002: 人に、獣人に、エルフ
「次の方、どうぞー」
次に呼んだ三人は、髪の色がそれぞれ青、黄、赤と分かれていて、前世で見慣れた信号機を思い出した。
こちらの世界は私がいた世界と比べると、髪や瞳の色が実に様々だ。
このギルドに勤める職員だけでも赤茶色の髪、金髪、明るい紫、青みが強い黒、オレンジなど実に多彩。
そんな私の髪はピンクがかったブロンド。毛先が肩甲骨に届くくらいの長さ。ふわっとした髪質で、光の加減でピンクが濃く見えたり薄く見えたりする。瞳は茶色。
髪も目も、人族として特別珍しい見た目ではない。
体格は幼少期の栄養不足のせいか、やや細身。
「はい、こちら報酬です。……あれ。防具ぱっくり割れちゃったんですね」
報酬を渡すときに目が行った。戦いの最中に壊れたらしく、これから買いに行くらしい。
対する私の服装はギルドの制服。仕事中はいつもそれを着ている。
女性の制服はベストにブラウス、ハーフ丈より短いパンツかスカート。私はよく動くし何かあってもすぐ対応できるようにパンツ派だ。
男性の制服も似たような感じ。ベストにシャツ、ズボン。
着る人の外見的特徴も考慮される。
獣人や妖精族のように尻尾や羽があれば、その部分がちゃんと通せる作りになっていた。
私が住むこの国は、フォレスター王国といって多種族国家で有名だ。
周辺諸国からは好意的な意味で過ごしやすい国、悪意を含んだ意味では雑多な国と言われるほど、多種多様な種族が暮らしている。
これまたギルドの職員にいるだけでも獣人族、エルフ族、妖精族、ドワーフ族がいて、鱗人族と人族のハーフなど混血の人たちもいる。
依頼や受注のために魔族も普通にやってくる。魔王様が治めている国とも同盟を結んでいて、商人も行き来するほど良好な関係なのだ。
魔王様が治める国には、魔族のほかに龍族という種族も住んでいる。空を飛ぶ美しい姿を見たことがあるけど、直接会ったことはない。
――ちなみに私は純粋に人族。おそらく何代遡っても、人族以外の血は混じっていない。単一種族の国出身だから。
「すみません……」
「はい。何でしょう」
か細い声が聞こえた。見たところ人族の男性で、弓を抱えている。
「ボクは臆病で。気弱で。弓しか使えないので、近接攻撃が得意な方とパーティーを組みたいのです……」
自分で臆病、気弱って言わなくても。腕はよさそうに見えますよ。
「わかりました。今パーティーを募集しているところは……」
「あのっ! それで……エルフがいないところがいいのです……」
最初強めに言って、だんだん声が小さくなっていく。
「え、はい。わかりました」
一見さんに「なぜですか?」と聞くつもりはないので、ご要望どおりのパーティーを探す。
「ボク……つい最近、国を出たばかりで……エルフとはちょっと……」
何がちょっとかはわかりませんけど……いや、彼の国はエルフを好ましく思っていない国だったはず。ともかく、エルフのいないパーティーはたくさんあるので、彼に適したパーティーを考えよう。
このパーティーはどうかなと紹介しようとした矢先。
「あっ! イイ男発見!」
「きゃ~。ホントだ〜」
隣のカウンターで用事を済ませていたエルフの女性二人組だった。彼女たちはよくギルドに来る常連さんだ。
「ねっねっ。もしかしてパーティー加入?」
「ウチんとこ入ってよ~」
目ざとくパーティー募集の書類を見てしまったのか、急に彼を勧誘し始めた。
「こちらの方のご要望と一致しませんので、お引き取りください」
押しの強いエルフ二人に伝えた。
「うっそ! ねっ、あなた見たところ弓使うんでしょ」
「私たちのところ、ちょうど弓使う人がいなくて困ってたのよ〜」
そちらのパーティー、魔法攻撃する人ばかりだったような。遠距離特化型パーティーにでもするのだろうか。
それに問題はそこではない。
「あなたたちの要望ではなく、こちらの方の要望を伺っているんですよ」
ご覧なさい。かわいそうに固まってますよ。
「そう言わずにっ! 少し話し合いの機会を頂戴っ!」
「お願い〜」
あ。
彼が固まっているのをいいことに、両側から挟んでしまった。
「ほんのちょっとっ! ちょっとだけでいいからっ!」
「お話させて〜」
すさまじい速さだった。まるで風にさらわれたかのように、彼は空いているテーブルまで連れていかれてしまう。
すごく困っているようだったら助けようかと思ったけど、普通に話し始めたのでそのままにした。
列にはまだ並んでいる方もいるからね。
それから少し時間が経って、憑き物が落ちたかのような表情の彼が来た。
両脇にエルフ二人を従えている。
「あ、あの。こちらの方々のパーティーに加入します!」
「大丈夫ですか? 脅されてないですか」
表情から大丈夫だとは思ったけど、あまりの変わり身の早さに聞いた。
「はい。大丈夫です。ボクも思い違いしていて……。ボク、エルフはもっと閉鎖的で、鼻持ちならない存在だと聞いていました。国を出るとき散々言われましたから。でも、この方たちはとてもそんな感じではなくて……」
そうですか。こちらの女性二人は多少強引だけど、鼻持ちならない人たちではないですからね。ご自身の意思であれば、かまいませんよ。
「虐げられるって言われていたらしいのよ〜」
「ひどいわよねっ」
からからと笑っている面食いの女性エルフさんたち。
よくわからないけど、まとまったのならよかった。
このギルドで他にもエルフをよく見かけるけど、特に気取っている雰囲気は感じられないからね。むしろこの二人はやかまし……明るく屈託のない性格だ。
「虐げられたらまた来てください。パーティーから抜ける相談もしていますよ」
ないよー。と笑って去っていく三人。
強さの偏りはなさそうだけど、完全に遠距離特化型パーティーになってしまった。空飛ぶ魔物が襲ってきたときは、大活躍してくれるだろう。
さて、お次は……。
「この依頼受けるよ」
そう言って依頼書を差し出したのは、最近この国に来た虎獣人の方。
獣人にはいろいろな種類がいる。
人族に近く、耳としっぽが獣の方。獣に近く全体的にもふもふしている方。
こちらの方は上半身が虎。顔もそう。
獣人差別が残る故郷の国を出てきて、現在は特にパーティーを組むことなく一人で活動していた。
私はいつもどおり依頼の受注作業をする。
「この国はいいよね。依頼書出せばそのまま受けさせてくれるから」
どういうことだろう。いたって普通のことをしていると思うのだけど……。
「前のところ……故郷ではね、出してもまず人族で他にやりたい人がいないか聞くんだ」
「誰も受けないから、掲示板に貼ってあったのではないんですか?」
だから周りに聞いても意味がないのでは。
「獣人が受けようとする依頼を、わざわざ面白がって横取りするんだ」
「くだらないですね」
あそこの国ならやりそう。という言葉は一応、口の中にとどめておく。
「あの国にこれ以上いる必要がなくなったからここに来たけど、……また受付さんが人族で、ちょっと不安だったんだ。でも杞憂でよかったよ。ごめん、気を悪くした?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ここは基本、先着順ですからね。横入りと暴力をしなければいいだけです。それにそんな面倒なこと、いちいちやってられません」
そう。一日の依頼のやりとりが本当に多いのだから。
「うん。この国で活動できて嬉しいよ」
私も嬉しいですよ。こんなに強い方がこの国の、さらにこの町にいてくださって。安泰というものだ。
魔物が襲ってきたときは頼りにしてます。
――彼が元いた国は今頃きっと大変だろう。重要な戦力がこちらに移ってきたのだから。まぁ、知ったことではないけど。
彼はここに来たとき、先ほどの人族の方のように自信がなさそうだった。最近はとても明るくなったと思うし、去っていく背中も堂々としている。
――この町もこの国も、いいですよね。私も気に入ってますよ。
まぁ、この国に移民申請するときは大変だったけど……。
この町で暮らすために、種族についての試験があったのだ。
いろいろな種族が暮らしているので、種族の決まりごと、尊厳にかかわること、何か問題が起こったときの対処法などなど、覚えなければいけないことがたくさんあった。
種族間で揉める前に、お互いに相手を知らなければいけないらしい。ここのギルドで働くためには当然必要なことだ。そういえば、この支部の長であるギルドマスターが、私が当時ちゃんと合格できるのかやきもきしていたっけ。
「おい! 人の娘っ子の分際で、誰に何をしたのかわかってんのか!?」
いきなり何。
すごくいい雰囲気だったのに。
差別発言というか、相手を見下した物言いはよくないよ。
あれ。さっき障壁で押し出した犬系獣人の男じゃない。
……あー。こちらも他国から来たのか。そういった言動は、周りの人たちまで嫌な気分にさせるのに。
先ほどのエルフ嫌いの国出身の男性と、獣人差別がまだ激しい国出身の虎獣人さんは、とても気持ちよく事務作業が終わったのにこの方ときたら困ったものだ。彼の出身は……いや、彼の場合は性格の問題かもしれない。
多種族国家というのを勘違いしている人もたまにいる。たまにね。
獣人や魔族が住んでいるのなら人族は下に見られているのだろう――と勝手に考えているのだ。人族に比べて獣人は力が強いし、魔族は魔法にも……人によっては腕力も長けている。きっと人族は肩身の狭い思いをしているだろうと捻くれた考え方をするらしい。
だけど、この国はどの種族が優位ということはない。人族だからといって能力的に劣るというのも迷信だ。
それにしても、先ほどの虎獣人さんとは大違いだよ。と思っていたら――。
「お前か。さっきからうちの受付に難癖つけてるやつは!」
暇だったのだろうか。我らがギルドマスターが、のっしのっしと二階から下りてきて、キャンキャン煩い獣人の男の首根っこを捕まえていた。
赤茶色の髪をしたギルドマスター(略してギルマス)は、先ほどの男よりも一回り以上巨体の熊獣人だ。耳と尻尾に獣の特徴が出ている。
「詳しい話を聞かせてもらわんとな!」
軽々と引きずっていく。やかましいから外で話を聞くらしい。
ギルマスを追って一緒に下りてきたサブマスターが、おかしそうに肩を震わせている。彼のことは……あとで紹介させていただこう。
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