225: 嬉しくないお誘い③ ~その靴音が鳴るとき~
そうだ。あのときは新種の魔物に向かうのを優先して、謎の手紙は収納魔法でしまっていたのだった!
私ったら、今ごろ気づくなんて……。
正面のニセ者たちは、ありがたいことに冒険者さんたちにおまかせできるし、さっと手紙を確認させてもらおう。
カウンターに戻りつつ、例の手紙を収納魔法から出した。
(どれどれ……、あのときはパッと見ただけでよく名前の確認もしなかったけど……、うん、私の名前なのは間違いない。……でも、誰からだろ?)
裏を見ても差出人の名前がなかった。
あ、おかあさんからかな?
おかあさんからの手紙は、事情があって差出人名ではなくマークをつけることになっているからそれで判別しているんだけど……ないなぁ。
黒いから見えづらいのかもと手紙を斜めにして光の反射角度を変えてみるも、特にそれらしいものは見当たらない。
しかしそれによって、昨夜では気づけなかった部分を知る。
(うわぁ、本当に真っ黒な手紙だ。宛先の字は白いインク……を使っているみたい。こんなインクあるんだなぁ。紙はぱりっとした品質だし、よく見たら宛先の面が凹凸を使っておしゃれな模様が作られている……)
エンボス加工された模様がある素敵な黒い封筒に、浮き上がるように見える白いインク……。一通の手紙がこんなにおしゃれだなんて。
(初めて見るなぁ。すんごいお高い封筒なのでは? お金持ちの方からの手紙かな?どれどれ封蝋の家紋は……)
お金持ちといえば貴族の方だろう。それに封蝋はとても美しい図柄が押されている。
だけど、見覚えがなかった。
(フェリオさんから貴族名鑑を借りているけど、すべての家紋なんてもちろん覚えられるはずもないし……。どなたからだろう?)
開けたほうが早いね……。
「ああーー!! こ、小娘! そ、そそそれは…………!!」
封に指をかけたとき、ニセ魔王さんが叫んだ。
目を見開いている。
何を驚いて……あぁ。
「ご安心ください。これはあなたのカツラじゃないですよ」
「い、いいいいや、そ、そうではないぞよ! その手紙! 黒いっ、手紙は――!」
ニセ魔王さん……、もうバレているのだから、その個性的な口調はやめていいのに。
それとも元からあの話し方なのだろうか。
「はぁ、手紙がどうかしたんですか? これは私宛てですけど、何か?」
ぐるぐる巻きにされたニセ魔王さんは、近くの冒険者さんからお情けで黒いカツラを頭に戻してもらっていたけど、まるでその前髪が邪魔かのように少し頭を振った。
私の手元がよほど気になるようだ。
「「あ、あれは……!」」
同じくぐるぐる巻きにされた取り巻き二人も動揺している。身を乗り出し障壁におでこやほっぺをつけて、よく見ようとしているかのようだ。
先ほど縛りあげた冒険者さんたちはそのおかしな行動に、障壁の外から訝し気に見張る。
このニセ者三人がそんなに注目するなんて……。
私が知らないだけでかなり有名なレターセット……なのだろうか。
「シャ、シャ、シャーロット……その、その手紙……」
ぐるぐる巻き三人の視線を受け止めていたら、なぜかどもっているフェリオさんも黒い手紙を見ている。
「あ、フェリオさんすみません、仕事中に私的な手紙を出しちゃって」
「……怒ってない。……それ……」
「素敵な封筒ですよね。あっ、よければこの封蝋の家紋について教えていただけますか? 差出人さんったらうっかり名前を書くのを忘れちゃったみたいで……」
私は封をされた面をフェリオさんに見せた。
手紙をもらった昨夜の状況を思い返してみると、城壁から落ちた瞬間、風の音が聞こえて、体が浮いて、地面に着き、そのときに手紙を手に持っていた――。
ということは私の命の恩人さんは風魔法の達人さん、または風系のスキル持ちさんであり、この手紙の主を訪ねれば会える、または手掛かりが掴めるということだ。
よかった。騎士団長さんが助けてくれたのではないと今朝聞いてから、どなたが助けてくださったのか気になっていたのだ。これでお礼を言いに行ける。
と、フェリオさんの返事を待つも……、
「………………」
黙っている……というか固まっている。
それから彼は羽をぎこちなくパタパタ動かし、浮いて、真後ろに退いてしまった。
そんな器用な動きをする彼の顔色は、どうにも青かった。
具合が悪いのだろうか?
『鑑定』スキルで簡単な確認をしても、特に目立つ症状は見つからないから、心労だろうか。昨日は町の平和が脅かされた一日だったことだし……。
「こ、この小娘は何をほざいているぞよ!? 書くわけないぞよ!」
また口を挟んできたニセ魔王さんには「普通は書きますよ」と返す。
この人たちは魔国から来たようだけど、お隣の国では差出人名を書かない文化なのだろうか。いやいや、まさか。
「こ、この、まったくもって無知蒙昧な受付嬢めぇぇぇ! あの方が書くわけ……っ痛! 痛いぞよ!」
あまりにもうるさいから、障壁の外側から冒険者さんに叩かれていた。
障壁の構造は、このあと衛兵さんたちが連行してくれることを考えて、内側にいる人は出られず外側からなら自由に出入りできる状態のままにしていたからだ。
んーそれにしてもニセ魔王さんの言いようだと、この手紙の主は、いつも差出人名を書かず黒い手紙を送付することで有名な方――ってことなのかな?
私はそういった方はまったく心当たりがないけど……。
ま、いいや。私が中身を確認したほうが早いだろう。
そうして再度封蝋に指をかけ、今度こそ開こうとしたそのときだった。
「――はっ。このギルドはいつ来ても変な客が騒いでいるな~。おかしな受付嬢に集まってくんのかー?」
入り口から、声は陽気そうに、しかし恰好は陰気な人が割り込んできた。
この声は――カイト王子だ。予定どおりいらっしゃった。
というか「いつ来ても」って……、そんな頻繁に来ないじゃないですか。
「おかしな受付嬢」とは私のことでしょうか。私よりも王子のタイミングによるものですよね、まったく。
「……カイトさん、見てのとおり今こちらは取り込み中ですので、どうぞ二階へ。ギルマスたちがお待ちで……」
――――カツン。
事実、ここ一階はややこしい状況なのでさっさと二階へ通そうとしたときだった。
カイト王子の後ろから、もう一人入ってきたことに気づいた。
そういえば、お一人連れてくると言っていたっけ……。
コツコツ――。
ギャースカうるさかったギルドに、冷たい靴音がした。
聞いたことが、ある……。
その人の顔は一瞬、陽射しで見えなかったけど、髪が黒いことはすぐわかった。
カイト王子と同じ……いや、彼よりずっと暗い色の……ううん、ニセ者がかぶっているカツラよりずっと黒い……髪。
――――あ!!!
「く~っ、この受付嬢めー! 魔王様を並ばせるとほざいていたのは、そういう……ぎゃあ!!」
――お黙りください――!
とにかく今は、口を開かないでもらいたい。
だから私は先ほど同様、天井部分の障壁を勢いよく落とし、ニセ魔王さんの発言を止める。
もちろん他二名も巻き込んでいる。彼らも何を口走るかわからないからだ。
落としたあとも、止めることなくぐいぐい床に押しつけよう。
そうしてやかましい三人を黙らせつつ、私は素早くカウンターの下にもぐり込んだ。
だって……、
(どうして――)
あの人は、あの方は……!




