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転生した受付嬢のギルド日誌  作者: Seica


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224/246

224: 嬉しくないお誘い② ~黒髪、黒かみ……黒い紙~


 名乗った瞬間静かになったギルド内で、その「魔王」という人は障壁に囲まれていることをものともせず堂々と立つ。

 さらに魔王の従者然とした二人が声を荒げた。


「聞けば、ここアーリズの冒険者ギルドは魔王様でさえも並ばせるそうだな! なんという無礼。大変度し難い!」

「魔王様はお怒りだ! この冒険者ギルドを壊されたくなくば、即座にこの障壁を消し、(こうべ)を垂れ、許しを請うがよい!!」


 彼らが怒る様子に、自称魔王さんは満足そうに頷く。


「うむ、そうであるぞよ。何ということをしでかしたのか、蛮勇なる受付嬢でも理解できたであろう?」


 閉じ込められていることに動じず堂々と話す三人の姿は、非があろうはずもない、と感じられる……。

 これは、彼らが『演技』スキルを使用してそう見せかけているからだ。

 それも三人とも所持していて、外見もお金をかけているからタチが悪い。でも、私は騙されませんよ。


「シ、シャーロットさん……、あちらの方々、話し方が……、その、長命の方のようですわ。本当の魔王様と関係者様ではありませんの……?」


 どうやら彼らの『演技』スキルのせいで、メロディーさんには本物に見え始めているようだ。カウンターから目だけ出し、不安そうにしている。

 メロディーさん……、魔王様は確かにいつも落ち着き払ってらっしゃいますけど、「蒙昧」やら「蛮勇」など小難しい言葉を無理やり使うことも、変な語尾も使いません。ニセ者です。

 でもメロディーさんにそのまま伝えることはできず、どう安心させようと考えていると、フェリオさんも同じくカウンターに隠れていることに私は気づいた。


「黒髪……。後ろ二人が龍族と魔族……まさか……」


 彼がぼそっとつぶやくのが、かろうじて聞こえた。

 黒髪だから本物かもしれない……と?

 いえいえ、フェリオさんもご安心ください。

 自称魔王さんの黒髪は地毛ではありません。頭にかぶっているだけのようです。『鑑定』でちゃんと……いえ、うっかりその事実が見えてしまいました。

 それから取り巻き二人は確かに一人が龍族で、もう一人が魔族の方ですけど……、何か関係があるのでしょうか?

 私は魔国については勉強不足なので、フェリオさんがいったい何に驚かれているのかわからないのですが、もしかして魔王様の側近の方々も同様の種族なのでしょうか……?

 しかしご安心ください。あの二人も魔王様との関係性はないと思います。

 もちろん私は側近の人との面識がないから明言はできませんが、もし関係者なら何かしら肩書や役職があるはずです。だけどそれが『鑑定』で見えないってことは、魔王様とは無関係でしょう。あと、三人ともまったく強くないです。


(――それにしても、まったく……)


 確かに最近、「このギルドで用件を聞く際は、我が国の王子様も、魔王様も並んでもらう」と言ったけど、そのことでご本人様でも関係者様でもない人たちがいちゃもんをつけに来るとは。


「ディステーレ魔国の君主に非礼を働くこの冒険者ギルドは、許し難し!」

「いつまで黙っているのだ! フン、今ごろになってやっと事の重大さがわかったようだな!? だが若い娘だからとて、容赦はせぬぞ!」


 取り巻き二人がさらに息巻いている。

 こんなに証人(冒険者)たちがいる前で、そんな大ぼらをふいていいのだろうか。

 私は呆れていたのだけど、その表情はちゃんと読み取ってくれなかったようだ。

 どうも恐れているように見えたらしく、「謝るだけでは済まぬぞー!」と彼らは強気だ。


「ふふん。まぁ、そこまでにするがよいぞよ。この吾輩を見て震えておる。かわいそうであるぞよ」


 自称魔王さんがまぁまぁと部下をなだめる。

 そうですね、私はまったく震えていませんが、メロディーさんが怯えているのはかわいそうです。彼女だって気持ちよく仕事の続きがしたいでしょうからね。

 私は思わずやれやれとため息が漏れたけど、それをどう解釈したのか――安堵のため息と見たのか、自称魔王さんたちはにやりと笑う。


「ただし、このまま帰れはせぬぞよ。吾輩に礼を欠いたこのギルドからは、ルールを撤回するだけではなく、お詫びをいただかないと帰れないぞよ。詫び、というのはわかるかの~?」

「そうだ、安心されては困る。ここまで無礼な振る舞いをしたのだ。謝罪だけでは帰れないぞ!」

「形あるものでないとな~?」


 なるほど、なぜわざわざ魔王様や従者になりきってギルドに文句を言いに来たのかと思えば、これが目的か。

 ようは金品をたかりに来たってことだね。

 では、きっぱりと伝えなくては。

 私は負けじと、彼ら三人の前に堂々と立つ。


「いいえ、ルールは撤回するつもりは一切ありませんし、あなた方に謝罪をするつもりもありません!」

「「「……な……何?」」」


 きっと私が慌てふためいて障壁を消すと踏んでいたのだろう。予想外だったようで、三人の笑みが固まった。

 あ、今ので『演技』スキルの効果が薄れたように感じる。


「かといってそちらも、私みたいな『もーまい……?』だかオバカな受付にコケにされたらさぞ腹立たしいことでしょう。ですので、どうぞ私の障壁を壊して、力で言うことを聞かせたらいいと思います!」

「「「な……っ!!!」」」


 そこまで自身が魔王であると主張するなら、ぜひ拝見させていただこうではないか。

 本物の魔王様の魔力の数値はとーんでもない桁数ですからね。

 ただ――、ギルド内の空気も今ので変化した。

 三人のスキルの効果がさらに薄れたようで(集中力が切れたのかな?)、様子を窺っていた冒険者たちも彼らを疑い始めたのだ。

 周りからは、「最初はもしかしてと思ったが、よく見ると……」「シャーロットの余裕な感じと比べると、なんだか威厳がなぁ……」とざわめいている。

 よし、あともう一押しだ。


「ですから、ぜひ私にお力を見せてくれませんか? 私、魔王様はとーっても魔法のお強い方って聞いてます! 今後の参考にしたいので、ぜひ私の障壁を壊してほしいです! どうぞっ、私に目に物見せてください!」


 目の前の三人は「はぁ……!?」と展開に追いつかずうろたえている。

 後ろのカウンターにいる二人は最初「シャーロットさん、やめてくださいまし」「挑発してどうする?」と私を制止していたけど、それも止み、静かに成り行きを見守ってくれている。

 さぁ、わけのわからない演劇で騒がしいのは迷惑です。そろそろ茶番を終えてもらいましょう。

 なんたってカウンターは空いても、依頼書の後処理や書類の整理などが残っていますからね。今日は昼からの始業だったから、いつもより仕事が押しているんです。

 我々は忙しいんですよ。


「ぶっ――、無礼者であるぞよ!」


 すると、自称魔王さんが急に声を上げ、床側に手を向けた。

 障壁は床に張れない、そこは無防備だ。だからそこを狙ったのだろう。

 でも慌てることはない。


「そこは障壁ではありませんよ!」


 直後、ばちこん! と、軽い音がニセ者たち三人の頭上に響く。

 囲んでいた障壁の天井部分を、下へ落としたからだ。

 床が無防備なことはよくわかっていた。

 だから彼らがいつ暴れてもいいように、囲んでいた天井部分の障壁を側面より小さく作り、いつでも落とせるようにしていたのだ。

 天井は平行にしたまま落としたので、ニセ魔王さんだけでなく、お付きの二人の頭にももれなく当たった。側面に引っかかることなく落とせて満足だ。

 とりあえず警告の意味を込めて軽めに落としたので、三人とも頭を抱えて元気に呻いている。


「……ん? 魔王とか言ってた奴の頭……」


 天井部分の障壁を上に戻しているあいだ、見物していた冒険者さんたちが何かに注目している。

 どうしたんだろ。頭……?

 あ、自称魔王さんの黒髪がズレている……。


「――おいっ見ろ、ズラじゃねーか!」

「やだ、ニセ者じゃない! まさかの本人かと焦ったでしょ。そんなわけないのにね!」

「シャーロット、外側から入れる障壁にしろ。縛り上げてやる!」

「くそが! ビビった俺が恥ずかしいわ! ロープ、ロープ!」

「衛兵呼んでくるねー」


 黒髪が不自然な位置にズレてからは早かった。

 見物していた冒険者さんたちが、怒りを露わにニセ魔王さんたちを取り囲んでくれたからだ。

 私が障壁を青色に――外側からは自由に入れるようにすると、三人は羽交い絞めにされ悲鳴を響かせた。

 メロディーさんは恐る恐る身を隠していたカウンターから出て、フェリオさんは「はい、ロープ」と冒険者さんに手渡す。

 よかった。三人とも気絶させてから、私がぐるぐる巻きにするつもりだったけど、皆さんが手伝ってくれるなら私の出番はなさそうだ。


「皆さん、ありがとうございます! ……あ、黒髪のカツラが……」


 ニセ魔王さんがズレに気づいて戻そうとしていたカツラは、冒険者さんたちにどつかれて障壁の隅にポツンと落とされていた。

 というか黒髪のカツラってあるんだなー……いや、そういえば孤児院の皆がやっていた劇でルイくんがかぶっていたっけ。探せば意外とあるのかもしれない。

 それにしても、あの色……黒……つい最近見たような……何か思い出さないといけないような。

 うーん、黒髪、黒かみ、黒紙…………あ!!


「昨日の夜、なぜか持っていたあの手紙……!」


 昨夜、私のうっかりミスのあと気づいたら私の手に収まっていたあの手紙を、今このとき思い出した。



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