222: 実は関連のあった三人⑫ ~私と彼の心当たり~
コトちゃん、ワーシィちゃん、シグナちゃんが出会ったピンクの髪の男性――。
その人は、コトちゃんから手渡された荷物だけ受け取って、ワーシィちゃんとシグナちゃんからは受け取らなかった。かわいい女の子たちが拾って、笑顔で渡してくれたのに……。
それとも大の女性嫌いなのか?
いや、そうではないだろう。態度や言いぐさから、性別が問題ではないとわかる。
そうだ、私は知っている――。昔、私が住んでいたあの国の人たちは、そういった態度を取るということを……。
しかしそのへんの事情に詳しいとは、あまり知られたくない。
私はカイト王子の言葉に少し動揺したものの、隠す努力をする。
「あの、私にはちょっと、わからないですね……。見解を聞かれましても……」
「アンタ、オレが男の特徴を聞いたとき、強く反応していただろ?」
……まさか気づかれていたとは。
「えぇと、そうでしたっけ……? でも、ピンクの髪の人は珍しくないですよ? この町にももちろんいますし……」
「ああそれから、あの三人が初めてその男と接触したときの、そいつの独り言にも心当たりもあるようだったな? ただ単に種族をブツブツつぶやいているだけだったようだが」
カイト王子は『キラキラ・ストロゥベル・リボン』から話を聞くだけでなく、関係者ではない私の反応も見ていたようだ。
それは今このときも見逃さないようにしていて、カイト王子は口では笑っているのに、目では私のことを探ろうとしている。
この部屋は豪華で広々としているのに、このときばかりは圧迫感を感じた。
……皆がこの部屋を去るときに、好奇心を抑えて私も一緒に帰ればよかった。
「ええと、私は語るほど見識が深いわけではございませんので……。一般人が適当に思ったことをカイト王子にお教えするなんて、恐れ多いことは致しかねますし……」
私はもにょもにょと言葉を濁す。
すると王子は、少し間を空けてから、寄りかかっていた椅子の背もたれを鳴らした。
「……まぁいい。オレにも心当たりがある。おそらく、アンタと同じだ。――その男の独り言、荷物や衣服を拾われたときの態度は、ただ単に馬車が走行不可能になってイラついていただけではない。おそらく接触を極度に嫌がっていた。そういった態度を取るのは、――エーリィシ帝国の人間だ」
カイト王子は、やはり私と同じことを考えていたようだ。
エーリィシ帝国――その国こそ、私が子供の頃に住んでいた国だ。
人族のみで暮らしていて、それ以外の種族は迎え入れるのを拒否するどころか、存在さえ許さないといった風習がある。
ふとカイト王子を見ると、また私の顔をじっと見ていた。反応を調べているようだ。
おっと、顔に出てないかな、気をつけなきゃ。
「わ、私もそうかな~? とは考えていたんです。……少し前に冒険者さんたちとその国を話題にしたことがあって……その、特徴が似ているなぁ、なんて。でも、詳しくは知らないんですよ~。だから、私の思いつきをお話してもしょうがないと思いまして……ははは」
私は、自分が帝国出身なのを一応隠している。だからお茶を濁してみた。
カイト王子は、ごまかされてくれるだろうか。
「ふぅん……。ま、この国で暮らす者でエーリィシ帝国にくわしい者は、ほぼいない。あの国はフォレスター王国との国交を断絶しているし、出身者がこの国に入ることも稀だからな。だからアンタが詳しいなら話を聞きたかったんだが」
「わ、私はこの国に来る前は確かに旅をしていましたけど、エーリィシ帝国に入国したことはありませんので……。ところでその人、本当に帝国の人だったとして、なんでコトちゃんの拾った鞄は受け取ったんでしょう? 人族以外――エルフ族でも毛嫌いしているはずですけど……。コトちゃんがエルフと人族のハーフだからですかね? それとも、鞄に大金や大事な物が入っていたからでしょうか……?」
実際、エーリィシ出身の私は不思議に思う。
エーリィシ帝国というのは、忖度せず表現すると、人族以外を差別の対象にしている国だ。
それは肌の色が濃いダークエルフや、ツノの生えている魔族はもちろん、比較的人族に近い見た目であるエルフだって対象になる。
ワーシィちゃんとシグナちゃんが手渡そうとした落とし物を受け取らず、しかも逃げるように馬車に乗り込んだということは合点がいく。でも、コトちゃんからは鞄を受け取った。……ということは、私が帝国を出たあと、認識や考え方が少し変わったのだろうか?
「ああ、それはたぶん、あのリーダーが顔を覆っていたからだろう。変なキノコを食ったとかで二人に叩かれて、頬を腫らしたって話していただろ。隠すために耳を覆うくらいぐるぐる巻きにしていたようだし、あたりも暗くなっていた時間だ。人族と判断したかもな」
カイト王子は三人から当時の話を聞いている最中、コトちゃんがどの程度顔を覆っていたのかも確認していた。
エルフ族か人族かを確認するには、耳がとがっているか否かの目視が必要だ。
その判別がしにくかったのであれば、コトちゃんは人族にもよくいる金髪ということもあって、種族を勘違いするのも無理はない。
「……そんな帝国の輩が、わざわざウチに密入国してまで石を……。やはり……」
「やはり……とは、何かあるんですか?」
「…………」
カイト王子の独り言のようなつぶやきに質問を投げかけると、王子はジロリと私を睨んでから無言で席を立ち、出口を開けた。
「お帰りはこちらだ」
どうやらいいかげん私に帰ってほしいようだ。
だからさすがに立ち上がった。
「……では、失礼いたします。お茶やお菓子もごちそうさまでした」
礼を言って歩き出すと、彼も同じ方向に歩く。階段まで案内するつもりらしい。
建物内をうろうろ探るのではと疑われているのだろうか……。
「それから、今日あとでギルドに立ち寄るからな。その際一人伴っていく。わかったらさっさと下りて帰れ」
「え、ちょっと待ってください」
階段の手前であからさまに追い払われたけど、ギルドに来るならどのような用件かは聞かせてもらいたい。
「お二人で……ということは部下の方とご一緒にいらっしゃるんですね? 何かご依頼でも? それとも売りに出したい物があるんですか?」
「いや、部下ではない……、他国の者だ。ギルドマスターとも会わせるから、そのつもりでいろよ。――ほれ、行った行った」
他国の方……とは、どなたなのか? 冒険者ギルドに、しかもギルマスに用事とは……?
しかも、カイト王子の表情がやや緊張したような……気のせいかな?
……ま、そのときでいいか。
「わかりました。ギルマスに伝えておきます。お待ちしておりますね…………ん?」
それなら早くギルドに向かおう、と階段を二、三歩下りると、踊り場の隅に布が置いてあることに気づいた。
カーペットではない。それにしては黒い布で……。
「あ……大丈夫ですか!?」
私は急いで駆け下りた。
人が倒れていたからだ。黒い布は、部下の人の着ていた服だった。
しかもその人は、さっきまで私たちにお茶やクッキーを出してくれた人だったのだ。
王子の命令で部屋を出たはずが、どうして……。
誰かに襲われたのだろうか?
「怪我でもされ……あれ?」
私は急いで下りるも、近くに怪しげな人がいないか『探索』スキルを使い、さらに部下の人の様子を知ろうと『鑑定』スキルも使った。
しかし人影どころか、その人にケガもない。
ただ気になるのは、手にお菓子を持っていることだった。
「あの……」
「おいシャーロット、こちらの問題だ。かまわなくていい」
私がその人にさらに近づこうとすると、頭上から憎々しげな声で止められた。
当然、カイト王子だ。
その視線はどうやら部下の手――倒れる直前に食べたと思われる歯型のついたクッキーに向いている。
「こっちで対処するから帰れ」
「え、でも……」
「か、え、れ」
「う、はい……」
今すぐ帰ってほしいという強い口調にその場を離れる。
さすがに怪我でもしていたら、もちろん治すのはやぶさかではない。
……しかし、特にそのようなこともないので立ち去ることにしたのだ。
そう……。部下の人は、ただ眠っているだけなのだ。
まさか……。
私の食べたクッキーが本当に睡眠薬入りのクッキーだったか不安になり、一枚食べたんだろうか……。
意外とうっかりさんだったようだ。
というか私が食べたのは、即効性のある睡眠クッキーだったのかなぁ……?
うーんと、私自身を『鑑定』してみても、未だにまったく異常は見られないけど……。
す、すごいなぁ、私の『全状態異常耐性』スキルは~。は、ははは……。
さ、ギルドに出勤しよう。




