209: 普段と違う午前の時間⑧ ~フェリオさんのフォロー~
建物の陰から覗くその顔は、上からワーシィちゃん、シグナちゃん、コトちゃんの順に縦一列で並んでいた。――正直、ぎょっとした。
建物の壁に沿って、顔だけ覗かせているのだから。
私だけではなく、ちょうどそこを通りがかった町の人も、その三つの首に「魔物か!?」と驚いていた。
そんな反応をされたものだから、「ひどいっす!」と反論するも、三人とも私のほうを見てすぐに引っ込み見えなくなる。
私……というか、私の後ろを見たような……?
とりあえず『探索』スキルでは、まだその場所にとどまっているとわかった。
「……まったく」
サブマスがため息交じりにつぶやいた。
振り返った私には、彼の口の端が震えているのが確認できる。
「サブマス、思いっきり笑っていいんですよ? ――でも、コトちゃんたち、どうしたのかな……?」
「……彼女たちから何も聞いてないのかい?」
「え、はい。昨日は私、すぐ寝ちゃって……ははは。あ、でも、苦戦はしなかったようですね! ……ほかに何かあったんですか?」
サブマスは「いろいろ決めてから話すよ」と薄く笑った。
何を決めるのだろうか……。なんだか怖いお顔なんだけど……。
しかし彼はそのあとすぐ、頭を押さえた。
「……うっ」
「サブマス!? どこか痛むんですか?」
「ちょっと頭痛がね……。昨日の戦闘でスキルを使いすぎたようだよ。気にしないでいい、長時間使うとこうなるんだ」
サブマスのスキル……『威圧』スキルのことだろう。
そのスキルは、サブマスが目をカッと開くと相手に『恐怖』と『麻痺』を付与することができる。
威力の高いスキルは人によってデメリットもあるらしいけど、サブマスの『威圧』もそうなのかな。
「サブマス、昨夜の燃えさかる雑巾戦は、やっぱり数が多くて大変だったんですね……」
「…………」
昨夜のスタンピードは、いつものものよりかなり弱い魔物が出てきた。
それでも数が多いことから、雑巾たちの足止めを狙うなどして、サブマスが『威圧』スキルを駆使する戦い方をしたのかもしれない。
サブマスは子供の安全を考える人だから、長時間そのスキルを使って、学園生が危なくないようがんばってくれたのだろう。
よし、こういうときこそ『鑑定』スキルや治癒魔法の出番だ。
症状の欄には『スキル使用過多による後遺症』とある。これが消えるようにやってみよう。
『探索』スキルもサブマスの身体に合わせて……。
「治せるかやってみますね」
「シャーロット……」
「“きゅあ”」
フェリオさんがなぜか口を挟んできたけど、私はそのまま治癒魔法を発動させた。
目の周りの筋肉が緊張している感じかな?
首の筋肉と繋がっているから頭痛を引き起こしているみたい。
じゃあその筋肉をほぐすように癒して……っと。
……おぉっ、痛みで寄っていたサブマスの眉間のしわが取れていく。
症状の項目にあった『スキル使用過多による後遺症』は、――消えた!
よかった。治せるのかわからなかったけど、やってみるものだ。
「どうです? 痛くなくなりましたか?」
「…………シャ、シャルちゃん……。まさか……」
あれ? どうしたんだろう?
サブマスがすごく驚いた顔をしている。
「……シャルちゃん……、ありがとう。急に痛くなくなって……どうやら治ったようだよ……」
「よかったです!」
「しかし……」
どうしたのだろう。まだ何か不安なことでもあるのかな? 代わりに別の部分が不調とか?
私が『探索』で他の症状がないか探すも、彼はなぜか左右を確認し、再度声を抑えて話し始めた。
「……君たちも、もう気づいていると思うけど、僕は目で発動するスキルがある」
はい。
「これは目を開くことで発動するもので、長時間使っていられないんだ。もちろん目が乾くということもあるけど、……そのあと後遺症がひどくてね。かなり頭痛に悩まされる。その場合はどの治療院でも、どんな治癒魔法使いにも治せなくて、自然回復させるしか方法がないとこれまで言われてきたんだ……」
「え……」
「シャルちゃん……君の治癒魔法の威力はいったい……」
……え!? ちょ、サブマスの『威圧』スキルの使いすぎによる頭痛って、普通は治らないものなんですか?!?
「――いやっ、私はそんなにすごい治癒魔法は使えませんけど~……。あ、わかりました! サブマス、昨日の戦闘でかなり消耗したせいではないですか? だからスキル使用の後遺症ではなくて、戦闘による疲れかと思うんです!」
「戦闘自体はとても早く終わったし、何より燃えさかる雑巾はほとんど学園生たちで倒していたよ」
「え……、わ~……、子供たち皆大活躍だったんですね……!」
それなら、なぜに『威圧』スキルを使いすぎることに?
サブマスが訝し気に見ている。
それでだけではない。彼自身、冷や汗を流しながら、とんでもないことに遭遇したかのような表情をしている。
私、そんなヤバそうな人に見えているのだろうか!?
これは、どうすれば……!?
「シャーロットは……んだよ」
そのとき、今まで黙っていたフェリオさんがつぶやいた。
「……なんだい、フェリオくん」
「シャーロットは……朝っぱらから、『魔法の威力が爆上がりする薬』を飲んだ……と言ってた。たぶんそれ」
フェリオさんが、私の方をじっと見ていた。
まるで話を合わせるよう伝えるかの表情で……はっ!
「そ、そうなんです。サブマス! 私、『すんごく魔法が強くな~る』みたいな薬ってのを手に入れまして! それをですね、がばーっと、ゴクゴクーっと飲んじゃいまして。実に快調なんです!」
そうだ。フェリオさんが助け舟を出してくれたのだ。
私の治癒魔法の威力を知っているフェリオさんが、このまずい状態を助けてくれようとしてくれたのだ。
「……そうかい」
「いやぁ、治ったことはよかったなぁと思いますけども、もしかしたらすぐぶり返すかもしれないので、お気をつけくださいね!」
フェリオさんも首を縦に小さく振っていた。
ありがとうございます、フェリオさん!!
「――ということは……シャルちゃん。やっぱり捕まった犯人のところに行こうと企んでいたんじゃないのかい?」
「えっ――!? そんなまさか……」
「じゃなかったら、なぜ、そんな物を飲む必要があったんだい? さっきも言ったけど復讐を考えるのはよくないからね。君の気持ちはわからなくもないけど、一度落ち着いて考えて…………」
げ、せっかく止まったお小言が再開してしまった……。
くどくどと続くお説教に私は、「魔法の威力爆上げの薬は嘘です」と明かそうとした。
しかし、それに代わる言い訳がまったく思いつかない。
フェリオさんに助けを求める視線を送ったら、小声で「ごめん……」とつぶやきざま飛び去られた。




