも関係なく列に並ばせるという、ここアーリズ冒険者ギルドの理念に大層感心を示し、ギルド職員たちを称賛するという内容が書かれてある」
――は、はいー!?
確かに手紙の内容は言えないけれど、そんな書かれてもいないことを平然と申されましても……。
手紙の内容を知っているギルマスは、困惑したようにルシェフさんを見る。
ルシェフさんはルシェフさんで、ギルマスの視線に何でもないことのように繰り返した。
「確固としたルールを守る姿勢のギルドに、魔王は好感を持っている。先ほどの将軍も同様の態度だっただろう。魔王の配下が何人来ようとこのギルドのルールに則って混雑時は並ばせるがいい」
あのぉ、将軍様には「豪胆ぞよー」としか褒められてないし、何人も来たら圧がすごくて並んでいる人は気が気じゃなくなるのですが……、と思うも周りはこれで沸いた。
「おおお、スゲー! 魔王にも一目置かれた受付嬢ってことかー!」
ゲイルさんが盛り上げるものだから他の冒険者さんたちも「ますます名物受付嬢になるな!」「さすが我らがアーリズの冒険者ギルドの受付嬢!」などと乗っかる。
「ちょっと皆さん、やめてくださいよ! ――ルシェフさん~っ!」
「黙っていても変な憶測を呼ぶだけだ。それにこれでギルドに変な難癖をつける奴は減るだろう。何といっても魔王が気にしていないのだからな」
私の焦りに涼しい笑みで返された。
そうかな、変な憶測のほうがまだマシじゃなかったかな??
う~ん……、でも、そうか。
ルシェフさん――魔王様の口から「好感を持っている」という言葉が出たのだ。
二年前の落ちぶれた冒険者ギルドを、なんとかちゃんとしたギルドにしようと皆で頑張ってきたのだ。その努力が少しでも報われたようで、それはそれで嬉しいな。
「おい、書いたから早く処理しろ」
「あ、カイトさん。はい」
この騒ぎにまったく関わらなかったカイト王子の処理に向かう。
「――はい、これであとの流れはさっきお話したとおりです」
「あー、助かる。ほっとくとSランクになっちまうからな」
カイト王子はAランク冒険者で止まるように調整しているようだ。
Sランクの冒険者を目指す人は多くいるけど、なったらなったで目立つ存在になるからね。王子の本職のことを考えたらAランクで止めておくことが必要なのかもしれない。
「ではルシェフ殿、先に失礼します。あとのことはこちらが処理するので……」
最後もやはり魔王様には敬語で挨拶する王子は、次に私に顔を向けた。
「じゃーな、王都に帰るから何かあればそっちに連絡してくれ」
「あ、もうアーリズを出るんですね……」
この町での用事はほぼ済ませたんだろうな。
「でも、最後に新種の魔物は見ていかれないんですか?」
「夜のうちに見たから問題ない。そもそも新種でも魔物にはそれほど興味はねー。――いや、面白くはあったな!」
カイト王子がなぜかニヤリと笑った。
「あの魔物の額を見せてもらったが、――あれは傑作だな! シャーロットがあれだけ『額の宝石は壊さないでくださいよー!』とか言ってたのに、本人の仕業だってな! いやーご立派ご立派! ハハハハハ!」
「なっっ! くぅっ、ぐぬぅぅぅっ! ……最後の挨拶は気持ちよくしたかったですねっ」
カイト王子は一人で笑いながらギルドを出ていく。
去り際に「またな」と出ていった。
私はカウンター内でカイト王子を出口から出るのを最後まで見送るつもりだったけど、ちょうど解体作業が終わったとの声がかかったのでそちらに視線を移した。
またなと言うからには、いつかまた会えるのだろう。
「ルシェフさんどうぞ、グリーンベアのお肉だけをお渡しですよね。他の素材はこちらで買取しますが大丈夫ですか?」
「ああ、他は興味ないが、肉は将軍たちの土産にしようと思いついた」
「お土産ですか。熊の肉、どうぞおいしくお召し上がりくださいませ」
熊鍋とかかな、量は足りるのかな、龍族の将軍なら一口で食べれそうだし……あ、ギルマスのように人型になると聞くから一口にはならないか。――などとどうでもいいことを考えながら渡す。
一緒に「いつもの」受注処理も終えて預かっていたカードもお返しした。
「ゲイル、お前ぇ早く行ってこい」
渡している横で『羊の闘志』のバルカンさんがゲイルさんを押し出していた。
「お前ルシェフって言ったよな! 俺はゲイルだ!」
そういえば彼ら『羊の闘志』の皆さんは、ルシェフさんの様子を窺いながら待っていたっけ。まるでカイト王子がいなくなるのを待っていたようだなと私は思っていた。
「あの建国祭のことはリーダーたちから聞いた! 危ないところを助けてもらったって。あのときはありがとうな!」
ゲイルさんはルシェフさんに深々と礼を述べた。
ルシェフさんはゲイルさんを見ずに静かに答える。
「俺はそのリーダーとやらに、シャーロットに礼をしろと伝えていたが」
「ああ、シャーロットには言った! でも、あの魔物の相手をしてもらえなかったら、やっぱり俺は今ここにいなかったかもしれないしさ!」
考えてみればゲイルさんはあのお菓子のような形の魔物から攻撃を受けたあと、町に戻ってくるまで気絶していたから、直接ルシェフさんにお礼を言ってなかったんだっけ。
ルシェフさんはしょっちゅうこのギルドに来るわけではないから、やっと礼を言えたことになる。
「建国祭では、本当にありがとう!」
ゲイルさんは再度腰を折った。
バルカンさんたちも一緒に礼をして、六人ともやっと目的を達成したかのような表情だ。
私も彼らと共に礼をした。我がアーリズの冒険者を守ってくれたのだから。
しかし突然、彼らの後ろから震える声が聞こえた。
「え、ゲイルさんたちが、……建国祭のことで――お礼を言っている! ま、まさか、あなたが私の探していた治癒魔法使いの方――!!!!」
一人お客が帰ったら、また一人お客が来るのはいつものことだけど、それがどうしてこの人なのだろうか。
「私、私ーーっ! あなたを――っ、探していたんです~!!」
「あなたは、ゲンチーナさん……!」




