229: 嬉しくないお誘い⑦ ~祭の日の全貌~
「こらー! どうしてそうなるんだ。勝手に話を進めるな!」
「何か弱みでも握られているんじゃないのかい!? 怒らないから話しなさい!」
私たちが戻り「今回は西辺境領にお手伝いしに行きます」と伝えたところ、案の定ギルマスとサブマスが怒りだした。
でも私の不注意すぎる昨夜のことは教えたくないし、魔王様と話していたら確かに私ができることはあるのかもと思い始めたことで、参戦することに肯定的になっていた。
「ギルマス、サブマス、最前線で戦うことにはならないそうですから大丈夫ですよ。何より、私の力が少しでもお役に立てれば嬉しいですし」
私が安心してほしいとなだめるも、ギルマスは私の隣にいる魔王様に抗議する。
「まずルシェフ、お前が信用ならねえ! そもそも祭の日に召喚石から出てきた魔物を狩ったらしいが、本当はその魔物を召喚したのがお前じゃないかと、俺は疑っとるんだが!?」
ギルマスは、いやサブマスもあの祭の日の未確認の魔物出現事件について疑惑を持っているようだ。二人が魔王様を睨んでいる。
「その件について、ルシェフ殿は関係ない。むしろ出現した例の魔物を倒してもらったことに我が国として感謝している。――まぁ座れ」
空気がピリついているこの部屋で、今度はカイト王子が口を挟んだ。
彼が例のバンダナを取っているからちゃんと王子だと認識できているようで、勢い込んで立っていたギルマスとサブマスは席に座った。
「まずなー、どこに人の耳があるかわからねーんだから、はっきりと石の名前を言うのをやめろ」
カイト王子は私たちを睨む。「召喚石」ではなく「例の石」や「漬物石」と変えて話すように、と。
「――でだ、今回の一連の事件は冒険者ギルドも関わったことから、調査の一部を教えてやる。ちなみにヴィダヴァルド侯爵にも伝えてある。何といってもアーリズ狙い――、ヴィダヴァルト侯爵の治めるアーリズの町を狙った犯行だからな」
「え」
驚いている私たちを見てカイト王子は続けた。
「ブゥモー伯爵はヴィダヴァルト侯爵を長年恨んでいた。だから侯爵に大きな打撃を与える機会を窺っていて、とうとう有力な方法を見つけ実践したようだ。それが例のあの石を使うという、憎むべき方法だったってワケだ」
王子はイラついたように足を組み替えた。
「えーと、ブゥモー伯爵って王太子様にも手を掛けようとしてたじゃないですか。うちの領主様も狙うってことは、このお二人に何か共通点でもあるんですか?」
私の疑問にはサブマスが答えてくれた。
「ああ……、シャルちゃんには以前、フォレスターの王族は冒険者として修業に出ないといけない時期があるって話しただろう? 王太子殿下はパーティーをお組みになった際、ヴィダヴァルト侯爵を選ばれたんだよ。ブゥモー伯爵は仲間に加えなかったんだ」
王族は主に六人パーティーを組んで冒険に行くのがしきたりだそうで、王族のお供は貴族の令息令嬢が選ばれることが多いらしい。
特に王太子の組むパーティーだと次期当主として有力な人物が選ばれるとのことで、現ブゥモー伯爵もまだ家督を継いでいない時分に狙っていたようだったが選ばれず、ズベン・ヴィダヴァルト様(同じく当時は侯爵ではない)が選ばれた。
そのことで、今までずっと恨みを持っている可能性があり、選んでくれなかった王太子にも同様の感情があってもおかしくはないとのことだ。
「うちの領主様ってそんな経歴があったんですね! ……あれ、ということは……ちょっと話変わりますけど、カイト王子の組織のメンバーって冒険者時代の仲間の方もいるってことですか?」
「……話の腰を折るな」
カイト王子と同じく黒い服装をして鈍器を持っているお仲間さんたちのことが気になっただけなのに、怒られてしまった。
「とにかく詳しい動機は帰ってからでないとわからねーし、そもそも動機解明は王都のほうでやっているとして肝心の石の持ち込みについてだが、――オレはエーリィシ帝国から持ち込まれたと考えている」
「何だと!?」
ギルマスとサブマスが驚いていたけど、私は今朝のティーパーティーの話から予想がついていた。
「ブゥモー伯爵の負の感情に付け込んで、帝国側が石を我がフォレスター王国内に運ばせたということだ。調査で明らかになっているのは、例の漬物屋――こいつはブゥモー伯爵領の商人だ。それに同乗していた帝国出身者一名が、その石を使おうとしていた」
「同乗……て、帝国人がうちの国の奴と一緒に来たってか? あいつら俺らのことを煙たがるのに……」
ギルマスの疑問にカイト王子は、漬物屋も同じく人族だと伝える。
「帝国人は基本我が国に入るのを嫌がるが、目的や理由があれば我慢することもある」
ただアーリズの町のような、国境からかなり離れた場所に来るのは珍しいそうだ。
「この件では帝国人が主導で動いていたようだ。商人のほうは例の石について、最期まで詳しくは知らなかっただろう。しかし、ただの石ではなく危険な代物であるという認識はあったようだがな」
その彼らはアーリズ侵入に成功したものの、漬物屋はアーリズ内で自身の予想以上の危険なことが行われることを聞いて、帝国人には内緒で石を町の外に持ち出そうとしたそうだ。
「どうも……、アーリズに後から来る『顔見知りの子どもたち』の安全を危惧したようだ」
……カイトさんの言うその子どもたちは、やっぱりあの三人組のことだろうか。
「そこで町から出てテーブル山側まで行き、埋めるつもりが石の扱いを誤って、命を落としたワケだ。ほらな、ルシェフ殿ではないだろ?」
ここでやっと私たちは、すっかりカイト王子の話に聞き入り、ルシェフさんの存在を忘れかけていたことを悟る。
肝心のルシェフさんは、私が出したお茶を飲んでいた。
冷たいお茶はお口に合っただろうか。――じゃなくて、
「カイト王子、ずいぶん見てきたように言いますね?」
「漬物屋の日記が残っていた」
私の疑問に王子は、自身の大容量収納鞄から小さい手帳のような物を出してあっさりと答えた。
「森で例の石を発見した近くに遺留品が残っていて、その鞄から出てきたものだ」
「……殿下、しかしその鞄は最初に騎士団が見つけた物ではないですか? そのような手帳があったとは聞いていませんが……」
あの不思議な魔物が出てきた場所を先に調査していたのは、我らがアーリズの騎士団だ。そしてその騎士団とサブマスは出てきた召喚石について相談していた。もし手帳があったのなら、サブマスは聞いていたはずだ。
「あぁ、鞄の底の中敷きの下に隠すように入っていた。はんっ、ここの騎士団はオレらより調査が甘いな」
ドヤ顔で鞄も大容量収納鞄から出して、わざわざ中敷きまで見せてくれた。
ついでに日記が書かれた手帳も、私たちに開いて見せてくれる。
その手書きの字は商人ギルドで家を借りたときに書いた台帳と筆跡を照らし合わせ、一致したのだそうだ。
「えーと、それじゃあとは、帝国から来た人がどこに行ったかですよね。……というか、漬物屋さんだって亡くなったと決まったわけではないのでは……?」
「いや、死んだ。……シャーロット、これ以上聞くな。踏み込みすぎだ」
単純なことを聞いただけなのにまたもや怒られた。
しかし、これでおしまいかと思われたとき、今まで黙っていた方が声を上げた。
「荷物の他に、その者らが着ていた服もあったからだ。召喚石は人だけを食べるため服や持ち物はそのまま残る。未使用の石の近くにも服だけが置かれていたのだろう」
「――っ、ルシェフ殿!!」
「シャーロットはこれから石の原産地と思われる国境近くまで行くのだ。これくらいは知っておいてもらわないと困る」
カイト王子は焦りながらも怒りを表した。
でも魔王様は涼しい顔でコップを置く。
「え、待ってください、あの召か……漬物石が人を食べるって……」
「そのような危険な石であるから、わざわざ専用の布で石をくるみ、組織長らは光を通さない防具を着ている」
確かにカイト王子たちは黒い服装だ。それも光耐性がある。
というか、そんな危険な石だったなんて……!
「それじゃ……、それじゃ、あの子たちはあのとき危なかったってことじゃないですか!!」
コトちゃんは今朝の話で召喚石らしき物を拾おうとしていた。
近づいたら危ないのは私も体感したことあるけど、まさかそこまでだったとは!
「シャルちゃん、『あの子』というのは? 知り合いかい?」
「知り合いっ?? いえっ、知りません……言い間違いです! あの子じゃなくて『その子たち』ですね~……」
どうしよ、サブマスのお目々がキランと光ったのは気のせいかな。
私はそのあとどう取り繕うかと考えたけど、すぐにカイト王子がひときわ鋭い声を出した。
「だから何度も言っているだろうが。余計な好奇心を持つなと。人ってものは、知るとどんどん知りたくなって近寄りたくなる。特に『危ない』と言われたら余計に気になる奴らが多すぎる」
カイト王子は私を睨んでいた。なぜか、ギルマスとサブマスも私を見ている。
まるで「シャーロットのことだぞ」と言われているようだ……。




