197: お邪魔します② ~前よし、王子よし、突げ……~
私は今、騎士団の敷地内にいる。
昨夜会議があった建物より離れた、堅固な雰囲気の建物を前に、しゃがんで隠れている。
そこには、アルゴーさんにドアで叩かれたあの男性が捕らえられていて、私はその人物と接触するために侵入を考えているのだ。
ここへは、家を出た直後から『気配遮断』スキルを使うくらい慎重に近づいてきた。
現在の時刻は早朝――一の鐘が鳴ったすぐあとだ。
町の被害がほぼなかったので、住人たちはいつもどおりの行動をしていた。
朝の散歩をする人、家の外をほうきで掃いている人、店を開ける準備をする人たちが外に出ていた。
その人たちの印象に残らないようにするため、『気配遮断』スキルを使って騎士団の敷地へと近づいたのだ。
ちょっとやりすぎかなぁとは思ったけど、私の行動は間違ってなかった。
敷地の周囲では、まるで昨日の戦いがなかったかのように、厳重な見回りがされていたからだ。
騎士団は思わぬ戦闘が起こったあとでも気を抜くことはない、とわかって町の住人としては嬉しいけど、敷地内に用がある私としては頭を悩ませた。
それでも私は諦めることなく、移動する見張りの隙をついてささっと忍び込むことを考えた。門から外れた塀まで向かい、階段障壁を使って登り、侵入したのだ。
実際のところ、本当に忍び込むか、ギリギリまで迷ってはいた。
カイト王子に見つかる可能性があるからだ。
向こうは私の『気配遮断』スキルを見破ることができるみたいで、例の会議のあとで私がそのスキルで忍んでいたところ、あっさりとカイト王子に見つかったことがある。
だから今回も結局見つかるのではないかと少し諦めていた。――しかしそれは杞憂だった。
なぜなら私が先にカイト王子の居場所を見つけたからだ。
今まで姿は見えても『探索』スキルには表示されなかった王子が、今はばっちり居場所がわかる! おそらく以前聞いていた、騎士団から借りている宿泊施設にいるのだろう。
どこにいるのかはっきりしていて、しかも動きがない――ということは、きっとお休み中なのだ。寝ているから、彼の『隠匿』スキルが発動していないのだろう。
おやすみなさい、王子様。あの金髪の騎士見習いに傷をつける気はさほどなく、お話しするだけなのでお許しください!
あ、もちろん私に射られた矢は持ってきているので、最初はまず脅しで使わせてもらうし、腹の立つことを言われたらちょっと手元が狂うかもしれないけど!
よし、それでは行こう。
見張りは目の前の入り口を守っている二人の騎士と、少し離れて窺っている黒装束が一人いる。
二人の騎士はもちろんアーリズの騎士だからいいとして、黒装束のほうはカイト王子の部下に違いない。
私の『気配遮断』スキルは向こうに効いているのだろうか……。
でも向こうはずっと動く気配がないし、気づいていたらきっともう動いているはず。だから気づかれてないとしておこう。
そもそもこちらの位置がわかったとしても、これから三人の頭の上に障壁を落として気絶させるんだから、気づいていようがいまいがどちらでもいいではないか。
さぁ、やろう。一人でももれたら逃げられるし、イパスンに話を聞けなくなるから慎重にやろう。
中の廊下にも見張りがいるから気づかれないようにしないと。それと――。
「開け……! 出さ……か~!!」
捕まっている貴族の坊ちゃんも朝っぱらから元気だし、気が散らないようにしないと。
「……鍵を拝借して、……牢を開ける前に障壁でイパスンを囲って、最初に矢を見せて脅す……って感じでいこう」
「ほぅ。脅すとは穏やかではありませんね」
「えっ……!?」
私は突然声をかけられて、びくっと指が動くのが自分でもわかった。
反射的に空を仰ぐ。後ろではなく上から聞こえたからだ。
「捕まえなさい!」
私が声の主をはっきり確認する前に、両脇を二人の騎士にがっちり捕まえられた。
目の前にはちゃんと見張りがいるから横から二人あらわれたということだ。
あれ? 私、『探索』スキルをさっきまで使っていたのに……。
いや、今は中に入るのに夢中で『探索』を前方にしか集中していなかったかも!
こんな一瞬の隙をつかれるなんて……!
「あ、あの、私は別にあのナントカっていう貴族の人をどうこうしようとしたのではなく……」
「シャーロット嬢、不法侵入はいけませんね。しかしちょうどよかった。貴女に用があったのです。――さぁ、連れていきなさい」
私の話は無視されて、牢のある建物から引き離された。
このまま引きずられると思われたけど、私の両脇を抱えた二人は背が高く、私は足が浮いた状態で連れていかれた。