231: 魔王様に遊ばれる② ~目に物を見せられた~
正確には火ではないようだ。稲妻のように輝いている。
龍の口から、ということは噂に聞いたことがある『ドラゴンブレス』だろうか。
「なぜ……いや、何が起こってるんですか!? 魔物……じゃなくて龍族の人……?」
たまにテーブル山ダンジョン付近を統制が取れた動きで飛んでいる、魔国の龍族の部隊の一人がいつもより町近くの上空でドラゴンブレスを吹いているのだ。
普段は部隊を組んでいるのに今日はその一人(と言うか一頭と言うべきか)しか見えないので、最初は魔物と勘違いした。
「シャーロット~! それとギルドマスターとサブマスター! すごいことになってるぞ~! やべー!」
「おいゲイル、それじゃわかんねぇだろ。――ギルドマスター、ギルドに来た魔国のところの偉い奴がニセ者三人を抱えていくときに言ったんだ。公開するから東の空を見とけ、ってな」
ギルドにはバルカンさんたち『羊の闘志』も元々いて、私とニセ者たちの様子を窺っていた。私たちが二階に行ったあとも衛兵が到着するまで見張ってくれていたようだ。
そこに魔国の人――先ほどメロディーさんが言っていた人物が入ってきて、見物するように伝えたのだそうだ。
「……他の奴らは『黒い手紙を持っていたから本物だ』と言ってやがるが、それだけじゃねぇ。圧が違ぇ。本物の魔王の部下ってぇ奴ぁ、ニセ者と比べらんねぇほど強ぇぞ」
バルカンさんはたとえ止めようとしても無理だったろうと語る。
そんな人物が「空を見るように」と言ったものだから、冒険者たちがわざわざ外に出てギルド前に同じ方向を見て集まっていたのか。
――って、
「公開……? 見物とはどういう……」
「『魔王』を名乗るとはどういうことなのか。再度はっきりさせようということになったのでな。――ここにいる者はよく聞くがいい」
「ル、ルシェフさん……?」
ルシェフさんがやけに通る声を出すものだから、私たちだけではなく空を夢中で見ていた冒険者たちも、混雑した通路を不思議そうに通る住人さんたちも、彼を振り返る。
「魔国の王は世襲制ではなく、どの者よりも強くすぐれた存在が継いでいる。強ければ簒奪も歓迎している。よって『魔王』を名乗るのならば、魔王の側近たちと対峙してすべてに勝ち上がることをまず要求される。ゆえにあの三人――魔王と名乗った者とそれを指示する二人には、望みどおり簒奪を狙う者たちとして、魔王の側近の一人と戦闘してもらうことになった」
「えええええ!!!」
道に集まっていた全員が驚いた声を上げた。
一緒に外に出たサブマスは、何かを思い出したようで私たちにこう言った。
「……あぁ、大昔に聞いたことがあるかしれないね。だいぶ長いあいだ次代の魔王様やそのニセ者が現れなかったから忘れていたけど……、魔王様を名乗るには多くの責任が伴うから、安易なことをしてはいけないとかなんとか……」
長命の彼は昔の記憶を手繰るような表情をしている。
私はルシェフさんに向き直った。
「ま、魔国は実力主義なんですね~。……ということはですよ? 今、空を飛んでブレスを吹いているのは魔王様の部下の方ということですか?」
「魔国の将軍だ。準備運動をしていたのだろう」
しょ、将軍様ですか……。
「おいおい、あのブレスが準備運動ってか……? 町に届きそうな威力だったぞ」
ギルマスも皆と同じく空を見上げ、隣ではカイト王子が状況を説明してくれた。
「――その将軍サマの爪に、三人が引っかかってるようだな。全員相手にするんじゃねえか?」
「カイトさん見えるんですか?」
「オレは目がいいからな」
そういえば遠くを見ることができるスキルをお持ちだった。
私も昨夜ハートのメガネを壊さなければ、自分で見られたのに……。
あの高さだし、放り投げて三人を落とす予定なのかな。……でもさっき魔王様は準備運動って言っていたけど……。と思う暇もなく、将軍様は次の行動に出たようだ。
カイト王子がそのまま続きを教えてくれた。
「お、三人とも放り投げたが、このあとどうす……」
カイト王子の説明は最後まで聞けなかった。すぐにゴーッという轟音がこの町に響いたからだ。
私の目にはニセ者三人は見えなくても、龍族の将軍の口から横一直線にドラゴンブレスが吹かれたのはわかった。
向きを変えたらこの町に届くかのような長いブレスはすぐに吹き終わり、一瞬の静けさのあと目のいい人たちによって結果を教えてもらうこととなった。
「うーわ、消し炭になったんじゃねーか……」
カイト王子に続き、遠くを見ることができるスキル持ちの冒険者たちも、「げーっ、跡形も残らねえだろ……」と呆然としている。
「――あの……彼ら三人はそういう……決まり的なことは知らなかったんじゃ……」
私は隣に立つ魔王様に、慈悲はなかったのかという意味を少し込めて聞いた。
「執行前にわかったことだが――、『魔王』を名乗ったのは初めてではないようだ。先日別の村でその手口を使って金品等を要求したことがわかった」
「そうだったんですか」
「その件がなかったとしても、元より知らぬ存ぜぬでは済まされない。一度でも『魔王』と名乗るからには、その覚悟があるとみなされる」
魔王様はずっと涼しい顔で答えていた。
「――ちょ、ちょ~! その将軍がこっちに、町に来てるぞ~!」
慌てた声を出したのはゲイルさんだ。
それは、どうしよう。……いや、なぜにこちらに?
しかも町に来ているというより、このギルドを目指して来ているように感じるんだけど!
「将軍さんがこっちに来てるぞ、カラクこっち来い」
「あぁ、――僕たちが出るから君たち職員は後ろにいなさい」
私はサブマスの言うとおり後ろへ下がる。
そうだ、魔王様に報告に来たのかもしれないから、私は彼より後ろに立っていよう。
メロディーさんとフェリオさんはギルドの入り口の陰まで下がってこっそり様子を窺うようだ。
そして冒険者ならびに私たち冒険者ギルド関係者は、慌てながらも身構えてその龍を待った。
すぐ上空が陰る。綺麗な青い鱗の龍が私たちを覆うようだった。
「ほう、ここが魔王陛下を偽った者たちを見極めたギルドぞな……。報告感謝するぞよ。しかしあの三人、魔王と側近を名乗るわりには口ほどにもなかったぞよ」
バッサバッサと羽ばたかせながらやってきた将軍様は上空で止まり、ギルマスとサブマスと対峙する。
その声は熊の完全獣化状態のギルマスと違って、くぐもってない。
「そこの娘――」
このままギルドのトップ二人と話すと思って様子を窺っていた私は、なぜか龍族の将軍さんのやけにはっきりとした言葉に、その娘さんは誰のことかと探す。
「キョロキョロしている娘。お前ぞよ」
「……わっ、私、ですか!?」
自分のことだった。なぜ私に声をかけているのだろうか。
「うむ、魔王陛下のニセモノであると見破ったのはぬしであると聞いたぞよ、良い仕事であったぞよ」
「は、はい。ど、どうもありがとうございます……?」
ニセ者たちであることは、ご本人様を知っているし『鑑定』ですぐわかったので褒められることではないのだけど……。てか、この言葉遣い、ついさっき聞いたような……。
「めんこくて豪胆な娘のようぞな。――では、さらばぞよ」
言いたいことだけを言って、龍族の将軍様はさっさと踵を返して魔国方面へと飛び去っていった。
当然空中で反転したものだから翼で風が起こり、下にいた冒険者さんたちは「ぶあぁぁ!」「風がー!」と大きく風に煽られる。
私は魔王様の後ろにいたせいか、特に風を受けることがなかった。
だから将軍様が去り際に、魔王様に目で会釈していたのがはっきり見えた。――でももちろん見なかったふりをしておこう。
風がやんで、服や髪を直しながら冒険者さんたちは先ほどの将軍様について語る。
「おい、あの言葉遣い……」
「あぁ、あのニセ者魔王そっくりだったな」
「魔国の将軍の口調をマネた中途半端なニセ者だったのね……」
魔王様って、公式の場で庶民に顔を出したりお声を聞かせたりすることはないのかな? だからあの将軍様のような話し方で私たちを騙そうとしていたのだろうか。
というか、今日はやけにお偉い方々に声をかけられる日だなぁ。




