219: 実は関連のあった三人⑨ ~ところで私のクッキーと紅茶には~
私はコトちゃんたちの話を頷きながら聞いていた。
ニヤニヤ顔のカイト王子を見ながら、カップを持って、王都の紅茶のいい香りを嗅ぐ。
うんっ、とてもよき香りだ。高級な紅茶の香りしかしない。
「――ほぉ。それで三人揃って、助けた相手の名前も聞かずにそのまま別れたのか。そんな心もとない情報でどうやってその商人を探すっつーんだ。この町は人の出入りが多いんだぜ?」
鼻で笑う王子に、三人はぐぬぬと悔しそうにしている。
私は飲もうとしていたカップを口から離し、置く。
「大丈夫大丈夫! そういう状況だったら、考える余裕ないよね。失敗は次に活かしていけばいいからね」
「「「――はいっ。シャーロットさん……!」」」
三人のお目々がキラキラとしたのを見て、カイト王子は私を何か言いたげに睨む。
――いや、それとも……、『別の理由』で私の様子を確認していたのだろうか? ふふふ。
「そうっすよね! お漬物屋さんのことは商人ギルドに聞いて、直接見に行って確認すればいいだけっす。――あ、そういえばお漬物おいしかったよね~」
「ピンク色やら黄色やら、いろいろ盛りだくさんやったね」
「おコメもほしかったけど、空腹だったからお漬物だけでも十分ありがたかったわね」
三人はもらった漬物の感想を話していた。
あの召喚石を持ってきていた商人さんは、一応本職は漬物屋さんだったのだろう。
ただ私が気になったのは、商人さんよりも――。
「ところでシャーロットさん、お腹痛いっすか? クッキーもお茶も減ってないみたいっす……」
コトちゃんが心配そうにしている。
そういえば、さっきも私がクッキーを食べようとしていたところを見ていたっけ。
「ううん、体調はまったく問題ないよ」
体調不良でクッキーを遠慮しているわけではないのだ。
私の目の前にあるクッキーと彼女たちの食べているクッキーには、“大きく違う点”があるから食べてない。
あ、そうだ。さっきから王子たちをからかうつもりで、食べようとして食べなかったり、飲もうと口まで持っていくも離したりしていたけど、もっと遊んでみよう。
「クッキーがほしいなら、あげようか……」
私は自分のお皿のクッキーを、コトちゃんに分けようとした。
すると――、
「お、おかわりはあるので。どうぞ……!」
王子の部下が、慌ててコトちゃんに新しいクッキーを追加していた。
まるで――、私の分のクッキーは食べてほしくないかのようだ。
なぜそんなことをするのか。
それは、――私の前に置いてあるクッキーに、眠り薬が盛られているからだ。もちろん紅茶にも。
王室御用達と聞いて、お値段を確認するのにウキウキと『鑑定』スキルを使用したものだから、私は本当にがっかりした。
王子がやけにあっさり私も連れてきたと思ったら、次の手もちゃんと用意していたうえでの同席だったということだ。
もちろんコトちゃんたち三人の方には入ってないし、眠り薬どころか自白剤みたいなものだって混入されてない。ただの高級なクッキーと紅茶だ。
当然、私がコトちゃんにあげようとしていたこのクッキーだって、王子の部下が止めなかったら適当な理由を作って、食べさせることはしなかった。
王子がどんな表情をするか確認したかっただけだ。
その彼は、自身の部下と違い、涼し気な表情で優雅にお茶を飲んでいる。こういう姿を見ると、彼はやはり王族なのだと納得できる……。
それにしても、クッキーも紅茶も彼女たちの物と同じのはずなのに、私にだけどうやって盛っているのだろうか?
紅茶はわかる。私のカップにだけ入れればいい。
ではクッキーはどうなのだろう?
眠り薬でべちゃべちゃ、もしくは粉っぽいのだろうか、と触ってみたところ特にそんなことはなかった。
もとから眠り薬入りのクッキーを作らせているとか?
う~ん。
それはそれとして、クッキーも紅茶もこんなにお高いのに私は一口もいただけないのか……。
すごく、すごく――、悲しい。
(――いや、……待った)
私には『全状態異常耐性』スキルがあるではないか。
ならば、この眠り薬も効かないのでは?
でも効いてしまったら……。
これから仕事なのに、早起きしたにもかかわらず寝坊で遅刻するという事態に……。
う~ん、しかし、高級な紅茶とクッキーを逃すというのも……。
三人ともあんなにおいしそうに食べているのに……。
(そうだ――。まず、一口だけ飲んでみるのはどうだろう?)
そして、『鑑定』スキルで私の状態をよーく観察して、状態異常に「睡眠」と出てきたら素早く治癒魔法を使えばいい。
そうすればお茶も楽しめて、お目々もぱっちりとしたままを維持できる。
どれどれ、では一口。
「ごくり……ん、わぁっ、おいしい!」
口の中に紅茶の香りが広がっている……!
これが、王族の皆様もお口に入れている紅茶……!
特に異様な苦味はない。
紅茶特有の苦味や渋味はあるけど、それはとても自然的で心地よいものだ。
眠り薬は無味無臭のものを使っているのだろうか?
さて、状態異常にはかかっているかな? ……かかってない、大丈夫!
「それじゃクッキーも……。んんっ! こ、これも――、目の覚めるおいしさ!!」
とりあえず一口かじってみると、パテシさんのお店のクッキーとはまた違った風味と食感だった。
こちらも薬品的な味や臭いはしない。
口に広がるのは、一枚一枚お高いだけあるおいしさだ。
競うように食べている三人の気持ちが、とてもよくわかった。
さてさて、もう一回『鑑定』スキルで確認しよう。
ん~……、異常なし!
もしかしたら遅効性かもしれないから油断せずにいよう。
でももう少し紅茶とクッキーを楽しんでもいいよね。
ごくごく…………。
あ、うっかり全部飲んじゃった!
カップが空になったことに気づいたのか、王子の部下の人が紅茶のポットを持って近づいてきた。
私にももう一杯くださるのだろうか?
「おかわりいただいてもいいんですか? ……あの、どうしましたか?」
でも、その人の様子がおかしい。
ポットが震えているようなんだけど……。
「ポット、重いんですか? 自分で淹れますけど……」
「い、いえ。お注ぎします……」
カップからはみ出さないように気をつけて注いでいるけど、小刻みに揺れている。
入れ終わったその部下の人の顔は……、私を凝視していた。
それも異様なものを目の前にしているかのような表情だ。
この状況はどこかで……。
――あ、先ほどサブマスに治癒魔法の効果を知られたときと似ている。
あの、『ヤバそうな人を見る目』だ。
いや、こちらの部下の人は、あのときのサブマスよりもずっと恐々とした表情をしている。
「あの、どうされ……ん?」
部下の人が注ぎ終わり一歩離れたことで、肘の向こうのカイト王子を確認できた。
私はそちらに視線を移すけど、彼にすぐさま視線をそらされたように感じた。
……あれ、まさかこのお茶とクッキーには、即効性の、または強力な眠り薬が入っていたのだろうか……?
今週金曜には、よもんがのサイトにて、
コミック版『転生した受付嬢のギルド日誌』
chapter59が更新予定!(chapter58は『待つと無料』に!)
スマホサイト マンガよもんが 転生した受付嬢のギルド日誌
https://www.yomonga.com/title/883




