210: 今回は運がなかったシャーロット(196.5話)
おまけがちょっと長くなったもの。(読み飛ばしてもさほど問題ないはず)
シンプルに……、
今年のエイプリルフールに間に合わなかった話です……。
騎士二人がチャラそうに、緩い雰囲気を醸し歩いていた。
「深夜までがんばったかいがあったな~」
「ふー、団長に特訓されんと済みそうでよかったで……」
昨夜この二人の騎士は、魔物の襲来から町を守る任務に就き、城門の上に配置されていた。
受付嬢や治療院の女性を護衛する任務に就いていたが、さほど目覚ましい活躍ができず(しかも城壁から落ちるのも止められず)、このままでは騎士団長直々の訓練に参加することになりそうだった。
訓練はきつすぎて嫌なので、それを回避するため魔物の残党狩りを申し出、なんとか給料分の働きをしたのだ。
だから気が緩んでいた。
そのホッとした二人に声がかけられる。
「チャーラオにグォーリーではないか」
「「え、あ……っ、閣下!」」
チャーラオ・ファッサとグォーリー・ムキムは振り向きその姿を確認すると、ポケットに突っ込んでいた手を一瞬で出し、緩んでいた背筋を伸ばし敬礼した。
二人が声を合わせた「閣下」という人物は、アーリズの領主ヴィダヴァルト侯爵であった。
つまり二人にとって、仕える主人である。
彼らは騎士団長に報告するとき以上に、姿勢を正す。
「ちょうどいい。このあと粘着豚の愚息どもを見送るのでな。二人はわしにつけ」
「「はっ!」」
本日は午前中、王都に重要参考人を送ることになっていて、騎士団中に周知されていた。その者たちを、侯爵自ら見送るということもだ。
二人は直々に護衛を頼まれたことになる。
光栄なことであった。
ヴィダヴァルト侯爵は窓の外を見、二人に語りかけた。
「あの粘着豚も、とうとう命運がつきる――。アーリズに来て二年か。この町は幸運を運んできてくれる素晴らしい町だと思わんか」
先ほどから「粘着豚」と自然に言葉が出ているが、これは「ブゥモー伯爵」のことである。
シャーロットにはひっかかった言葉であるが、二人は聞き慣れているので不思議に思うことはなかった。
「ところでその二年前だがな。わし、――しばらくは女性問題に気をつけよ――と二人に忠告したのは覚えておるか?」
突然窓が震えた。――風だったのか。
侯爵の側で姿勢を正す二人にはしかし、そんなことに気づく余裕はない。
ただならぬ気を、目の前の主人から感じたからだ。
「我々はこの町にとって新参者だ。まずは住民から信頼を得ねばならない。最初の印象が肝心で、派手な行動は慎むよう厳命したわけだが、最近緩んでおらんか。まさか二年経ったからもうよい、好きに遊んでも住民は許してくれる、などと軽く考えているのではあるまいな?」
「「はっ、もちろんですっ……!」」
侯爵は二人を射るような目で見る。
ファッサとムキムは、その目をそらしたら「終わる」と直感した。
「――そうか。実は、冒険者ギルドの受付嬢にちょっかいを出したと報告があってな。まさかアルゴーのところの婦人ではあるまいともう一人の方を調べてみた。まだ被害報告は受けておらんが、……チャーラオ、グォーリー、この町に『壁張り職人』のような障壁魔法使いがどれだけ必要な存在かわかっておるか? その彼女に、失礼な振る舞いはしておるまいな?」
「「は、ははっ……!」」
二人は滝のような冷や汗を流した。
「そんなに固くなるでない。騎士団長にも問題があったことはわしも知っておる。そもそもまだお前たちは訴えられておらんだろう? もちろんこの際、直接本人に聞いてもよいとは考えている。久々に冒険者ギルドへ行き、そこの空気を感じるのも悪くない」
「「…………」」
二人は自身の息が止まったように感じた。
「クーッハハハ! なに、やましいことはないのだろう? 固くならずともよい。では、もう下がってよいぞ」
「「……はっ」」
二人は領主からの刺さるような詰問から解放され、来た道を戻る。
その後ろ姿に、侯爵は陽気な声で付け加えた。
「おお、そうだ。実はまだ愚息の仲間が一人、捕まってないようだ。それがどうも爆弾使いのようでな。どうせなら、わしを狙ってきてくれると捕まえやすいであろう? だから堂々と門前に姿を見せるつもりだ」
「「え……」」
侯爵は固まる二人を置いて、廊下を意気揚々と歩く。
「もしかしたら愚息どもを取り戻しに来るかもしれん。二人ともわしの護衛をするのはよいが、吹っ飛ばされんように気をつけよ。そしてわしに、まったく気が緩んでいない姿を見せるがよい」
爆弾使い――その人物は危険人物として騎士団内にて有名だ。
これからブゥモー伯爵家の子息を王都に送るのに、そんな輩が邪魔しに来ることを念頭に置かねばならない。
もちろん侯爵は自身が明言したように、町の住民からの印象を損なわせるわけにはいかないから、あらゆる方法、人員を割いて町の被害は抑えるだろう。
侯爵自身が大通りに姿を現すのも、囮となるためだ。
そして侯爵はなにも「騎士たる者、身を挺して爆弾魔から主人を守れ」と言っているわけではなかった。
なぜなら侯爵自身、SSランクパーティーで冒険者をしていたことがある。爆弾魔ごときに襲われようが、さほど問題なく対処ができるのだ。
パーティー自体は、メンバー全員が本来の職や役割を担うことになり今では解散しているが、腕はなまっていなかった。
だからこの場合、チャーラオ・ファッサとグォーリー・ムキムは、狙われる侯爵をちゃんと守れるか、騎士として腕がなまっていないか見せろ。――と暗に命令されているのだ。
侯爵はたまに騎士団員の実力を抜き打ちで確認する。
二人の騎士は、一難去ってまた一難の状況に追い込まれたのだ。
「かっ……」
「閣下~!」
◇
廊下が騒がしいことに気づき、淡々と書類確認をしていたアーリズの騎士団長は廊下へ出た。
声の主たちの姿は確認できなかったが、部屋を出たついでにまだ作業中の者たちの様子を見に行こう、気分転換も兼ねて、と歩き出す。
少し歩いた先の窓には、王都に送る者たちを閉じ込めている建物もあった。
騎士団長はその窓から下を見下ろす。
入り口の見張りを見て、現在まで何も問題が起こっていないことにほくそ笑んだ。
「おや――」
が、しかし。
その入り口から離れた草むらのあいだからピンク色が見えて目を見張った。
あそこに木の実が生るだろうか。
それにしては大きい……、あれは人の頭である。あの女性は――。
騎士団長はくちばしを引きつらせ、すぐさま騎士たちを呼び配置させ、窓を開け、飛び上がった。




