193: 終わった寝⑧
ファンタズゲシュトル亜種の断末魔と、「バチーーン!!!」という盛大な音が響く。
周囲にいた騎士団や冒険者の皆さんが唖然としてそれを見届けたことで、夜の城壁内に空気がはじけるような反響音も聞けた。
ファンタズゲシュトル亜種は光魔法と障壁魔法が組み合わさる攻撃を受け、まるで強烈なビンタをくらったかのように横顔をへこませ、消えていった。
「シャ、シャッ、――シャーロットさーん! はぁっ、はぁっ! 大丈夫っすか!? シャーロットさーーん!! うわ~ん!!!」
「ぐぅ……っ!?」
そんな静寂な空気に割って入ってきたのは涙声の女の子だ。
光と障壁を組み合わせた魔法、この口調――ファンタズゲシュトル亜種を倒したのはコトちゃんだった。
勢いよく走ってきて、光障壁をぶつけたのだ。
彼女は魔物を倒しても止まらず、私へと体当たり……いや、大変力強く抱き着いてきたのだ。
なぜか必死の形相だ。こんなにも息を切らして、半べそをかいて……。
「シャーロットさんっ、ボクも戦うっす! いっぱい走ったけど、余裕で戦えるっす!」
「コ……ッ、コトちゃん大丈夫だよ。こっちの戦闘もおおむね終わったよ」
「えっ!?」
コトちゃんが私に回していた腕を放して、きょろきょろと注意深くあたりを見渡す。
く、苦しかった……。
「本当っすか!? でもでも、西ではなんだかすっごい大変なことになってるって、魔物が入り込んできたって聞いて! こ、ここには今のオバケだけっすか……!? シャーロットさん、ぐったりしていたじゃないっすか。立っているのもやっとの顔で……! ボク、ボク……心配したっす!!」
「コ、コトちゃん……心配かけてごめんね、大丈夫だよ。確かに魔物は城外から投げられたけど、すぐ倒されたから! 今のファンタズゲシュトルには……攻撃されたわけじゃなくって、……ケガもないし具合が悪いわけでもないから……はは」
ね……眠かっただけなんだよね……。心配するコトちゃんには、本っ当に申し訳ない。
事情を知っている周りにはクスクス笑われている。恥ずかしい……。
「あっ、向こうのスタンピードも終わったんだね。あれ? 皆は?」
コトちゃんに聞きつつ、さっきまでの眠気は強烈な音のおかげでおさまったので『探索』スキルも使ってみた。
「え~……と、そのボク……持ってた万能ポーション飲んで、体力いっぱいだからとにかく~、先に来たっす。あとからワーシィもシグナも来るっす。……が、学園生は来る……っす」
コトちゃんはもごもごとして歯切れが悪い。そのあいだに遅れて学園生たちが到着した。
でも、なぜか学園生しか来ていない。
サブマスや他の冒険者たちは戦場での後片付けでもしているのだろうか? そのわりには東門の前で固まっている。
あとから来た学園生たちがギルマスに話しかけているのを見ていると、そのギルマスは冒険者数人を呼び騎士団から光魔法使いさんを借りて、彼らをその門へ向かわせるようだった。
「……それにしてもコトちゃん、さっきは障壁から逃げそうになったあのオバケを倒してくれてありがとう」
「えへへ。スタンピードの前にも倒したから楽勝っす!!」
「そんな前にも鉢合わせていたんだね……。じゃあ、コトちゃんのおかげで皆が滞りなくスタンピードで戦えたってことだね!」
コトちゃんは何のことかわからなそうだったけど、褒められたのはわかったようで高揚したほっぺがさらに赤くなった。
彼女が褒められて照れくさそうにしていると、新種の魔物が置かれた場所からなぜか陽気な声が聞こえた。
その方向を見ると、ギルマスと『羊の闘志』たちの様子がどうにも変だった。
ギルマスはなぜか頭を抱え、『羊の闘志』は――バルカンさんとマルタさんは……仲間からお金を受け取っていたのだ。陽気な声は二人の声だったのだ。
どうしたのだろう? 二人はニコニコいや、ニヤニヤして大喜びしている。
ま、まぁいっか。
ワーシィちゃんとシグナちゃんもようやく追いついたようだし。