228: 嬉しくないお誘い⑥ ~城内に入った熊の首の行方~
待っていてくださった方がいらっしゃいましたら、本当に、本当にありがとうございます。
大変お待たせ致しました。連載再開します。
コ、コップが浮いている……!
中身もその中に納まったままだ。
しかし、そんな私の驚きをよそに魔王様は話を続けた。
「魔王はこれから起こる西の辺境サジタリアーズでの戦争を予知し、大きな問題の対処が必要であると言った。その対処ができる者に心当たりがないか聞かれたので、俺がここにいるシャーロットを推薦した。――テーブルに戻したらどうだ」
「え、あ、テーブルにコップを……。はい!」
浮いているコップを手にすると、下からの風の正体がわかった。
床から小さなつむじ風がコップを支えていたようなのだ。
そんなことができるのだろうか……?
いや、実際できていたではないか。
これは集中の値もかなり高いだろう。魔王様のは相変わらず文字化け状態でわからないけど。
というかこの風は、昨晩の私の大失敗のときと似ているような……。
私が考えているとギルマスは「予知……」と唸る。
「確かに魔国の王は多くのスキルをお持ちで、そのようなスキルも使うと聞いたことはあるが……だがな、シャーロットは障壁魔法の使い手で防御に長けているが体力があるとは言いがたい。戦争に行っても大したお役に立つかわからんぞ。そもそもさっきカラクが言ったようにギルドの職員を戦争に貸し出すようなことをしたくはない」
反対の姿勢をとってくれたギルマスに、私はうんうんと頷くけど……あれ何だか嫌な予感が。
「そこのシャーロットには今回、障壁もそうだが絶大な治癒魔……」
「ちょ! ちょちょちょーっと、ま、待ってくださーい!!! ル、ルシェフさん! ぜひっ、お願いですから二人で、一旦お話させてください!」
私はばっと立ち、ぐっと魔王様の腕を掴んでいた。
思わず行動していた。
「あ、すみません、唐突に腕を引っ張っちゃって。ぶぶ無礼なことを……」
しかし突然腕を掴まれた魔王様は、私の手を振りほどくことなく、すんなり立ち上がってくれていた。
「では、どこかへ案内してくれるのか」
「えと、こ、こちらへ~……」
私の大きな声によって、男性三人があっけに取られているあいだに魔王様と部屋を出よう。
「……あ、ありがとうございます。あの、いろいろまず話をしておきたくて……」
私は魔王様を使われていない部屋へ案内した。
「え、えーとまず、こちらのお手紙を読まずに放っておいてすみませんでした。あの、気づいたら私の手の中にあったんですが、これは……」
「昨夜ちょうどシャーロットが城壁から落下する際、着地させるついでに手紙を渡したのだ。今まで忙しくて時間がなかったのだろう。気にすることはない」
さっきの風魔法で気づいてはいたけど、昨夜の――城壁の上で階段障壁を作ったと勘違いして落ちたのを救ってくれた人は……。
「あのとき助けてくれたのはルシェフさんでしたか! ありがとうございました! 本当にどうもありがとうございました、命の恩人です!!」
だってルシェフさんがいなかったら私、実際死んでいたに違いないのだから。
だから私は何度も彼に頭を下げた。
「さほど大したことはしてない。――それで、わざわざ別室に連れてきたからには言いたいことがあるのだろう」
「本当にありがとうございました。……それで、そう、お話の続きですね。お手紙を拝見しましたけど、治癒魔法が必要とは……」
「今度の戦争では、シャーロットの治癒魔法の力が特に鍵になるということだ」
「そういうことなら私、西辺境領にはご一緒できないです。私、治癒魔法はそれなりにしか使えなくて……」
「昨晩の混乱を広範囲にかけていたのは、それなり以上の実力がある。祭の日も一人の冒険者の腕を見事元通りにしていたな」
「昨晩は近くにいたんですか!? それに祭の日って……ゲイルさんの腕のこと、さすがに覚えてますよね……」
あの祭のスタンピードにはルシェフさんもいた。ごまかされないかなぁと淡い期待をしたけど、もちろん無理ですよね……。って、昨晩の混乱の治療についてもバレていたのか……。いつからあの周辺にいたのだろうか。
「あの、私事で申し訳ないのですが、実は私、治癒魔法の本来の実力を隠してまして……」
魔王様に障壁魔法も使えて治癒魔法も強力であることは、隠しているということを説明した。
「――ふむ、確かに障壁魔法も一流、治癒魔法も一流という者はそうそういない。知られたら有名になるどころか王族や貴族の取り合い合戦になるな。今よりさらに有名人になることは必至だ」
「ええ、そうなんです! ですので、ぜひ他の方にお願いしたいと申しますか、むしろ魔国にもたくさんの治癒魔法使いの方がいらっしゃると思うので……」
よかった大丈夫そう、――と思ったらルシェフさんは薄く笑った。
「要はシャーロットが治癒魔法を使えるということを、隠せるのならいいのだな」
「……え」
「西辺境領に行く際には、『冒険者ギルドのシャーロットが治癒魔法で戦争に参加した』とならないようにすれば解決だな」
「そ、そうでしょうか……??」
「それなら考えがある。共に行くことに問題はない」
「い、いや、そうではなくてですね……。というか、なぜ我がフォレスター王国の戦争に魔国のルシェフさんがそのように熱心なんですか?」
フォレスター王国と隣国エーリィシ帝国の問題なのに。
「当然魔国にも後々影響があるためだ。だから今シャーロットを説得している。逆に聞くが、この国は嫌いか? 自国を守ろうとは思わないのか?」
「それは……もちろんこの国は過ごしやすいし、とても気に入ってます。今までいろんな国や地域を渡ってきましたけど、やっぱりこの国が一番です。でも……戦争なんですよね。戦争なんて怖いです。不安です」
「この国が好きならば少しでも助けてやるがいい。今のシャーロットにはそれができる。西辺境領では後方部隊での仕事が主だ、傷一つつかないよう俺が護衛をするため何も心配することはない。……そういえばあとでこれを換金させてもらいたいが」
と、なぜかおもむろに右手を前方に掲げた。
「ルシェフさんが守ってくださるんならとても安心ですけど、……って、それは」
その手からちょっと血なまぐさい臭いとともに、緑色の毛の……動物の頭? が出てきた。魔王様が何かを収納魔法から出したのだ。
それは、熊の――グリーンベアの頭だった。
「ルシェフさんそれ、昨夜の魔物ですよね。グリーンベアも倒してくださったんですね!」
「城内にいたからこれだけだがな」
「そうですか、城内……ってもしかして」
昨日は城内に魔物が入らないように私はがんばっていた。
しかし城内でルシェフさんが倒したということは……。
そういえば生きた魔物が城内に入ったのは、最後に捕まえたファンタズゲシュトル亜種と、戦闘中に新種の魔物がぶん投げて、私のいた場所のせいで障壁を張るのが間に合わず入れてしまったあの――。
「グリーンベア!! あのとき不覚にも城内に侵入されてしまったときのですか!? 助かりました。すぐ倒してくださったから町に大きな被害がありませんでした。昨夜は何もかもありがとうございます! 何かお礼をさせてください!」
あれ、この流れって……。
「そうか、それはよかった。それでは――」
魔王様は軽くはないグリーンベアの首を、まったく重く感じさせることなく掲げたまま薄く笑う。
「俺とともにフォレスター王国西辺境領に行くということでいいな?」
「……え、あの……は、はい。い、行きま~す……」
私に「はい」以外の選択肢はなかった。
帝国には近づきたくないけれど、先ほどの質問には考えさせられたし、なにより――命の恩人であり、フェリオさんからの「城壁を守って。アーリズに魔物を入れないで」という約束を破ることになりそうだったあの出来事も、魔王様がなんとかしてくれたからだ。
魔王様が出した熊の首については、147話を参照ください。
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